21話
「先輩は何で今の会社に入ろうと思ったんですか?」
食器を片付けながら質問をした。
「別に。やりたいこともなかったし、今の会社に入っただけだ。そこでウェブエンジニアとして入った」
「エンジニア?? デザイナーじゃなくて?」
「俺はもともとエンジニアだ。今はデザインの方が足りてない状況だから、今年はそっちの部署に移されただけだ」
「なんか先輩、マルチスキル過ぎません?」
「見直したか?」
「まぁ……」
洗い物をしていた真木が、手に着いた水滴をピッとほのかの顔に向かってに飛ばす。
「“まぁ”じゃなくて、先輩を崇め奉れよ」
「何するんですか!? いっつも思いますけど、カッコつけてる割にめちゃくちゃ子供っぽいですよね!」
洗い物をしていると、窓の外で空を割りそうなほど大きな雷がひとつ響いたかと思ったら、電気がふっと消えた。
「あー。遂に停電しましたね」
「マズいな。このままだと明日は仕事無理かもな」
寝室や押し入れにしまい込んであったキャンドルをいくつか取り出してきて並べると、そこに火を灯した。
時刻は20時をまわったところ。寝るにはまだ早い。
何もすることがないふたりは、ソファーに座りながらキャンドルの火を頼りに残りのワインを飲む。二人掛けのソファーに膝を折りたたんで座るほのかの傍に、真木が背もたれに肘を付きながら向かい合っていた。キャンドルの火というものは人の心を落ち着かせるだけでなく、素直にしたり、時にはロマンチックな気分にさせてくれるから不思議だ。
「前に失恋したって話ししたじゃないですか。あれから幸也と話す機会があって、そう言ったイロコイの話もしたんです」
真木は黙ってグラスを傾ける。
「そしたら、彼ってば今好きな人がいて、その人と付き合いたいなって思ってるって話しを聞きました」
「それで?」
ほのかも口を湿らせるようにワインを一口含んだ。
「それを聞いてショックを受けると思ったんです。でも、何とも思わなかった……というか、素直に頑張れって思いました。これが吹っ切れるってことなのかなって思ったんです」
「そっか。よかったな」
真木の手がほのかの頭をぽんぽんと撫でる。そして艶やかな髪をなぞり、彼女の頬にそっと手が触れる。やがて彼の親指はふっくらとしたほのかの唇に触れた。
「お前って案外タラコだな」
「……ポジティブに受け止めます」
唇に触れていた真木の指が放され、代わりに額をこつんと小突いた。
―—びっくりした! ちゅーされるかと思った!
そう思った時、少し期待している自分がいたことに気が付いた。




