20話
「お邪魔します」
「自力で入ってきたのは初めてだな」
恐らくからかっただけの真木の言葉が冗談では受け止めきれず、ほのかは顔から火が吹きそうな程赤面してしまった。顔が火照って、たまらず真木から目線を逸らす。
「悪い……」
「いえ、本当のことですし」
先ほどまでの軽口は叩けず、気まずさから逃れるようにほのかにシャワーを浴びるように勧めた。彼女もそれに応じて、脱衣所でまとわりついている服を剥ぎ取る。
「そこらへんにあるのは何でも勝手に使って」
そう言われたほのかは礼を言った後、メイクを落としをコンビニで買い忘れたのを思い出して、戸棚を開けさせてもらった。開けてすぐに、女という生き物はなんて目ざといんだろう。と己の性を少し恨んだ。
前回借りた時よりも、化粧品量が明らかに減っている。
―—誰か泊めたんだ……。
そう思った瞬間、胸がズキズキ痛んで息苦しくなった。シャワーを浴びながら少しもやもやとした気持ちが込みあがってきたが、頭をふるふると振って、一蹴する。
「脱衣所に着替え、置いとくから」
シャワーの音に紛れて真木の声が扉の向こう側からした。扉はかすり窓にはなっているが、それでも見えているのではないかと思い、身体を縮めて何となく隠してみる。
「あ、ありがとうございます」
——ラッキースケベな展開になりませんように!
心の中でそう祈りながら、出る前に少しだけ冷たいシャワーを浴びることにした。
用意されていたスウェットは新品の黒いTシャツと、スポーツ用のショートパンツだった。どちらもほのかにはぶかっとしていた。
ひとつ問題があるとしたら、パンツの替えはコンビニで買ったがブラジャーは買えなかったことだ。でも水が滴る下着を付けたくはない。
ほのかは悩んだ末、ブラジャーが乾くまで諦めることにした。
服を着た後に鏡に向かうと、備え付けの化粧品は使わずに、コンビニで買った使い切りの物を手に取った。
「先輩、シャワーありがとうございました」
「おう。ココア入れといたから、身体温めとけよ。風邪ひかれたら仕事が進まん」
「はーい。頂きます」
ココア入ったマグカップを見ると、ミルクたっぷりで、ちょうど飲みやすい温度になっていた。前に猫舌だと言ったことを覚えていてくれたようだ。
間もなくして真木が出てくると、テレビでニュースを点けて天気予報と確認する。どうやらかなりゆっくり進行しているようで、このままだと関東地方は明日の昼頃まで暴風域から抜けないようだ。
ほのかがボリュームを上げるためにリモコンを取った時に、少し真木の肌に触れた。それは驚くほどひんやりしていた。
「水風呂にでも入ったんですか? 何でこんなに冷たいの?」
ほのかは触れた部分をぱっと振りほどき、「いつも浴びるから」と言った。
ふたりは停電を懸念して急いで夕食を摂ることにした。冷蔵庫に入っていた材料でさっとパスタサラダを作り、コンビニで買ったビーフシチューを皿に盛りかえる。あり合わせの物だが、それなりに見えた。
「ワイン? ビール?」
「じゃぁ、ワインいただいてもいいですか?」
脚のないワイングラスに冷えた赤ワインが注がれた。何だかいちいち洒落て見える。
「へぇ、赤ワインを冷やして飲むんですね」
「夏場はな」
ひんやりとしたそれは口当たりがよく、思った以上においしかった。
——いつも服装とかは適当なのに、こういうところオサレなんだ……。そのうちポエムとかも書きそうだな。
「わーい。じゃぁ、いただきます」
「いただきます」
いつも食べているコンビニのシチューが高級な味に思えたのは、この特別な食卓のお陰だろうと思った。




