31話 「あれは……いわゆるあれですよね」
癒希がやり返す回の9話です。
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男の子を追った先はレンガ造りの大型倉庫が立ち並ぶ区画――要は倉庫街だった。
倉庫に用のある人はあんまりいないから人通りは少ないはずなんだけど、その大きな倉庫の前には人だかりができている。もちろん、倉庫の大安売りをやってるわけでもない。
「あれは……いわゆるあれですよね」
「ええ……なぜ倉庫街にあるのかは不明ですが……仰る通りのあれですね」
あれっていうのは図書館だ。
僕たちが並んで立ち尽くしている先には大型倉庫があるんだけど、その中には本がぎっしりと並べられた本棚が、これまたぎっしりと並べられていた。
そして図書館の前には何脚ものベンチさえ設置されている――それらすべてを埋め尽くしている大勢の人々は、年齢も子供から老人まで幅広い。裕福ではなさそうだけど、そんなことは1週間前に見かけた野良猫の毛並みくらいどうでもいいと言わんばかりに夢中で本を読んでいる。近づいても襲いかかってくることはなさそうだ。
「ちょっと見てきましょう」
「はい。背後はお任せください」
僕が大倉庫図書館に向かって歩き始めると、オリアナさんは周囲を警戒しつつ、すぐ後ろから着いてきてくれた。本型の擬態モンスターがどこから襲いかかってきても守ってくれるに違いない。
それはさておき、僕は入口付近の本棚から適当な一冊を手に取った。鋭い牙や長い舌が飛び出してくる気配はないし、前後はもちろん、斜めまで含めたあらゆる方向から観察してみたけれど目が合うこともなかった。要は疑いようのない本だ。タイトルは――
『秒速44メートル』
速度としては新幹線以下だけれど、僕の思考はマッハ3くらいの衝撃波に吹き飛ばされそうになっていた。
(僕がいた世界の文字で書かれてる!?)
ぱらぱらとページをめくってみれば、本文も見覚えのある文字で書かれていた。
そしてこの本は読書タイプじゃない僕でも知ってる大人気作品で、何年か前に映画化もされたはず――でも、こっちの世界で試写会が行われたはずがない。
「まさか……」
他の本も手に取ってみれば、やっぱり僕がいた世界の文字で書かれていて、タイトルは“人工衛星と宇宙”だった。近くの人が立ち読みしている本をそっと覗き込むと――
(あれ?)
こっちの世界の言葉で書かれてる。本を持った人が読める言語で文字が浮き出るってことなんだろう。
この世界の本ってすっげー! そうじゃなくて、これは間違いなく能力だ。クラスメイトがこの近くにいるってことでもある。
僕がいた世界の図書館を蔵書ごと再現するなんて、よほどの本好きに違いない。それに思い当たる人がいる。
教室の片隅でいつも本を読んでいて、放課後も閉館時刻まで図書室にこもっていたあの人――
(現世真夜さんだ!)
新月の夜みたいな真っ暗な髪と冷めきった瞳の同級生。
ちなみにコミュニケーション能力は高くない――これに関しては他人のことを言えたものじゃないけど、とにかく僕は彼女を探して辺りを見回した。目につくのはこっちの世界の人たちばかり――でも野生の図書館が生えてくるなんてあり得ないから、彼女はここにいるはずだ。クラスメイトに会える。絶対に会いたい!
「僕の仲間がいます! 探しましょう!」
「ゆ、癒希様……!?」
振り向きざまにオリアナさんの肩を掴むと彼女は戸惑ったらしく、身体を強張らせつつ両目を瞬かせた。
いつもは冷静な神官戦士のお姉さんのすごく珍しい姿。それを目にしたせいか、僕の脳は少しだけ冷えた――次の瞬間、オリアナさんに思いっきり抱き寄せられてしまった。少し焦った声で囁いてくる。
(お気持ちは分かりますが、いきなり接触するのは危険です! 人々の奇行の原因かもしれません)
(え? あ――!)
さっきとは別の意味で脳が冷えていく。それを感じながら周囲の人々を見回せば、相変わらず心の底から楽しそうに本を読んでいる。
たかが読書と言うと変だけど、でも本を読んでるだけとも思えない。
“本の虫”タイプの現世さんは物静かな人だったから世間を騒がせるようなことはしないはずだけど、能力を得て豹変した可能性がゼロと言い切るのは非現実的ってものだろう。
そして彼女が私欲を暴走させて奇行騒ぎを起こしているのなら間違いなく戦闘になる――チート図書館が汎用人型戦闘ロボットに変形して、辞書ミサイルや絵本ライフルを乱射しても不思議はない。
(そもそもクラスメイトを相手に戦うなんて……)
漫画とかではよくあるパターンだけど、実際に想像するとぞっとする――戦杖をぎゅっと握りしめた時、図書館の奥にあった気配が僕たちに向かって真っ直ぐに向かって来るのに気がついた。揺らいでないから隠す気はないんだろう。周りの人たちが戦闘に巻き込まれないよう、図書館から距離を取るように動くと、その気配は少しだけ速度を上げて追ってくる。
そして僕たちは図書館から数棟隣の倉庫前で足を止めた。人通りはなく、気配は変わらない速度で追ってくる。遭遇まであと数秒――
(良くも悪くも……とにかく会える……!)
それが笑顔で始まりますように。読書を心の底から楽しんでいる人たちの笑顔に祈りつつ、僕は覚悟を決めて気配の方に向き直った――その時、重くて堅い、つまりは国語辞典みたいな声が勢いよく飛んできた。笑顔で始まりそうにない――
『図書館では静かに! 常識では? 比良坂さん』
「……え、えー!?」
残念ながらと言うべきじゃないと思うけど、そこにいたのは女子高生じゃなくて濃紺のスカートスーツを着た成人女性だった。短めの黒髪と切れ長の瞳が長方形レンズの眼鏡とどうしようもないくらい似合ってる。
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