26話 「それにしても気持ちいいなぁ……」
癒希がやり返す回の5話です。
よろしくお願いいたします。
時刻としてはお昼すぎ。
僕は浴槽で肩までお湯に浸かっている。日光で輝く曇りガラスに不思議と眠気を誘われる――適度な疲労感がそれに拍車をかけてくる。体育後のあの感覚。こっちの世界でも味わうとは思ってもみなかった。
(……こんなに汗を流したのって何年ぶりだろ)
僕が通ってた中学校では、よりによって夏にマラソン大会があったんだけど、その時以来な気がする。
あれもなにかの訓練ですかってくらいキツかった――そう、僕は強くなるために訓練を受けることにしたんだ。オリアナさんには真っ赤な顔で反対されてしまったけど、この世界は僕がいた世界ほど平和じゃない。
いずれまた、ゴンザロスみたいな連中を相手にすることになるだろう――その時までに強くなっておきたいから、オリアナさんの反対は押し切らせてもらった。
そして身体能力に色々な補正がかかる杖装備スキルを発動させないために棍を使って、しかも実戦形式の訓練だ。その相手をしてくれたのは、タングステンよりも硬い肉体をもつ大司祭様。
『骨くらい折れても構わんのだろう!?』
こんなノリの訓練を難易度ベリー・ハードで受けること約2時間。
僕は運気に恵まれなかった人が生涯に被るであろう怪我をまとめて経験する羽目になった。ゲームでいうところの経験値効率は良かっただろうから、うん、まあ……文句はないかな。
あのキッッッツイ訓練の後だからこうしてお風呂で気持ち良くなれてるわけだし、うん、まあ……文句はないかな。虎に襲われる兎の気持ちも知ることができたし、文句なんかありませんとも。
「それにしても気持ちいいなぁ……」
僕は快楽にも似た温かさを欠伸しながら噛みしめた――その時。
がらっ!
「癒希様、よろしいですか?」
「はい!?」
ノックもなしに、バスタオル姿のオリアナさんが浴室に入ってきた。声掛けはあったけど、それは開ける前にするものです。
審判がいたらイエローカードものだろう――でもここには2人きりだからどうしよう? 答えが返ってくるはずもないし、タオルは脱衣所だから、ただ硬直するしかない。そんな僕に微笑んだ後、白金のお姉さんはにこにこしながらタオルに液体石鹸を染み込ませ始めた。なんかこういうオトナのお店ってなかったっけ?
「どうぞこちらに」
「え!?」
それはさておき、美しいお姉さんは風呂椅子に座るよう促してきた。
お風呂は別々にって取り決めたはずだけど、背中を流すのは別枠ってことなんだろうか――いや、オリアナさんの今回の行動は妙というか特別過激だ。何カ月も同居生活を過ごしたわけじゃないけど、そう断言できる。
僕への感情が変化したんだろう――でもその理由が思いつかない。当惑してる間に僕は右手で浴槽から釣り上げられ、それから風呂椅子にひらりと座らされてしまった。
オリアナさんに背を向けている状態だからまだ救いはあるけど、逃げ場がない。
追い詰められる一方だ――そんなことを考えている間に、オリアナさんは僕の背中を洗い始めた。
わしゃわしゃっ!
『フフフ……』
しかも耳元で艶っぽい囁きまで。
オリアナさんに化けたサキュバス系のモンスターなんじゃないかと疑ってしまいそうになったけど、いつものいい香りがするからオリアナさん本人で間違いなさそうだ。
(ここまで過激なことをしてくるなんて……まさか僕のことをカッコいいとでも思ったのかな? でも……)
大司祭様にピンポン玉よろしく吹っ飛ばされまくる僕を見てそうは思わないだろう。
あまりにもやられっぱなしで可哀想だったから慰めようとか? または僕の頭上に死期が表示されてたりするんだろうか。分からない。なにがオリアナさんをここまで積極的にさせたのか――
「……早く出ましょう」
「え!?」
そして困惑の境地にいた僕に囁かれたのは、艶やかなお誘いだった。
響きからして夜間に営まれるアレに思える――今は太陽がさんさんと勤務中だけど、そんなことはどうでもいい。僕という蟻の前に極上のティラミスケーキが置かれてしまった。どうにかブレーキをかけたいけど、免許証を持ってないからそのやり方が分からない――耳元で再び艶やかなお誘いが囁かれた。
「奇跡の力で癒したとはいえ、大司祭にあれだけやられては心配です。アゾリア医師に診てもらいましょう」
「…………」
全速力からの肩透かし。
振り向いてオリアナさんの乳房に飛び込んでも許される――そんな気がしたお昼過ぎ。曇りガラスは直視できないほど眩しく輝いていた。
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