32話「あの! ここの運営に人手が必要なら手伝いとかできると思います! だから――」☆
癒希がやり返す回の10話です。
よろしくお願いいたします。
※仕事の年度末進行が始まった関係で更新頻度の低下が予想されます。ご了承ください。
「矢木咬先生!?」
「叫ぶほどのものではありませんが?」
フルネームは矢木咬日織。担当教科は国語。
そして僕のクラスの副担任でもある。年齢はオリアナさんとアゾリアさんの中間のはずだけど、性格と雰囲気に鑑みるとアゾリアさんよりは若いって表現が適してると思う――いや、こんな言い方をしたら白い女性医師に手術台で引っ叩かれてしまうに違いない。言葉って難しい。
『だから国語という教科があります』
矢木咬先生なら厳しい視線を向けてそう言った後、厳しめの参考書を手渡してくるだろう。この先生はとても厳しいんだ――でも頼りになる先生だから再会できてとっても嬉しい。
この世界では一人前扱いされてる僕だけど、先生にとっては生徒だ。哺乳瓶を咥えさせてはくれないにしても、適度な逃げ場――心の支えってやつだ――になってくれるだろう。
図書館が変形して図鑑スラッシャーとか乱射してくれるなら戦力としても最高だ。明るい未来計画みたいなことを考えていたら、先生は眼鏡の位置を直しながらやれやれと呟いた。
「本を読みに来たのなら静かに」
「……え? いや、あの…………え?」
それはあまりにも薄い反応だった。感動の抱擁を期待してたわけじゃないけど、他に言うことはありませんか?? バスが転落してからの経緯とか、生徒が法衣を着ている理由とかも気になりませんか――学校では厳しい雰囲気で近寄りがたかったけど、今の雰囲気はそれとは異なる理由で近寄りがたい気がする。
(明確な拒絶……関わって来ないでって感じだ)
つまり無関心。逃げ場とか図鑑スラッシャーどころじゃない。
厳しさも熱意の表れだと思ってたんですけど、なにかあったんですか。そんなことを真正面から訊けるはずもなく、僕は黙り込むしかない――その時、オリアナさんが真正面から先生に向き直った。
神官戦士のお姉さんは年齢こそ下ではあるけど、精神の強さでは負けていない――いや、年齢も負けていないって計算になるのかな。そんなことを考えている間にオリアナさんが微笑んだ。
「私はオリアナ。癒希様の大切な従者です」
「……」
なんか挑発的だ。僕の頬に冷や汗が伝ったけど、オリアナさんが意味もなくこんなことを言うはずがないから黙っていよう。
それはさておき、先生の視線が僕に向けられた。関心を向けてくれたってことだろう――嬉しいけど、厳しめのアンテナがアダルトなものを捉えたのかも知れない。
「従者として当然ではありますが、癒希様と同じ部屋に住まわせて頂いております」
「……!」
オリアナさんが悠然と告げた瞬間、先生は視線を厳しくした。悲しいほど当然だけど、それが向けられてるのは神官戦士のお姉さんじゃなくて僕だ。
一緒のベッドで寝てるだけですって抗弁したら廊下に立たされてしまいそうだから、ここでも沈黙を維持しよう――オリアナさんは微笑みに艷やかさを足して続けた。
「同じベッドで夜を共にしております」
「――!」
僕の不安を知ってか知らずか、オリアナさんはものの見事にばらしてくれた。
先生から見れば不純異性交遊というやつだろう――相手が大人の女性だから僕は被害者ってことになるのかも知れないけど、矢木咬先生は生徒を射程距離に捉えてるから指導の対象になるのも僕だ。そして、それは非常に恐ろしいものになるだろう。
入学から少し経った頃、お調子者のクラスメイトが派手なピアスをしてきたことがあるんだけど、矢木咬先生は1年生の全クラスが並んでいる廊下の端から端まで轟く怒声を張り上げた。
その時の形相はCG加工されてるのかってくらい怖かった――思い出しただけで僕の湯豆腐メンタルがぷるぷると震え始めた。次の瞬間。
「今朝は湯船にもご一緒させて頂きました」
「比良坂さん!」
「は――はいっ!?」
先生は両手を腰に置き、底冷えするような形相になられた。液体窒素の滝を頭から浴びてるような気分だ。そして僕がフリーズしている間に先生は大きく息を吸う――続くのは北極圏の猛吹雪みたいなお説教。そのはずなんだけど、先生は心を落ち着けるように極大のため息をついた後、怒髪天に発しかけていた髪を軽く梳いた。僕たちに背を向ける――
「…………私としてはそうですかとしか言いようがありませんが?」
彼女は肩ごしにそう言い残して図書館に向かって歩いていった。
「まじで…………?」
これでさよならってありえなくないですか? 可愛くはなかったかもしれないけど、僕は生徒だったわけで――水族館で家族とはぐれた時のことなんか思い出しつつ、思わず叫んでいた。
「あの! ここの運営に人手が必要なら手伝いとかできると思います! だから――」
「他人に寄りかかるつもりはありません。あなたの力にもなれません」
割と必死に叫んだつもりだけど、矢木咬さんは立ち止まることさえなく、図書館に入って見えなくなった。
「ジーザス……」
元の世界では距離を置いてたくせに、異世界に叩き込まれた途端に擦り寄られても困るって話は理解できるけど――孤独感にショックなんか受けてると、オリアナさんが右手を顎にあてながら呟いた。
「厳格な貞操観念をもってらっしゃるように見えましたので、癒希様への関心を引く目的で挑発してみたのですが……」
R-15指定同衾生活をばらしたのは、やっぱり僕の心情を察してのことだったらしい。
綺麗で気も利くお姉さんって本当に素敵だ――でも先生が立ち去ってしまったショックは癒しきれなかったらしく、僕の湯豆腐メンタルはクリオネの捕食シーンを初めて見た時くらいぶるぶると震えていた。
「矢木咬様は奇行の原因でもなさそうですので、日を改めるべきだと思います。女神の加護を授かったのなら自衛もできるでしょう」
「…………はい」
僕は法衣越しに冷たい風を感じながら、ふらふらと倉庫街を後にした。
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癒希の副担任の矢木咬日織です。
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