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公爵令嬢参る!  作者: まちせん
第一章 王立学園の毒
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生徒会室

「生徒会室に行きたくないな」


シェパードがぽつりと零したのは、二日ぶりに登校したその日の放課後だった。


「毒から覚める前まではあんなにも心待ちにしていたというのに…」


朝にハイドから指摘された『纏う空気が違う』という点が気がかりなようだ。

「はあ…」

出るのはため息ばかり。


実は昼休憩の折、こっそりとベリーの顔を見に彼女のクラスに行ったのだが、……そこで既に自分は今までの自分とはまるで違うモノになってしまったと痛感してしまったのだ。


シェパードは昼間の出来事を思い出す。


昼、彼女の元には、2年生の棟からわざわざ会いに来た王太子とテュクル王子が既にいて、三流のメロドラマを展開していた。


「ベリー嬢。食堂まで僕がエスコートするよ。さ、手を貸して?」

「今日こそは俺がベリーをエスコートする!邪魔をしないでくれるかな、アクリ殿」

「はわわわ!も~っ二人とも!アクリもテュクルも喧嘩しちゃ、メっ!ですよ。仲良くしないと作ってきたケーキ、あげないんだから~!」


頭痛い。

(先日まであの中に自分がいたのだと想像するだけで吐き気がする……)


クラスメイト達の殆どは生暖かく見守っており、毒気に充てられていない数名の者たちは顔をしかめながら教室から出て行く。

自国の王太子の阿呆な姿なんて見たくないのだろう。


改めてシェパードはベリーの姿を見つめる。

腰まで伸ばした亜麻色の髪、大きめの鳶色の瞳。体型は特筆すべきところはない、ごく普通の少女だ。

花にたとえるならば、道端のスミレ。

王太子殿下や他国の王子を呼び捨てにする、無礼な少女。

ケーキを手掴みで食べ、クリームがべちゃべちゃについた指を上目遣いで舐める、育ちの悪い少女。


何処が好きだったのか、さっぱりわからない。



殿下たちは少女のクリームまみれの指を自分が綺麗にするだの、なんだのと言い合っている。

おぞましい。しかし先日まであの中に自分も居たという事実。



シェパードは無言でその場を立ち去り、自分の教室も通りすぎ、階段を上がり、屋上に出た。


「ああああーー!!この記憶消してくれええ!!」


どうせなら、あの女といちゃついていた記憶ごと浄化してくれたら良かったのに!!



傷心旅行をしたい気分で教室に戻り、午後の授業を無難に受け、そして今に至る。


正直、ベリーを愛している空気を出す自信がない。というより、嫌悪感が勝る。



生徒もまばらな放課後の教室で一人頭を抱えていると「シェパード!」と溌剌とした声が掛けられた。

ああ…今もっとも聞きたくない声。


「生徒会室に行こ~?」


毒女来ちゃった。


「わ…わざわざ迎えに来ていただけるなんて、光栄ですね」

「だって、シェパードったら二日もお家に戻っててずっと会えなかったのに、お昼にも私のところに来てくれなかったでしょ?だから、心配しちゃって!」


シェパードは痛みを発する頭を抱え、今までの自分ならどう返答するかと考える。

しかし、サモエドの顔しか浮かんでこない。『助けてサモエド』という意味で。



と、そこに


「ああ、バラク殿。すみませんが生徒会室に行く前に資料を揃えたいので、手伝ってくれませんか?」

「ベリー嬢、代わりに俺が生徒会室までエスコートしましょう」


教室に救世主たちの声が響いた。

ハイドとマニージャ辺境伯爵嫡男、リンベル・マニージャだ。


ハイドがシェパードに助け舟を出そうと、リンベルを引っ張ってきてくれたのだ。

リンベルは王太子と同様にベリーに惚れこんでいるので、強引にベリーを連れて行ってくれるだろうと見込んでの事なのだろう。


ハイドの思惑通り、あっさりとリンベルはベリーの手を取り、こちらを振り向きもせずにさっさと教室を出て行ってしまった。



「すみません。助かりました」

「私としても、折角バラク殿が更生したのに、元の木阿弥にしたくなかったので」


それに資料を揃えたいのは本当の事ですから、とハイドは数枚の書類をシェパードに見せる。


「生徒会支部の場所案です。教員に提案したところ、いくつか空き教室を紹介していただきました。生徒会長の殿下から支部を作る許可を頂ければ、今日からすぐに使えます」


ベリーに悪い虫が付かないようにした方が良いだのなんだの言えば、今の王太子なら簡単に許可を出すだろう。


「今日の所は伏魔殿…いえ、失敬。生徒会室にいかねばなりませんが、それからは新人教育を口実に貴方は支部に行き、そこで仕事をすれば良いと思いますよ」



***



少し時間を置き、シェパード達が生徒会室に行くと、そこでは生徒会の日常風景が広がっていた。


生徒会室には窓辺に生徒会長用の席があり、少し離れた中央に他の役員たちの仕事用の立派な長机がある。この長机に向き合って座れば、6人はカバーできるだろう。

そして、生徒会室の隅にはソファセットが置いてあり、いつでも休憩ができるようになっている。

コネクティングドアの向こうにはトイレや給湯室も完備されている。


その生徒会室での日常とは、生徒会長の椅子に王太子がどっかりと座り、その膝にベリーが座り、王太子の胸にしなだれかかり。

生徒会長の机には行儀悪くテュクル王子が座り、ベリーの髪の毛を手に掬い口付けをしていて。

他の生徒会メンバー達は生徒会長席の傍に椅子を引っ張ってきて、そこに座り、ベリーと会話を楽しんでいた。

長机で真面目に仕事をしているのは庶務のヘリム・クルックだけである。ヘリムは敬虔なアトマ信徒だ。


ちなみに毒に侵されていた頃のシェパードは、ベリー嬢と会話を楽しみたいと思いつつも、国王陛下の片腕の父を見習って、副会長という立場で生徒会長の殿下をサポートしようと、真面目に生徒会の仕事をこなしていた。彼は生来の真面目男なのだ。

ハイドが『ベリー嬢と距離を置きたい』というシェパードの言葉をすぐに信じたのはそのおかげなのだが、シェパード自身は知らない。



「アクリ殿下」


ハイドが温和な表情で話しかける。


「どうした?ハイド。何かあるなら副会長のシェパードに話してくれ。彼に全権を委ねている」

「バラク殿には既に話を通しております。実は、生徒会支部を作りたいのです」

「支部?」

ちらりとアクリはシェパードに目線を遣ると、シェパードは一礼して説明を始めた。


「新たに生徒会支部を作り、生徒会に新しく入ってくる一年生達の指導をしようと思っております」

ベリーが「あら?」と声を上げた。

「ここですれば良いじゃない。広いんだもん。ふふっ賑やかで楽しそうだと思わない?アクリもそう思うでしょ~?」

まさかベリーが意見してくるとは思っていなかったシェパードだが、「ベリー嬢」と出来るだけ優しい声を出して続ける。

「貴女を巡るライバルを増やしたくないという、男心をご理解ください」

「はわわわっ、何言ってるのシェパードったら!こんなにごく普通の女の子な私をからかって、酷いわ!もーっ」


「そうだな、シェパードの言う通りだ」

「アクリまで!私、勘違いしちゃうよ?」

「俺は本当にベリー嬢の事を愛してるよ?」

「はわわわ、はわわわわ~!テュクルまで~~!」


あっはっは、と毒に侵された者達の茶番劇は続く。

うすら寒いものだ。

毒から覚めたら、殿下達もこのやり取りが黒歴史になるのだろうな、と思うと気の毒になってくる。


わざとらしくシェパードが咳をして茶番を終わらすと、ご機嫌のアクリはサラサラと書類にサインをした。

「後は頼んだぞ、シェパード、ハイド。僕はお前達を信頼している」

「わ~!王太子様の信頼!素敵ね、頑張ってね二人とも~」


アクリとベリーの言葉を、シェパード達は笑顔で応えたのだった。



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