19話
毎日が急ぎ足で流れていき、7月も下旬に差し掛かる。
時刻は18時になろうとしていて、窓の外は激しい雨風が吹いている。ほのかはそれを見て少し焦りながら退勤の準備を始めた。先週から天気予報で、今日あたり季節外れの台風が来ると言われていたので、殆どの社員は15時に終わるように出勤していた。
午前中に用事があったほのかは一歩で遅れて、こんな時間まで会社に残る羽目になってしまっている。
「先輩、今日は早く帰った方がいいですよ? 私は18時で上がりますね」
残業していた真木にそう言って帰り支度を済ませた。
「俺ももう帰るよ。かなり雨が降ってるようだし」
ふたり同時に玄関口から出ると、風はそこら中を暴れまわり、重力を無視した横なぶりの雨があらゆるところを打ち付けていた。
これでは傘はまともに機能しなさそうだ。
濡れながら15分もかけて駅まで歩いていかなければならい。パンツまでびしょびしょは予め覚悟しておくことにする。
念のためキッチンから持ってきたビニール袋に鞄を入れて、「よし!」と気合を入れた。幸い今日はスニーカーなので、駅までぐらいなら速足でいけそうだ。
ふたりは雨に打ち付けられながら駅を目指して走った。
「うそ……マジで!?」
駅に着くと電光掲示板には地上線は全線運行見合わせになっていて、駅では多くの人でごった返していた。地下鉄は動いているものの、ほのかの家へは地下鉄だけでは帰れない。
タクシー乗り場に目をやると、ラッシュ時間も相まってとんでもなく長い列になっている。
「何時になるか分かりませんが、気長に待ちます」
「たわけが。置いて帰れるわけないだろ」
「先輩こそ雨で濡れてるのに早く帰った方がいいですよ」
「……だからうちに来たらいいだろ? 地下まで止まったらシャレにならんから急げ」
あまりにもカジュアルに言われたので「え?」と聞き返す。「大丈夫です」とも言おうとしたが、今しがた海から上がってきたように濡れているふたりは一刻も早く乾かさなければならなかった。
「じゃぁ……お邪魔します」
地上線が動かないので乗客は地下鉄の方へと流れ、車内へ乗り込むのがやっとで、すし詰め状態になっていた。こんな状況ではつり革すら持てない。
「俺に掴まっとけ」
そう言って真木がほのかの腕をぐいっと引っ張ると、自分の背中にその細い腕を回させた。その彼も右手でつり革を固定してある金属部を掴み、反対の手はほのかの背中を引き寄せている。
――マズいよ! これじゃぁ意識しちゃうから!
「悪いな。次の駅だから」
耳元で真木がそう囁くと、なぜかゾクッと痺れが走る。
――またこの感覚。
くすぶる刺激を秘めながら、あっという間に電車は駅に到着した。
駅から再び雨の中を歩くことになったが、もはや今更濡れないようにしたって仕方がない。最寄りのコンビニで食べるものや、下着の替えを購入してから真木のマンションへ向かった。
「こんな天気の中コンビニは相も変わらず営業してくれてるなんて、感謝ですよね。私の生活はコンビニとは切り離せないものになってますし」
「お前、コンビニが無くなったら死ぬタイプだな」
「否定はしません」
いつもの調子で話しをしながら部屋へと入った。玄関先でタオルを渡され、水滴をはらう。そして水を吸って重くなった靴を脱ぎ去り、室内へと案内された。




