105話「僕からマイナスイオンとか出てます?」
冒険を終えて帰ってきたら……回です。
よろしくお願いします。
奈落のレムナントを一掃した後、僕たちは冒険者ギルドに戻ってきた。
気分も誇らしげに扉を開け放つ――そこは最初に入った時とは別次元の光景だった。
直立不動の銀色が左右に分かれて受付まで一直線に列をなしている。銀の鎧を着けた戦士たちだ。ギルドナイトとかそういう雰囲気。彼らの後列には冒険者たちが背筋をぴんと伸ばして並んでいる。
そして受付の前にはアリスさんがにこにこしながら立っていて、隣には軍服じみた服を着た中年男性。偉そうな口髭と恰幅の良さ――少し前に討伐した悪徳警備兵長を思い出した。左胸には虹色のバッジ。
(冒険者バッジは金までしかないはずだから、特別な地位に在る人なんだろう)
そんなことを考えながら彼らの2歩手前まで進むと、アリスさんが僕に大きく首を垂れた。最敬礼というやつだ。頭を上げた後、中年男性を紹介してくれた。
「こちらはピコンレオ様」
なにかを閃いたライオン――じゃなくて、このギルドの長らしい。その名前を聞いた途端、マイさんがびくりと体を震わせた。さらにぺこりとお辞儀をする――媚びへつらうタイプじゃない彼女がここまでするということは、ただこのギルドを仕切っていると言うだけじゃなさそうだ。
「……」
ふと後ろを振り返れば、レムナント討伐で一緒に戦った冒険者たちが、慣れない気を付けの姿勢をとっている。ピコンレオさんは単なるギルド長じゃないと確信できた。
それはさておき、ありがたいお言葉がかけられた。
「君が癒希かね! 話は見届け役の者から聞いているよ!」
「……」
僕のひねくれメンタルを通して翻訳すると、君たちを監視していたになる。
奈落は国を脅かす脅威だから、それに関する任務を監視するのは納得できるけど不穏な感じだ――そんなことを考えている間もピコンレオさんは続けた。
『不死身のレムナントを撃破。君という存在はまさに奇蹟。今後とも、くれぐれも、ぜひよろしく』
要約するとこんな感じだ。
僕がこちらこそと頭を下げると、ピコンレオさんは満足そうにうなずき、それからにっこりと微笑んだ。諸手を挙げて高らかに声を張り上げる。
「これより癒希の凱旋を祝って宴を開く! 代金はギルドがもつから朝まで盛大に飲んでくれ! 勇者癒希に祝福あれ!」
『祝福あれ!』
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』
それに剣を両手で天井へと突き上げたギルドナイトたちが続き、彼らに触発されたらしい冒険者のみんなが大歓声でさらに続いた。その光景は壮観の一言だ。
これがすべて僕のために行われたと考えると――頭痛がする。
(……これですべての冒険者が僕を知っただろう。いずれは噂として町中の人が知ることになる)
町を出ようとしたら、誰かがギルド長に密告するかもしれない。
(僕をこの町から逃がさないための式典かな……?)
純粋に歓迎してくれた可能性もあるけど、僕のひねくれメンタルはそう受け取っていない――受付奥の階段に去っていくピコンレオさん。僕は彼の背中を半眼で見つめた。
『奈落をピクニックさえできる安全地帯に変えることができるのは僕だけ』
このギルドは最終兵器並みのカードを手に入れたってことだ。
その威力は絶大にして唯一無二。他のギルドや、場合によっては行政さえ逆らえなくなるだろう――もちろん、彼らが頭を下げたままとは思えないから、大人同士の殴り合いも予想される。その中心にいるのは僕。
人間の敵は人間――この言葉の意味を思う存分に味わわせてくれるに違いない。
『権謀術数の世界にようこそ♡』
ゲス女神の声でそんな言葉さえ聞こえてくる。はっきり言って面倒くさい。と。
ぎゅうぎゅうぎゅう……!
「君がいればこの町を平和にできる! ずーっとよろしくね!」
「えっと……」
マイさんが僕に振り向くや否や、抱きついてきた。
町に平和をというのは彼女の純粋な想いから来るものなんだろう。でも。
(いずれティアラ神国に戻らなくちゃならないから……)
僕は周りに気付かれないように小さく嘆息すると、出口へと行進していくギルドナイトたちを見やった。一糸乱れぬ足並みと、兜から覗く鋭い眼光。彼らもただの戦士じゃない。精鋭だ。そんな彼らに追われながらの帰国の途はとってもエキサイティングだろう。迂闊に撃退しようものなら、外交問題に発展しかねない。
『マイ! ちゃんと捕まえとけよ!』
「もちろんよ! 宝箱にしまっておくから!」
僕の不安なんてどこ吹く風と、茶化してくる冒険者のみんな。それに対して、まんざらでもない様子で返すマイさん――オリアナさんが僕を見守ってくれていたらと思うと、ぞっとする。
それはさておき、ギルドナイトと入れ替わりで入って来たお姉さんたちが、テーブルというテーブルにお酒や料理をどんどん並べていく。象の群れでもやってくるのかという量だ。
みんなは一斉にそちらへと向かい――盛大な宴とやらが始まった。そして。
『その酒はもらったあああああああああ!』
『なんだとおおおおお!? ならその料理をよこせえええええい!』
「……」
それは、あっという間に大騒ぎという名の混沌と化した。
ジョッキや皿が宙を舞い、フォークが壁に突き刺さる――ほどではないけど、ひたすらに賑やかだ。そんな中、僕は片隅のテーブルでマイさんに肩を抱かれている。彼女はお酒をぐいっと煽り、頬の桜色をさらに濃くした。かなりハイになっている御様子だ。
飲酒できない年齢の僕は適当なジュースを飲みながら、彼女に隠れるように身を縮めた。
(こういうのは苦手だ)
良く言えば控えめ、良くなく言うと冷めている。僕はそういうタイプだ。
あまり知らない人たちに混じってどんちゃん騒ぎなんて、無理を4つ続けた後にすなけむり、または、かたつむりがつく。
(こういうことに慣れるための修行なのかな……?)
いくら考えても大司祭様の真意はわからない――僕はみんなにわからないように嘆息した。
それから辺りを見回せば、やっぱり大人たちが子供のように大はしゃぎしている。無料で食べ放題だからというだけではなさそうだ。終わりのない戦いに、終わりの目処が立ったことを喜んでいるような――
(みんなの役に立てたってことかな……?)
そう考えると、ちょっと頬が緩む。と。
「癒希いいいいい……!」
「……大丈夫ですか?」
酩酊状態のマイさんが、むぎゅー! と抱きしめてきた。頬と頬がぴたりと触れるほどに強く。
そこにオトナの匂いとアルコールの香りが足されて、感触は妙に妖しい。ろれつも怪しい声で言ってくる。
「君は抱き心地もサイコーらねぇ♡」
「……それよく言われるんですけど、僕からマイナスイオンとか出てます?」
「うん♡ 出てる♡ 出てる♡ 感じる♡」
そう言うと、頬をぐりぐりと押し付けてくる――とりあえず彼女がめちゃくちゃ酔っているということがわかった。そしてマイナスイオンの意味はわかってなさそうだ。周りの大人たちも酩酊の度合いを増している。
『その酒は俺んだあああああああああああ!』
『またテメエか!? いい加減にしろよおおおおおお!?』
『ぐは!? こんの野郎おおおおおおおおお!』
そして騒乱と乱闘と闘争が、宴をやかましいまでに盛り上げた。僕はそんな中をきょときょとと見回したけど、ガイさんはどこにも見当たらない。
(あの人に今日のフォローをしておきたいんだけど……)
泥酔してご機嫌に裸踊りでもしている姿を期待して改めて見回したけど、やっぱりどこにもいない――
ぐき!
「痛すぎるっ!?」
「よそ見しちゃイヤ♡」
僕は顔を正面に向けられて悲鳴を上げた。
お疲れさまでした。
毎週日曜日の19時頃更新(の予定)です。
よろしくお願いします。




