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106話「……怪我はしてませんけど、蜂蜜はしばらく食べたくないなぁと思います」

これこそ勇者に相応しい振る舞いですね回です。

よろしくお願いします。

 翌日。僕たちは怪物討伐に向かっていた。

 使われなくなって久しいであろう街道はそこかしこの敷石が砕け、あるいは嫌がらせのごとく突き出ているから、革のブーツには荷が重い。


 そういうわけで、僕が進む速度は疾風よりもかなり遅い――マイさんはそんな僕の隣を足音すらさせずに歩いている。肩と肩が触れるような至近距離(・・・・)を。


(ガイさんの視界に入っていなくて良かった)


 僕は心の中で小さく嘆息してから少し前を見やった。そこではガイさんたち3人が歩いている。

 昨日の件もあって正直なところ気まずい――そんな視線をツンツンの青髪で感じ取りでもしたのか、ガイさんが振り向いてきた。満面の笑顔だ。


 魔王みたいな顔で睨みつけられると思っていたからギャップで体をびくりとさせてしまった。それはさておき、僕とマイさんの肩と肩がぴたりと触れているのが見えたはずだ。


「そろそろ着く。気を抜くなよ」

「は、はい!」

「ああ」


 ガイさんはそれでも笑みを崩さず、僕の返事に軽く頷いてから前を向いた。マイさんがステルスモードに入っていたわけでもないのに――


(……機嫌がいいのかな?)


 ガイさんから見れば、自分に惚れていた女性をとられた形になる。プライドの高いあの人が華麗にスルーするはずがない。


 誰かと頭をぶつけて人格が入れ替わったのを疑うべき異常事態だ。けど、ガイさんは穏やかな表情で側近――ゲッコさんとユシラさん――と雑談している。人格の入れ替わりや宇宙人にすり替わり(スナッチ)された様子はない。


「傑作だろ?」

「そうでがすね!」

「まったくですねぇい!」


 談笑すら聞こえてくる。上機嫌を通り越して超機嫌(・・・)だ。それは僕にとっても都合がいい。けど。

 その理由がわからないから不気味だ――と。マイさんの腕が僕の左腕に絡みついてきた。さらに強く引き寄せられる――そして。


 ぎゅ!


 密着。僕とマイさんはそう呼ばれる状態だ。二人四脚(・・・・)でも構わない。

 傍から見ればカップルとかアベック、またはリア充(・・・)と呼ばれる関係に見えるだろう。


「周囲を警戒しながら歩かないとね」

「まあ、そうですけど……」


 密着と警戒の公約数はなんだろう?

 そしてこの状態でもっとも警戒すべきなのはガイさんの奇襲だと思う。右手の戦杖を意識しつつ彼の背中を見つめたけど、相変わらずおしゃべりに夢中だ。


 大魔王の形相で睨みつけてくる気配もない。戦闘に長けた人だから、この密着状態を気配で察知してるはずなのに――


「さあ、着いたぞ」

「はい……」


 前方を指差しながら振り向いてきたガイさんはリア充(・・・)な僕とマイさんを直視しても、やっぱり満面の笑みだった。爆発しろと怒鳴りつけてもこない。


 そんな彼の人差し指の先には分厚い鉄門。片方の門扉(もんぴ)が倒れているけど、それでも重厚さは損なわれていない――ここは内戦が激しかった時代に建てられた砦だ。


 今は使われていない上に崩れかけているけど、怪物がマンション代わりに棲み着いても困る。だから僕たちが討伐にきた。そういえば怪物の詳細は知らされていない――


「雑魚ばっかだから二手に分かれてさっさと片付けるぞ」

「え?」


 詳細を知らない状態でそう言われても同意に困る。

 そもそも敵が無限にリスポーンするわけじゃないんだから、まとまって戦った方が安全に違いない。

 時間よりも安全を優先するべきでは? 僕はそれを口に出そうとした――その時。


 ぐい!


「癒希、行くわよ♡」

「え!?」


 僕は砦の西側へと、文字通り引きずられていった。

 その途中にガイさんを見やったけど、()魔王の形相で睨みつけてはこなかった。あまつさえ笑顔で手を振ってくる。


「がんばれよ」

「は、はい! ガイさんも!」


 不気味極まる光景だ。

 彼の背後に群生したラフレシアが見える――思わず頬を引きつらせてしまったけど、なんとか笑顔を維持することができた。


 そしてガイさんは砦の東側へと向かい、ゲッコさんとユシラさんも続く。


(本当になんなんだろう?)


 急に勇者の血が覚醒したのか、宝くじでも当たったのか。彼のご機嫌指数がマッハ(・・・)な理由がわからない。

 困惑する僕を――結構な力で――引きずりながら、マイさんは頬すら赤く染めている。なんとか体勢を立て直し、彼女と並んで歩きながら訊いてみた。


「今日のガイさんって異常気象並みに変じゃありません?」

「気にしないで。あいつの気分は低気圧から高気圧までころっころ変わるから。昔からああなのよ」

「昔から?」

「ええ。本当にもう……」


 マイさんは辟易したように顔を左右に振った。

 数日だけしかガイさんと過ごしていないけど、かなり尖った性格だというのはわかる。彼と幼なじみな上に、何年も同じパーティーにいるマイさんだ。その苦労はお察し(・・・)というやつだろう。僕なら間違いなく胃に穴が開いている。と。


「辟易よ。そろそろ別のパーティーを探そうかしら……」


 深く嘆息した後、マイさんが横目で見つめてきた。

 どことなく色っぽい。オトナ同士のやり取りで使われる流し目というものだ。その熱を帯びた眼差しから、強い感情が伝わってくる。


『私が言いたいこと、わかるわよね?』


 ばっちりわかりますけれど。でも。

 僕はいずれ帰らないといけない――


「あの……!」

「敵よ!」

「え!?」


 言わなくてはならないことを言おうとした時、周囲でいくつもの気配が蠢いた。それは小さいけど鋭く、そして刃のように冷たい。一斉に向かって来る!


「やるわよ!」

「思う存分やりましょう!」


 僕はマイさんに少し遅れて武器を構えた。次の瞬間、崩れかけた壁や倒れた柱の陰から、短剣をもった小さな人影が飛び出してきた。5匹だ。


『ヤッチマエー!』

『ギヒャヒャヒャヒャ!』

「どこか懐かしい方々が!?」


 それはゴヴリンの群れだった。パスタさんの故郷を襲った醜悪な怪物たち。つい先日のことだけど、なぜか懐かしさを感じる――この郷愁を戦杖の薙ぎ払いで表現してみよう!


 ごっ!


お久しぶりデス(・・・・・・・)トラクション・スイング!」

「ゴゲエ!?」

「……あれ?」


 薙ぎ払いは僕に向かってきた3匹に命中し、彼らをあっさりと地面に打ち倒した。

 想定していた反撃。それへの対処法が頭の中でふわふわと虚しく浮いている。


(エロスの森で戦った個体よりも脆い。動きも鈍かった……)


 防具もありあわせの布をまとっただけの紙装甲(・・・)だし、よく見れば短剣も錆び付いている。

 そういえば、あの時のゴヴリンたちには指揮官がいて軍隊のように統制が取れていた。日々の訓練や装備の手入れもしていたに違いない。


 その差がこれ(・・)ということなんだろう――社会性の重要さが理解できた。それはさておき。


「本当に雑魚ばかりね。怪我はない?」

「……怪我はしてませんけど、蜂蜜はしばらく食べたくないなぁと思います」


 マイさんの足元には残りの2匹が仰向けに倒れ伏していた。滅多刺し――蜂の巣状態の無残な姿だ。襲ってきたことを勘案しても、憐憫を込めて御遺体(・・・)と呼ばざるを得ない。


 もしマイさんを怒らせるような真似をしたら――それは一流の暗殺者の顔面にクリームパイを叩きつけるようなものだ。血の海に沈められてしまうに違いない。彼女を絶対に怒らせないようにしよう。


「……もういないわね」

「そうみたいですね」


 僕は――マイさんにぞっ(・・)としつつ――伏兵を探したけど、気配は感じ取れなかった。少なくともこの近辺に脅威は存在しない。


「じゃあ、進みま……」


 戦杖を下ろしてそう言いかけた――瞬間、足元に気配。反射的に視線を向けると、妙な石が転がっていた。

 円筒状の物を何本か束ねたような形で、細長い突起が数センチメートルほど突き出している。それを認識した時、その気配がとんでもない(・・・・・・)ものに変わった。


(縁太君に指を向けられた時みたいな感覚が――!?)


 とっさに身構えると、その石が急速に灰色から鮮やかな赤へと変わっていく。

 まるで石化が解除されたように――それは赤い紙筒が束ねられたものだった。細長い突起は導火線で間違いない。火が点いているから!


 ばちばち……!


「マイさん!」

「なに――きゃっ!?」


 僕はすぐ隣にいたマイさんを全力で地面に押し倒しながら思い切り息を吸い込んだ。埃と土の匂いにむせる余裕もなく、左腕を爆発物(ダイナマイト)に向けて叫ぶ。この現実が嘘か幻でありますようにと祈りながら。


聖なる盾(ライト・シールド)!」


 その願望を圧倒的な轟音(げんじつ)が消し飛ばす――


 ずがん!


「うわあああ!?」

「きゃああああああああああ!?」


 盾は一瞬で破壊されてしまい、間髪入れずに強烈な熱衝撃波が襲ってきた。

 問答無用の浮遊感が背後に向かって加速し、石壁がジェットコースターみたいな速度で迫ってくる。あまりの速度に体が反応しない――できない!


 どごん!


「ぐっ!?」

 僕は背中から石壁に叩きつけられてしまった。

 洒落にならない激痛と鼻腔を貫く火薬臭、そして喉の奥からこみ上げてくる鉄の味。それらに耐えきれず、僕の意識がぐにゃりと歪む。ゆっくりと迫ってくる地面にも対応できなかった。


 べしゃり。

 

 変な音。それを含めて色々と確認したいことがあるけど、僕はうつ伏せに倒れたまま動けない。視線だけをなんとか動かせば、すぐそばにマイさんが倒れているのが見えた。


「マイ……さ……ん……!」

「……」


 彼女は意識がない上に、頭部からひどく出血している。激痛に喘ぐ僕とどっちがましなのか。


(もう奇蹟(チート)禁止とか言ってる場合じゃない……!)


 僕は女神から授かった奇蹟。癒しの輝き(ヒール)を使おうと意識を集中――


 がす!


 集中しようとした時、後頭部に激しい衝撃。

 殴りつけられたのか、踏みつけられたのか――視界と意識が暗転しつつあるから、どちらかはわからない。けど。


『傑作だろ?』


 僕は血の海の底で見下(みくだ)すような視線を感じ取っていた。

お疲れさまでした。

毎週日曜日の19時頃更新(の予定)です。

よろしくお願いします。

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