121話「遠慮せずに裂ければいいのに」
村や軍事拠点を経由して3日後、僕たちは目的地に到着した。つまりこの広大な雪原に、でん! とそびえ立つ雪山に。
標高はそこまでじゃないけど周囲に他の山がない――独立峰なので高く感じられる。太陽がこれでもかと張り切った快晴の下で見上げると神々しくすらある。
(でもその頂上に造られた降雪観測施設では、なにか大変なことが起きているはず……!)
そういうわけで、僕たちはわたあめのようにふわふわな雪を上り始めた。
やや急な斜面だけど、みんなは登山用装備を付けた馬に乗っているので快適そうに見える。
僕と先生はオリアナさんが御する馬車に乗っているから快適でないはずがない――雄大な自然を見渡す余裕すらある。
「360度の純白ってやつですね!」
「ええ。写真に収めておきたいくらいです」
僕は幌から身を乗り出して歓声を上げた。
家族とのスキー旅行の思い出が頭の中によみがえる――その時はスキー板にブレーキがないことを嘆くのに忙しかったけど、今は馬車からゆったりと眺めているから雪山の美しさを堪能できる。
興奮して体温が上がったのか、厚手のコートが少し暑い。対照的に、先生はコートで身を包むようにしている。冷え性なのかもしれない――と。
「……?」
首筋にちくちくする気配。振り向くとオリアナさんの横顔が、どこか面白くなさそうな色を湛えている。正面を向いてはいるけど、意識は間違いなく僕と先生に向けられていた。
(……なんだかちょっとマズい気配)
自然の美しさを堪能したことが、彼女の機嫌を損ねたわけじゃないと思うけど――
「あの、オリアナさん……」
僕は銀鋼糸の鞭の使い手に恐る恐る声を掛けようとした――その時。
「気に入ったか? ちなみにこの山は天候観測山1号と呼ばれている」
『……』
情緒もへったくれもない名称に、思わず先生と顔を見合わせてしまった。それから声の方に顔を向けると、騎乗したアゾリアさんが馬車のすぐそばで苦笑いしている。
彼女の周囲には屈強な兵士たち。赤い軍服の上に雪中装備を着けていて、やっぱり騎乗している。数はきっちり50人。拠点を調査して、場合によっては奪還するにしては少ない――少数精鋭というやつだ。
そして降り積もった雪の量に相応しく気温も低い。そもそも温暖なティアラ神国の中にこんな雪原があるなんて、ファンタジー世界にしても不自然だ。
(誰かのチート絡みで形成された生態系なのかもしれないな……)
生態系と言えば、この雪山に着く前に白い狼――雪狼と呼ぶらしい――の群れに襲われかけたけど、アゾリアさんと彼女が率いる兵士たちが睨みつけると間違えましたとばかりにそそくさと逃げ去って行った。
その時のアゾリア要塞指揮官様の呟きがまだ耳に付いて離れない。
「……防寒具が逃げていく」
野生の爪も弱肉強食の牙も、この人にとっては取るに足らない机上の論理。ジーザス。
それはさておき、僕は視線を頂上――連絡が途絶えた施設に向けた。
この国の気候は温暖だ。けど、この辺りだけはなぜか年中無休で積雪地帯。豪雪になることもある上に、時期によっては吹雪で閉ざされてしまうらしい。そういった寒気の流れを監視するための施設。
管理自体は民間への委託らしいけど、通信用の魔法の設備もあって、連絡はボタンひとつ。それさえも途絶えてしまった。つまりホラーゲームにおあつらえ向きの状況だ。
盛り塩の準備が必要かもしれない――そんなことを考えている間に僕たちは斜面を登り切った。視界の先には質実剛健な施設。
外観はクラフトゲーム風に言うと豆腐ハウス。それを10段重ねたような建物。上階にいくほど細くなっている。要は塔状だ。少し年季が入った感じだけど、外壁に破壊やホラーの痕跡はない。
そして頂上には風を遮るものがほとんどないにも拘らず、雪に埋もれてはいない。厚くて高い壁がいい仕事をしているってことだ。そのために雰囲気が重々しいけど――と。
「生存者がいるようです」
透明な球体――確か透視の水晶――を施設に向けていた兵士が、てきぱきとした口調でアゾリアさんに報告した。
「……よし。戦闘態勢で前進だ」
『はい!』
指示が下されると、兵士たちは素早く馬から飛び降りて武器を抜き放った。主を下ろした馬は縄で繋がれなくてもその場を動こうとしない。それに感心しつつ、僕も雪の上に飛び降りる――
ざん!
久しぶりに聞いた音。僕がいた世界と同じ音でなんか安心した。どじゅう! とか がぶり! だったらどうしようかと思ってた。冗談はさておき、先生とオリアナさんも既に雪上で待機している。そして。
「オリアナ!」
「はい!」
オリアナさんを先頭にして、調査部隊が編成された。
それに組み込まれなかった20人は入り口前に陣取って斜面の下を警戒している――つまり34人で中に進むってことだ。
ぎぎぎぎ……!
分厚い門は冷たくて重い音と共に開き、そして施設の扉も問題なく開いていく――そういうわけで、僕たちも問題なくエントランスを通過した。
次はロビー。極めて事務的な造りで、来客や社会科見学があるわけじゃないから受付すらない。もちろん壁や床に血文字が描いてあったりもしない。広いだけが特徴だ。けど、灯りはいくつかの蝋燭だけで薄暗い。吹き込んでくる風でその心もとない灯りがホラーチックに揺れる。それにともなって僕たちの影も不気味に踊る。
(施設の人たちが連絡も忘れて百物語に没頭しているだけなら、アゾリアさんの一喝で終わるけど……)
その可能性はかなり低い。つまりリアルホラーショウはまだまだ続く。と。
『……』
奥に続く通路で気配が蠢いた。
即座に銀鋼糸の鞭を構えるオリアナさん。一瞬だけ遅れて身構える兵士たち――でも。
「……施設員ですね」
「そのようだ」
そこにいたのは作業着を着た10人くらいの男女。動く死体だったり、エイリアンに寄生された様子はない。
彼らの影が異形だったりもしない――床に座り込んだまま、死んだような顔で見つめてくるだけだ。すっげー怖い以外の脅威はない。
「無事で何より。だが責任者がいないな。彼女はどこにいる?」
アゾリアさんが――気遣いながらも――有無を言わさぬ鋭い声で問い質すと、施設員たちは震える指ですぐそばのベンチを指し示した。そこには全身に包帯を巻かれた女性が寝かされている。
「異常なしだ」
「よし!」
透視の水晶で罠の可能性を排除した後、数人の兵士が彼女に駆け寄って傷の具合を確認し始めた。
僕も向かおうとした――その時。
ぎゅ!
「えっと……」
「……」
オリアナさんが腕を掴んできた。不思議そうに彼女の顔を見つめると、首を小さく左右に振った。
治癒の輝きは使うなということだろう。でも――
「……全身がずたずただが、急所は外されている。生かしておいた――ということか」
聞こえてきたのはファッ〇な事実。
つまり意図的に長い間苦しめられていたってこと。目的は救援部隊に負担をかけることに違いない。そのためだけに彼女は何日も苦痛に晒されていた――僕はオリアナさんの手を振り切って、その女性に駆け寄った。輝く右手を彼女に翳す――
がし!
「癒希様……!」
オリアナさんが再び腕を掴んできた。かなり強く。さらに耳元で囁いてくる。
(精鋭兵とはいえ、絶対ではありません!)
口調もかなり強かった。治癒の奇蹟が知れ渡ること――僕のことを本当に心配してくれているんだろう。
そして治療自体は持ってきた医療資材でどうにかなる。そう続けた。その時。
「比良坂さん、癒しの奇蹟を!」
「はい!」
先生が凛とした声で背中を押してくれた。
僕はまたもオリアナさんの手を振り払い、そして癒しの奇蹟――治癒の輝きを発動させた。
影が躍り、血の臭いが鼻をつく。そんな陰惨な光景に対して純白の輝きが真正面から炸裂する。
きゅぼっ!
一瞬後、女性の全身に走っていた深い裂傷の数々は、あらゆる理屈を無視して完全に消し飛んだ。
そして彼女――階級章にはラミンと書かれている――はゆっくりと上半身を起こし、軽く咳き込んだ。苦痛から解放された自身の身体を見て両目を瞬かせる――
『あれだけの傷が一瞬で……!?』
『今のはなんだ……!?』
兵士のみんながさざめくように驚きの声を上げた。大声を出さないのは、彼らが精鋭である証だろう。
先生に対してオリアナさんが不審の眼差しを向けているのは、僕を大切に想ってくれている証。そんな2人に対してアゾリアさんが苦笑しているのは――
(なんだろう?)
僕が子供だからか、その理由がまったくわからない。
それはさておき、先生がアゾリアさんに向き直った。なぜか僕とアゾリアさんの間に割って入るようにして。
「施設のみなさんは精神的に参っていらっしゃるようですので、医療室で休ませては?」
「……そうだな。話を聞くのは後にしよう」
アゾリアさんはさっきの苦笑いを意味深な笑みに変えて了承し、そして施設員たちは数人の兵士に連れられて通路の奥へと消えていった。
(少しくらい話を聞いてもいいんじゃないかな……?)
確かに施設の人たちは疲れ切った様子だったけど、何があったのかくらい――これは人の心がない者の疑問符ですか?
僕はそんなことを考えながら頬をかいた――刹那。
「敵が来る! 備えろ!」
『はい!』
アゾリアさんの雷鳴のような一喝が轟いた。その一瞬後、兵士たちが一斉に迎撃の準備を始めた。
雰囲気が一気に物々しくなる――異様にゴツいクロスボウを担いだ10人くらいが階段をすさまじい速さで駆け上がり、残った兵士たちはエントランスを駆け抜けて外に出た。施設入り口前で警戒中の部隊と合流し、門の前に陣取る――僕も彼らに続いて外に出た。
それから上の階を見やれば、兵士たちが狼よりも鋭い眼光で窓から狙いを定めている。この施設は斜面の上にあるから、敵が攻めてくるなら下からだ。つまり完全に上を取っている。立て籠もるよりも有利に戦えるだろう。そして。
「戦闘態勢のまま傾注!」
アゾリアさん自身も指揮のために施設入口前に立った。いつの間にか数人の兵士――近衛小隊と呼ぶのかもしれない――に守られてはいるけど、殺る気の高さがうかがえる。
「ラミンへの仕打ちを見たな!? 非戦闘員を痛めつけるような連中に遠慮はいらん! 慈悲とは互いのためにあると徹底的に教えてやれ!」
『はい!』
さらに厳しい顔で下された大号令。馬すら意気衝天とばかりに、一斉にいななく――僕はそんな異様な光景をアゾリアさんの少し後ろから見つめていた。隣にはオリアナさん。すぐ後ろには先生――彼女にアゾリアさんの鋭い視線が向けられた。
「矢木咬よ、お前は施設内で待機していろ」
「……お気遣いなく。私は比良坂さんのそばにいます」
「ふむ。そうか」
アゾリアさんは厳しい顔のままでうなずいた後、視線を前方へと戻した。やや不満そうな視線を先生に向けていたオリアナさんも、すぐに視線を前方へと向けた。すなわち戦場へと――
ごっ!
「飛来物!」
「迎撃!」
このやり取りは1秒未満。声優も真っ青の滑舌の良さ。
直後、降雪観測施設に迫っていた氷塊は宙で粉々に破砕され、僕たちに大量の氷片が降り注ぐ――それに続いたのは野卑な大声。
『またしても将が女だと!? 腹がよじれて裂けそうだ! がーっははははははははは!』
「遠慮せずに裂ければいいのに」
「望み薄ですね。不適切な発言で切腹する風習もなさそうですから」
僕と先生は不適切な爆笑を続ける大男に半眼を向けた。
お疲れさまでした。
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