61話「防ぎきれないとでも? お嬢さん!」
癒希×フレア回の4話目です。
よろしくお願いします。
暗闇の中で純白と紅蓮が目にも留まらぬ速さで閃いていた。それらがぶつかり合う度、白と紅の火花が激しく飛び散り、漆黒を華やかに彩る――本人たちの表情は華やかとはかけ離れていたが。
「はあああっ!」
「あらあら!? なかなかお上手なんですねぇ!」
鞭という武器は連打に向かないはずだが、銀鋼糸の鞭はドラムスティック顔負けの速度で振るわれており、ブリジットはその間合いから踏み込めずにいた。舞うようなステップのおかげで尻を痛打されてはいないようだが、殺気すら放つオリアナは加減というものを――故意に――失念しているかのようだった。お怒りの表情で容赦のない連撃を浴びせる。
がががががっ!
「思うのですが、双剣は距離を取られては手も足も出ないのではありませんか?」
「それは『満点を取ればトップ』と同じレベルの理屈ですぅ♡」
「――!」
が、ブリジットも似たような表情で縦ロールを前方へと振った。その刹那、ぼっ! という、炸裂するような音と共に縦ロールから小さな物体が大量に射出された。鉛の粒。要は散弾である――
「戦場以外での弾薬使用は違法では?」
「髪の毛から散弾が発射されるなんて、あり得ませんよぉ♡ えーい!」
オリアナが散弾を迎撃している隙を突き、ブリジットは氷上を滑走するような高速スライディングで一気に距離を詰めた。さらに全身を横回転させながら立ち上がり、その勢いを乗せて竜巻のような乱撃を見舞う。
ぎきききききんっ!
「あらあら!?」
「防ぎきれないとでも? お嬢さん!」
「きゃあっ!」
鞭の柄を両手で構えたオリアナは、双剣の圧倒的優位な距離での乱舞を残らず弾き返し、さらに反撃の右上段蹴りまで繰り出した。それはブリジットの頭上を薙ぐにとどまったものの、続く左後ろ回し蹴りが彼女の尻を痛烈の倍ほどの威力で捉える。
どかっ!
「痛あああああい!?」
ブリジットは宙を転がるようにすっ飛ばされ、さらに地面を転がり、それからぴょこんと跳び起きた。お人形さんを想像させる円らな瞳に涙を限界まで溜めて抗議の声を張り上げる。
「私はシェラルの跡取りを生む体なんですけどぉ!? 骨盤を蹴るなんて貴族不敬罪で有罪っていうか、人体への理解が足りない罪で非常識ですぅ!」
「貴女の婚約者でしたら『知るか馬鹿』とでも答えるのでしょうね」
「癒希君はそんなことを仰らないと思いますぅ!」
「懲りずに脳内世界のお話を! 私は神官戦士のぬいぐるみではありませ――なっ!?」
お怒りの熱量を増した形相で鞭を振り上げたオリアナだったが、彼女は唐突に鞭を手放してしまった。鞭はすっぽ抜けたようにあらぬ方へと飛んでいき、地面に落ちると同時、紅蓮の炎に包まれる――
「その双剣の特性ですか」
「はいぃ♡ その通りなんですぅ」
ブリジットは右手の甲を口元に当ててくすくすと笑い、次いで左の小剣でオリアナの鞭を指し示した。ぴょんぴょんと大きめのステップを踏みながら。
「この双剣は斬ったものに魔力を送り込んで、炎上させてしまうんですぅ」
「……」
オリアナが何かを言い返そうとした――その刹那、ブリジットはばねが弾けたような急加速でオリアナに襲い掛かった。神官戦士は武器を扱う職業である。素手での格闘訓練も積んではいるが、特性付きの双剣を相手にするのはさすがに困難だろう――普通の神官戦士にとっては。
「呪いのオリナアさんも大したことなかったです――えっ!?」
「思うのですが」
シェラルの跡取り娘を真っ向から見据えるのは、普通ではない神官戦士のお姉さんである。
彼女の右手には、いつの間にか漆黒の炎をまとった大剣が握られていた。神聖な存在に仕える者からは連想され得ない邪悪な意匠。それを握っている者もまた同じような――否、数割も邪悪な表情である。
「その二つ名を知っているのなら、戦闘は避けるべきだったのでは? やはり体を張り過ぎですよ」
「――!」
斬撃と共に放たれた暗黒の火炎流は、ブリジットの悲鳴ごと彼女をぱくりと呑み込んだ。
不定期更新ですが、なるべく早めにと思っています。
よろしくお願いします。




