87話「じゃ、なしで」
ゴプリンは長身で、すらっとした体型のぼんきゅぼん。長い犬歯が吸血鬼みたいで、とってもチャーミングな種族。
対するオーカは長身で筋肉質な体型の種族。もちろん、ぼんきゅぼん。巨木を粉砕する筋力と対照的に、額の2本角は短い。なんて奥ゆかしいんだろう。ちなみにどちらも女性しかいない。
そんな彼女たちは、それぞれ森の西部と東部を領地としていて、お互いに不干渉だった。そして森の北部はどちらも手を出さない取り決め――のはずだったけど、最近になって何者かが侵入した形跡があり、お互いを疑っているらしい。そこから権利の主張合戦が始まって、それは徐々にエスカレートしていき、ついに暴力沙汰も起きるようになった。完全に領土争いだ。
(僕がいた世界でもこんなニュースあったなぁ……)
こっちの争いは国単位だったけど。
それはさておき、アジカさんとストーラさんは、お互いに人差し指を突きつけあって叫んだ。
『こいつらに違いない!』
『そうだ! そうだ!』
他のゴプリンやオーカたちも一斉に叫び声を上げる――彼女たちの熱量に鑑みると、会議室でお茶を飲みながら話し合う気があるとは思えない。つまりやる気だ。もし仲裁に失敗したら――
(……やっぱり森を焼き払った方が安く済む)
割りと真剣にそう思う。けど、それができないから僕は胃をきりきりと痛ませている。
それほど頑丈ではない胃に心の中で声援を送りつつ、仲裁者の義務を果たすことにした。
「で、大迷惑バトルロワイヤルゲームが始まると、無実の人たちが懸命に暮らす果実の村が大迷惑を被りそうなので、僕たちが仲裁に来たわけです」
「大迷惑だぁ!? 本当に仲裁しにきたのかよってなぁ!」
「そもそもこの森はあたしたちのもんだ! ヒトが出る幕はないよ!」
「えー? 遠路はるばるといやらしい森を抜けてきたんですから、いやらしくないお茶でも飲みながら話し合いません?」
『おちょくってんのかい!?』
はい。意図的におちょくりました。
(これでアジカさんとストーラさんの怒りが僕に向いた)
これは持論になるけど、真正面から睨み合っている人たちを説得するには、怒りの矛先をお互いから逸らす必要がある。仲裁者である僕の義務はそれだ。つまり僕がアジカさんとストーラさんの間に挟まるってこと。
2人はレズビアンカップルではなさそうだから、許されるだろう。それはさておき、アジカさんとストーラさんが詰め寄って来た。それは予想通りだった。予想外だったのは――
どむにゅっ!
「ぐっ!?」
2人の巨乳に挟まれてしまったこと。頭の前後が形容しがたい温もりと柔らかさに包み込まれ、健康な15歳男子の僕に雄性体としての危機が迫る。さらに。
ごごごごごご……!
「……」
隙間から見やれば、オリアナさんが無表情にお怒りマークをいくつも貼り付けていた。物理的な危機もすぐそこに迫っている。欲望に負けそうになっている場合じゃない。
「とにかく!」
僕はスイカとメロンを力一杯に押しのけて、アジカさんとストーラさんとの距離をとった。下半身に集まりかけていた血液を、頭に巡らせることを意識して続ける。
「詳しい話を聞かせてください! 領土争いで血を流すなんてお馬鹿のすることですよ」
『領土じゃない! 聖域の奪い合いだ!』
2人は声をぴったり揃えて叫び返してきた。
さっきから、妙に息が合っている気がする――それはさておき、聖域とは両種族の根源たる存在がおわした場所で、そこにはあらゆる欲望を満たす秘宝が納められているらしい。
(聖域? 難易度が10割増だ……)
報酬も10割増しに――そうじゃなくて、領土争いにそれが加わると、血なまぐささは10倍になる。
自分たちにとっての神聖な存在を巡っての争い。その厄介さは、僕がいた世界の人なら誰もが知っているだろう。その無益さも――それを説いたところで、どうにかなる問題じゃないのも知っている。
「えっと……」
僕は真っ当かつ、最も無意味な提案をしてみた。
「半分こでは?」
『絶対にいやだ!』
「ですよねぇ」
即答。またもや、妙に息が合っていた。本当は仲良しなのでは?
それなら交渉の余地がありそうだ――なんて思った時、ストーラさんが森の北方を指差した。遠くに奇怪な塔が建っている。よく見ると、塔じゃなくて細長い木造の構造物だ。映画とかで見たことがあるような気がする――
「あれは勇気だめしの投石器だ! お前があれをやるなら、半分ことやらも考えてやるってなぁ!」
「投石器って言っちゃってますけど!?」
要は人がのるものじゃありません。僕はふと気になって訊いてみた。
「着地のことは考えて設計されたんでしょうね?」
「安全設計の勇気試しなんか存在しないってなぁ!」
「その通りさね!」
「じゃ、なしで」
僕は設計思想がスタートラインから狂っている、超特大の投石器に半眼を向けた。と。
(あの投石器は村の方を向いているけど、まさか戦争のために造られたとか……)
アジカさんとストーラさんの方を見やると、彼女たちは頬を引っ張り合っていた。その姿は、幼い姉妹がお菓子を取り合っているような無邪気さがうかがえる。
果実の村に巨石を放り込もうと考えているようには見えないし、そもそも血みどろで底なし沼の聖域争いを本気で繰り広げるとも思えない。
(放っておいても適当に解決するじゃないのかな)
そんなことを考えた時、アジカさんとストーラさんが、揃って人差し指を向けてきた。これまた妙に息が合ったご様子で。
『部外者はとっとと帰りな!』
『……!』
そして周りのみんなも一斉にうんうんと頷く。
2種族大家族って感じだ。今は頭に血が上っているから過熱気味だけど、本当は仲良しだとしか思えない――それはさておき、真円の川や、聖域。ついでにいやらしい森。ゴプリンとオーカが争うと果実の村が滅びてしまうという言い伝えも、誇張や寓話の類とは思えない。
(時間が経てば話し合いもできそうだけど……)
すぐに仲裁するしかない。善は急げというけれど、熱々のスープを一気飲みするのは違うと思う――僕はどうしたものかと、長たちを見やった。タイプの違いこそあれど、どちらも美人だ。オリアナさんには負けるけど――
ぴこん!
頭の中で電球が光った。白熱電球じゃなくて、LED。そのくらい画期的な解決方法を思いついた!
「あの! 知性的に選美会で勝負しましょう!」
「……それはなんだい?」
「見た目の美しさを競うものです」
要は美人コンテスト。通称はミスコン。僕がいた世界では色々と問題視されつつあるみたいだけど、ここは別の世界だし、小規模とはいえ戦争を防ぐためなら許されるはずだ。
「面白い! あたしらのしなやかな肢体に勝てると思ってるなら、100年早いってものさね!」
「ぬかしやがれ! 森に鍛えられた、この筋肉は美しさだって負けないってなぁ!」
アジカさんもストーラさんも乗り気みたいだし――と。オリアナさんが小声で言ってきた。
(癒希様! 勝負がついてしまうと、どちらかが不満を抱いてしまいます)
それは間違いなく、未来の火種になる――けど、対策もちゃんと考えてある。僕はオリアナさんに小声で返した。
(オリアナさんが優勝すれば大丈夫です)
(そもそも私が出場するのですか!?)
(強くてきれいなオリアナさんなら、絶対に勝てます!)
オリアナさんをびっくりさせてしまったみたいだけど、丸くおさめるにはこれしかない――僕は励ますようにオリアナさんの肩を叩いた。次の瞬間。
ぴこぴこ!
アジカさんが尖った耳を小刻みに動かしながら鋭い視線を向けてきた。すっげー可愛いけど、彼女の表情は険しい。なんかまずそうだ。
「……まさか、その娘も出るのかい?」
「部外者が出ようってのか!? それは認められねぇってなぁ!」
「うっ!?」
もう少し空気を盛り上げてから提案するはずだったのに、アジカさんの地獄耳で台無しになってしまった。
どうにかしないと、何も解決できない――ストーラさんがにやりとした笑みで言ってきた。
「てめえが出るのは構わねぇぞってなぁ?」
「僕が!?」
「そうさね。あたしも構わないよ」
『……!』
ゴプリンとオーカの皆様も一斉に頷く――そして。
「苦難とは、まあ、このような感じで降りかかってくるものです」
オリアナさんに肩をぽん、と叩かれた瞬間、僕の運命が決まった。
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