101話
「今日は夜から会社の忘年会だけど、私は昼すぎから別件を済ませてから直接会場に行きます」
久しぶりに晴れたので、大掃除をしながらほのかが真木に話しかけた。
晴れたと言っても真冬の空は寒く、外で窓ふきをしていた彼はかじかんだ手を温めるためにも、一度中に入ってきて事の詳細を聞いた。
「それはいいけど、どっか行くの?」
「うん、ちょっとね」
歯切れの悪い言い方が少し気になるが、プライベートな時間は彼女のものだ。根掘り葉掘り聞くようなことはせずに「まぁ、気を付けて」とだけ言っておいた。それにほのかのことは信用している。
朝早くから始めた掃除は昼頃にようやく終わった。
玄関に置いてあった小さなクリスマスツリーを、同じ大きさの門松に交換すれば完成だ。
昼食にホットサンドイッチを食べてから、紅茶を淹れて暫しの休息を取る。クリスマスのために作ったパブロバケーキの残りを食べながら、それを嬉しそうに食べるほのかを見た。
「今日あんまり羽目を外して飲みすぎるなよ」
「ダイジョウブ、ダイジョウブ。ていうか、悠介も飲みすぎないでね。夏にみんなで行った旅行ではしっかり二日酔いになってたんだから」
そう言えばそうだったなと記憶を辿る。
ケーキを食べ終わって暫くすると、空はゆっくりと昼下がりの景色になった。先にどこかで待ち合わせと言っていたほのかが素早く着替えてくると、「それではいってきます。後ほど会場で」と手を振った。
ネイビーのアンサンブルに、普段仕事で履いているチェックのスキニーパンツというビジネスライクな姿で出ていく。
――仕事の打ち合わせでも行くのか? でもだったら何か相談するだろうし……。
ほのかが出ていったドアはパタンと音を立てて閉まり、部屋の中はしんと静まり返った。
ひとりでは特にすることもないので、早目に会場の近くに移動した。その時に中川に連絡が来てひとりだという状況を伝えると、彼も近くにいるから1杯だけどこかで飲んでから行かないか、と誘われた。
待ち合せたのは会社近くのジャズバーだった。
久しぶりに足を運んだが、店内は相変わらずで、質のいいスピーカーから軽快なジャズが流れてくる。カウンター席に座って待っていると、5分もしない間に中川もやって来て真木の肩をたたいた。
「今日は山崎さんと一緒じゃないんだな。彼女どうしたの?」
「何か別の用があるって言ってたから」
「仕事でトラブルでもあったのかと思った。来る途中の駅前の喫茶店でスーツ来た男の人と話してるの見たからさ」
中川から得た新情報で「え? どこの駅?」と食い気味に訊く。その情報によると、中川の家から近い場所だが、自宅からは結構な距離がある。そんな場所に何をしに行ってるんだろうと気になった。
気にはなるが、変に詮索をするのも何だか嫌だと思う。
カウンターから差し出されたショートグラスのウォッカソーダを口に含んで、一緒に流れ込んできた氷の欠片をガリっとかみ砕いた。
「まぁ、そんな男女の何某っていう雰囲気じゃなくて、本当に仕事の話をしてるような佇まいだったから気にすんなって。仲良くて結構なことです」
「仕事に関する事だったら余計に俺に相談してほしいところだけど……」
何だかしこりのようなものがつかえているような気がしたが、ここでぐるぐる考えても仕方ないので、その話はそこまでにすることにした。
「そろそろ行くか」
時計を見た真木が荷物を手に持って立とうとすると、「悠介の分は俺が払うよ。誘ったのこっちだし」と、制した。
「まじか。裕樹が出してくれんならもっと高いのにすれば良かった」
「てめ」
「うそうそ。ありがとう」
冗談を言いながらみんなが集まる場所に異動すると、もう既にたくさんの人が入っていた。その中にはほのかもいて、いつも通り同期の仲間同士で雑談をしている。その様子から別段変わったところもなく、自身の心配が杞憂であったと思った。




