137話「抱擁でもしてくれたらもっと美しいんだろうな……」(完)
ロスト族の族長は村にもっとも名誉をもたらした者が選ばれる決まりらしい。
そして候補者の1人だった不適切将アクセルは、あの山を奪還することを選んだ。
それは現族長の度肝を天空の彼方まで抜く愚行――話を聞かされたロスト族は、族長から幹部までが総出でティアラ神国の行政府にスライディング土下座行脚をしてどうにか話はついた。でも。
『次はない』
族長たちは肝をとことん冷やして帰る羽目になっただろう――今後の族長選抜の儀式は試練を選択する形式になるはずだ。
(まあ、歩いて帰れるだけましだよね)
場合によっては、棺桶で運搬される可能性もあったんだから。寛大な処置と言える。
つまりアクセルの暴走でロスト族が滅ぼされる心配もない。けど、いい迷惑だったのは間違いない。
空中三回転捻り土下座が見たいわけじゃないから、村に乗り込んで責めたりはしないにしても――確かに、次はない。これはとても適切な表現だ。
ちなみに吹雪の白飛竜はアゾリアさんに一撃で躾けられて、新しい降雪観測施設に配置されることになったらしい。要は迷惑料代わりに接収された。
これからは護衛部隊が配置されるみたいだから飛竜はいらないと思うけど……
(こっちも施設が壊されたから、そうしないとメンツが保てないんだろう)
そういうわけで吹雪の白飛竜は護衛の白飛竜にクラス・チェンジ。
鞄や竜鱗の鎧にされなくて良かったね――機会があったらそう伝えたい。
人間の言葉は通じないだろうけど、アゾリアさんの厳しさを知っているんだから、きっとわかってもらえる。
僕がそんなことを考えながら歩いているのは、先生が館長を務める図書館。その飾り気皆無の廊下だ。
今日はあの人の授業を受けに来た。数日ぶりのブレザーは教会の人が洗ってくれたらしくて、なんだか肌触りがいつもと違う。微妙な違和感にむずむずしている間に会議室に着いた。
僕はドアを開けようと――
(あれ?)
部屋の中から複数の気配。どちらも良く知ったものだ。つまり先生とオリアナさん。
任務前の火花ばちばち! が思い出され、脳内の危機管理センターが警告音を鳴らし始めた。
「……」
僕はドアの隙間から会議室を静かに覗き込む――いたのはやっぱり先生とオリアナさんだった。ただし、溶断中のガスバーナーよろしく激しい火花を散らしてはいない。
「……先日は申し訳ありませんでした」
「いえ、こちらこそ」
オリアナさんが軽く頭を下げて謝罪すると、先生は微笑みで返した。
大人同士の謝罪交換。任務前の火花ばちばち! に対するものだろう。先生は照れ隠しに眼鏡の位置を直してから続けた。
「私は非力ですが、比良坂さんの心を守る存在でありたいと思っています。ですから……」
あなたには肉体的な安全を守る存在になって欲しい――そう続けた。
肉体的な安全。妙に堅い表現だ。
(体の安全じゃだめなのかな?)
または身の安全。
疑問符なんか浮かべていると、オリアナさんが力強くうなずき、胸を張った。
「得意分野ですから」
さらに微笑んだ。先生も安心したように微笑む――これは大人の女性同士の信頼が築かれた瞬間だ。
笑顔で見つめ合うオトナの女性たち。なんだかとても美しい。
(抱擁でもしてくれたらもっと美しいんだろうな……)
できればその間に挟まりたい。
薄い本に影響され気味の欲望はさておき。
こんこん!
僕は軽くノックしてから会議室に入った。
同時に顔を向けてくる先生とオリアナさん。どちらも表情は温かい。僕の頬が自然とほころぶ――
「おはようございます」
『おはようございます』
いつもより明るい声で挨拶すると、タイミングばっちりの挨拶が返された。
(2人はもう仲良しだ)
これで授業の度にオリアナさんが不満そうな顔をすることはないだろうし、火花ばちばち! も起こらない。
僕は足取りも軽く彼女たちのそばまで進む――と。
「……?」
先生の微笑みが満面の笑顔に変わった。そして両手で差し出されたのは文庫本。
受け取ると、それはラノベだった。
タイトルは――
『ティーチャーにおねがい☆』
「――!?」
これは生徒と教師が恋愛するお話で、アニメ化までされた有名な作品――刹那、僕の頬が引きつった。
そして熱い視線をずがん! と感じる。顔を上げれば、頬を赤く染めた先生にじっと見つめられていた。彼女は半歩も距離を詰めて来る――もともとの距離は1メートルもなかった。今は吐息がかかりそうな距離。
(ていうか先生の吐息がしっかりと感じられる!?)
体温すら――その時、ぽん! と脳裏によみがえるあの晩のこと。
先生とキスをしたあの晩のこと――
(よく考えたらとんでもないことをしてしまったんじゃ……!?)
僕と矢木咬さんは生徒と教師の関係だ。
この世界に教職倫理があるかはわからないけど、推奨されているはずがない。推奨されているとしたら、それはオトナのお店くらいだ。
つまり僕と先生の関係は非倫理的。オトナ風に言うとインモラル。超えてはいけない壁を超えてしまったってこと。
(とっても後ろめたい。けど――)
あの時のことを想像すると心臓の鼓動が激しくなる。
理解不能な動悸に困惑してしまう――刹那。
「癒希様、これは……」
乙女の直感でなにかを感じ取ったらしいオリアナさんが、僕の手に握られているラノベを見つめた。
大人の女性と少年が笑顔で腕を組み、身を寄せ合っている表紙で、ぴんときたらしい。
武力衝突を平然とこなす神官戦士のお姉さんの勘が、働かないはずがありません――このラノベの表紙がアサルトライフルを構えた屈強な兵士たちに変わる奇蹟を祈ってみたけど、どこの神様にも届かなかった。つまり白金の視線が僕に向けられてしまった。
『教卓と机との間にある壁は厚く、そして断熱素材であるべきなのでは?』
そんな感情が伝わってくる。次の瞬間、会議室の温度が氷点下にまで下がった――ような気がした。
オリアナさんが半歩だけ距離を詰めて来ると、空気は間違いなく、ずしり! と重くなった。そして。
「……比良坂さん」
「……癒希様」
「……」
僕は女性と女性の間に挟まれてしまった。
さっき願ったのはこういう意味じゃなかったのに――女性同士の間に挟まろうなんて、絶対に許されないことを願った罰に違いない。さらに。
がら!
「矢木咬よ、前回の任務の報酬を持って来たぞ!」
小さいながらも、ずっしりとした革袋を持ったアゾリアさんが会議室に颯爽と入って来た。
声や足取りが普段よりも軽いのは部下――精鋭兵士たち――に被害が出なかったからだろう。帰還してから全員に治癒の輝きをかけたから、むしろ任務前よりも健康になったはずだ。
あれだけの激戦で被害なし。つまり遺品を遺族のもとに返したり、墓地に敬礼をする苦役がない。
部下のみんなを家族の元に健康120%の状態で帰すことができたんだから、それはそれはご機嫌に違いない。それはさておき。
「色々な手当てを適用し尽くしておいたから期待してくれて構わないぞ――とでも言おうと思っていたが、お取り込み中のようだな」
めちゃくちゃ優秀な指揮官のお姉さんは、一瞬見ただけでこの戦況を理解したらしい。
彼女は、ふっと笑ってからドアを閉める――そして。
かちゃり!
なぜか鍵までかけられてしまった。
「あの……!」
困惑の視線を向けると、アゾリアさんは苦笑いと共に、軽い仕草で肩を竦めた。
やっぱりご機嫌。でも瞳は真剣だ。施錠したドアに彼女が寄りかかり、ぎし! と音を立てた。まるでこの会議室が空間ごとロックされたような重い音。声はそれよりもかなり軽かったけど、内容は100万t級――
「任務前に忠告はしただろう? さあ、お手並みを拝見しよう」
「――!?」
つまりご機嫌でも助け舟を出してくれるつもりはないらしい。
それどころか、逃げるな。そんな意思表示――僕は全力で絶句した。
視線を戻せば、正面からは熱い眼差し。脇からは白銀の視線。逃走経路に待ち受けるのは凛とした瞳。
さらに僕たちがいるのは窓のない会議室――この包囲網の鉄壁さは要塞級だ。
そして会議室を満たす、重くて冷たい空気はまるで宇宙。
(宇宙要塞ブラックリリィ……本当にあったんだ)
僕はいつか観た名作アニメのフレーズを思い出していた。
だからと言って逃げ場は無い――
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第9章 宇宙要塞ブラックリリィ 完
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お疲れさまでした。
第9章はこれで完結となります。
次章は制作中ですが、近いうち投稿できるかと思います。
しばらくお待ち頂けましたら幸いです。
よろしくお願いします。
※その間はイラストの更新のみとなります。




