107話「家に帰っても誰もいないし」
ざまぁ?に向けての助走回です。
よろしくお願いします。
『あははははははははは!』
「……」
知らないうちに眉をひそめていた。ここは図書室だ。静謐である必要はないけれど、爆笑の渦に巻き込んでいい場所でもない。
僕は読んでいた本を閉じると、少し離れたところにあるソファー席に視線を向けた。
『あははははははははは!』
再びの大爆笑。コメディー本を読んだにしても、図書館の性質を完全に無視した声量。声楽部からお呼びが掛からないのが不思議だ。
そして司書の先生も見当たらない。ここで読書を続けるのはゲームセンターで英単語帳をめくるようなものだろう。
僕は嘆息してから立ち上がると、貸出カウンターに向かおうとして――気がついた。すぐ後ろの席にクラスメイトがいる。現世真夜さんだ。新月の夜みたいな真っ暗な髪と、冷めきった瞳の同級生。頬杖をつき、もう片方の手でページをめくっている。
「……」
「……なに?」
僕の視線に気づいたらしく、彼女も視線を向けてきた。
温度をまったく感じさせない視線。表情も地底湖のように落ち着いている。クールビューティーと呼ぶのかもしれない。それはさておき、なんとなく訊いてみた。
「現世さんっていつもここにいるよね。バイトとかしないの?」
「比良坂君は?」
「ここで本読んでる方が楽しいから」
「そう……」
現世さんはなぜか乾いた吐息を漏らした。その延長みたいな感情のこもっていない声で続ける。
「私と同じね。ここにいた方がいいもの」
「うん。家に帰っても誰もいないし」
「……なら違うわ」
「え?」
そう言うと、彼女はぷいっとそっぽを向いた。その視線は冷たさを増している。
なにかまずいことを言ってしまったらしい――僕は理由を訊こうとした。けど。
『あははははははははは!』
3度目の大爆笑。仏の顔も3度までというけど、僕の顔は2度までだ。大猿に変身して暴れ回るわけじゃないけど――現世さんも同じような考えらしく、表情に苛立ちが見て取れる。理由を訊くのはまた今度にした方が良さそうだ。
「あの、じゃあ」
「ええ……」
僕は現世さんに背を向けて貸出カウンターに向かった。
・
・
「図書室では静かに……あれ?」
僕は目を覚ました。うすぼんやりした視界には白い天井。辺りを見回せば壁も白い。点滴とかの医療器具も見える。壁際には白衣を着た女性。ここは病室みたいだ。
獰猛なポーズをとった鷲――に似た生き物の彫像が飾られているから冒険者ギルドの治療施設だろう。窓から覗く景色から判断して2階。そんなことを考えながら上半身を起こす――
びき!
「痛い!?」
背中が激しく痛む。背中から石壁に叩きつけられたことを思い出した。頭から派手に出血したマイさんのことも。
「あの、マイさんはどこですか!?」
「……そちらに」
白衣を着た女性――お医者さんだろう――はどこか素っ気ない声で答えると、ゴム手袋をした指先で僕の向かいのベッドを指差した。そこには包帯を頭にぐるぐる巻きにされたマイさんが寝かされている。意識はないけど顔色は良い。呼吸もしっかりしている。
僕が安堵のため息をつくと、女性医師がやれやれといった口調で言ってきた。
「マイさんの意識回復にはかなり時間がかかるでしょう。それと……」
2度と目を覚まさない可能性もある――そう言い終えるや否や、彼女はさっさと病室を出て行った。
態度が冷たい。満面の笑みでもちょっと困ってしまうけど。と。
ばたん!
ドアが荒っぽく開け放たれた。埃が舞い上がってしまうことなんか欠片も考慮されていない、どかどかとした足取りで入って来たのは――
「やっと起きたか、ちっこいの!」
「ガイさん……!」
取り巻きを引き連れた外道勇者。ガイさんだ。右手には石化の能力を秘めた必殺の槍が握られている。あんな目に遭わされた今となっては、声を大にして言いたい。
『ネーミングセンス検定10級不合格ですね』
その前に外道勇者の方が先に口を開いた。勝ち誇った表情で。
「マイがああなっちまったのはお前のせいだ!」
「はい!?」
ある程度予想はしていたけど、やっぱりそう来やがりました。
血圧が急上昇していくのを感じる。全身も熱い。目からビームでも出せそうだ。
そうなったらガイさんをバームクーヘンみたいに輪切りにしてやる――そう決意した僕に、人差し指がびしりと突きつけられた。シナモンロールみたいにぐるぐる巻きにしてやりたい。
「お前が倒し損ねたゴヴリンが爆破筒を投げ込んだのさ!」
「はああああああああ!?」
「しかもマイを見捨てて逃げようとした!」
「ちょっと! どのクチでそういうことが言えるんですか!?」
「このクチさ!」
「なら布団針で縫い付けてあげましょうか――痛い!」
僕は立ち上がって反論しようとしたけど背中の激痛でそれはできなかった。立ち上がる代わりに女神の怒りの詠唱を思い浮かべながら続ける。
「あなたが石化した爆発物を仕込んだんですよね!?」
「おおーっと! それはとんでもない言いがかりでがす!」
「その通り! 坊ちゃんが倒し損ねたんですねぇい!」
「はああああああああああああああああああああああ!?」
叫び返しながら次の言葉を探したけど、放棄された砦に監視カメラはないはずだ。ギルドにウソ発見器が設置されてもいないだろう。
(ガイさんたちの虚偽を証明する方法がない……!)
先日の奈落殲滅戦でちやほやされた僕だけど、所詮は新人冒険者だ。
それなりに実績のある“勇者”ガイさんの証言に対抗できるとも思えない。
「冒険者の心得その1はそいつが信頼できること。お前みたいな奴はクビだ!」
「治療施設まで運んでもらえたことに感謝するでがす!」
「クビで済んでラッキーですねぇい!」
「……」
外道勇者とその取り巻きはそう言い放つや否や、踵を返して病室から出て行く――その去り際。
『ざまぁみやがれ』
ガイさんの表情からはそんな言葉がありありと見て取れた。
お疲れさまでした。
すぐに続きが投稿されます。
よろしくお願いします。




