信徒
「自分や学園の生徒の一部が病に侵されている……」
テュクルは両手で頭を抑えた。
病?
病かどうかはわからないが自分を襲う、意味もなくベリーを愛おしく感じる、この不快感のことか?
自分のように学園でおかしな行動を取る集団、それはアクリ達…ベリーの周辺に居る貴公子達だ。
そして、王太子らがおかしな言動をしているのに、それを咎めないアーズ国王……つまりアクリが正常ではない事を知っており、その原因を知っている証。
あれだけのサモエドとファルトの言葉で、テュクルはここまで考えが及ぶ。
そして、導かれる答えは
「これは、ベリー嬢の仕業か何かか?いや…人間が病を作りだせるものか?……もしや、何かしらの薬?媚薬のような…」
サモエドとファルトは息を呑んだ。
「そこまで…理解されましたか」
「そうか……」
「申し訳ありません、王子。王子が被害にあったとなると国家間で問題になってしまいますので、今までお伝えする事が出来なかったのです」
「いや…そうだな…」
テュクルはまだ痛む頭から手を放して、大きくため息をついた。
「安心した」
「王子?」
サモエドは『安心した』という王子の言葉の真意を訊ねる。
「いや、な。怖かったんだ。自分が何故こんなにもベリー嬢に執着するのかが。……原因を知れて、安心した。そうか…春頃、急にシェパード殿の態度が変わったのは、対策を講じられたためか」
「一朝一夕で治るものではなく長期にわたる治療の結果が兄です。現在学園でもその対策を行っているのですが、我が国の王太子の醜聞を広げるわけにはいかないので、秘密裏に行わなければならず…」
「お前に…いや、君に謝られる謂れはない。その地道な対策が実り、媚薬の効果が薄まってきたからこそ、俺は自我を取り戻せたのだと思う」
「今……ベリー嬢に苦言を呈する我らに反発はありますか?」
ファルトはサモエドを庇ったままの姿だ。
その姿に苦笑すると「ああ」とテュクルは正直に答えた。
「君達を害そうとする気持ちはあるが、それを止めるくらいには俺の自我は回復している。しかし…うん、そうだなあ…」
テュクルは自分の感情を冷静に分析する。
「この媚薬は厄介だな。ベリー嬢の名誉を守れと訴えかけてくる。ベリー嬢こそが至高で、ベリー嬢こそが神だと」
「まるで宗教ね……」
サモエドが囁くと、テュクルも同意する。
「信徒たちは自分の信じる神を守る為には何でもするからな。本当に恐ろしい。強制的に俺達はベリー嬢の信徒にされていたんだ」
ファルトは思案し「テュクル王子は……」と戸惑いがちに口を開く。だが、すぐに首を振った。
「いいえ、まだ媚薬が完全に抜けきっていない今、訊くことではありませんでした」
「……ああ、ベリー嬢の事なら、媚薬が抜け切ってからにしてくれ…っく……」
「大丈夫ですか?頭が痛いのでしたら、お部屋でお休み下さい。ハーブティーも用意させますので」
テュクルは返事を返す余裕もなく、よろよろと立ち上がると、与えられた部屋へと戻っていった。
部屋に戻ると、アーズ国の者が着る服とは異なるデザインの衣装を着た青年がテュクルを出迎える。
「大丈夫ですか、王子」
テュクルを心配そうに気遣う青年は、テュクルが留学する際に自国から連れてきた使用人だった。
当初は数十人の使用人たちを供にしてアーズ国へ来たのだが、テュクルはすぐに彼らをキュマ国へ戻してしまっていた。
戻した理由は、使用人たちがベリーに対して苦言を呈したからであった。
『あの御令嬢はあまりに分別に欠けている』
『付き合いをお止め下さい』
などと初期の段階から、彼らは自分を止めようとしてくれていたのだ、とテュクルは顔を顰める。
身の回りの世話をする者が居ないと困るので、唯一残したこの青年には、自分の行動に意見を言うことなかれと命令し、残したのだ。
彼を一瞥した後、すぐにベッドに突っ伏す。
そして苦しそうに胸辺りを掻きむしる。
「ベリー嬢……!!」
未だ、胸にはベリーに対する狂おしい程の愛情が渦巻いている。
好きで好きで仕方がない。だが、それと同等に気持ちが悪くて仕方ない。
先程ファルト達には媚薬のようなものだろうと言ったが、これはそんな生温いものではないと直感する。
「そうだ、手紙を……書かなければ」
幸いまだアクリ達はこの国に居る。今の内に自国の父王に手紙を書き、ベリーの恐ろしさを忠告しておかなければならない。うっかり歓待してしまったら、自国の民たちまでこの得体の知れない何かに侵されてしまうかもしれないからだ。
頭痛と吐き気という最悪の体調の中、テュクルはベッドから降りて机に向かう。
文字の美しさや整然とした文章などに気を使う余裕はない。
ミミズのような、うねった字で何とかアクリと彼女が連れているベリーの脅威を記し、封蝋をする。
「出来るだけ、早い便で頼む」
「畏まりました」
自分の使用人に手紙を渡すと、彼は恭しくそれを受け取り、退出していった。
一人になった部屋で、テュクルは愚痴る。
「何と不甲斐無いことか」
再びベッドに突っ伏すと、ハーブティーが用意される少しの間、頭痛を堪える為に目を固く瞑った。
***
「えええ~?テュクルとまだ連絡が取れないのお?」
王宮の、アクリの居室では、ベリーとその信奉者たちが屯していた。
リアやフィン達はソファに座っているが、ベリーはアクリのベッドに遠慮なく腰かけ、クッションを抱きしめて口を尖らせている。
ベッドの傍に椅子を引き、それに座ったアクリはベリーの髪の毛を掬い、口付ける。
「すまない、ベリー嬢。どうやらバラクの邸宅に居る事はわかっているんだが……」
「えええ?だだだだだだ、大丈夫なの?悪役令嬢の家なんか危険いっぱいだよ?拉致監禁?助けに行かなきゃ!」
アクリは首を振る。
「駄目なんだ。父上のお達しが出ていて、僕たちはあの屋敷に近づけもしない」
「何でえ??何とかならないの!みんな!大事なお友達の危機だよ?」
皆、顔を見合わせる。
「勿論、何とかしたいのは山々だよ。でもね、アクリ殿下の威光もあの家には届かない。国王陛下が『アクリ殿下が来ても屋敷に入れるな』とバラクに言ったみたいでね」
実は彼らは既に国王陛下のお達しが出ているにも拘らず、バラク邸に襲撃に行った。しかし、勿論門前払い。こちらがアクリを盾にして力尽くで行こうとすれば、国王陛下の近衛兵たちが立ちはだかる始末。
「そんなあ……」
「ごめんね…」
リアはベリーの思う通りにしてあげられない事が、何よりも辛そうだった。
場の空気が重くなったのを感じ取ったベリーは、決心したように立ち上がる。
「よし!じゃあ、テュクルのお父さんに助けを求めようよ!!」
女神の言葉を聞いた信徒たちは、目に光を取り戻す。
「流石ベリー嬢だ!考えもしなかった」
アクリは手放しにベリーを褒める。
「そうだよね、自国の王子が監禁されているんだ…キュマ国の国王陛下が黙っているわけないよ。アーズ国王が駄目なら、キュマ国王に反逆バラクを仕置きをして貰おう!」
リアも賛成する。
フィンも、ノーマンも、リンベルも頷き合う。
「よーっし!!キュマ国へ行こう、みんな!!それで、テュクルのお父さんに助力を仰ごう!!」
ベリーの扇動に、信徒達は「おおおお!」と声を揃えた。
仮に、真実バラク家がテュクルを監禁しているのなら、これは国際問題だ。
それを堂々と公にする危険性すら、彼らは気づかない。
下手をすれば、戦争に発展するであろうに。
そうでなくとも、アーズ国は大打撃を受けるだろうに。
深い事は全く考えず、彼らは行動を開始するのであった。
*
「も~っ!何なの?!」
アクリ達が準備をする為に居室から出て、一人残されたベリーはクッションを床に叩きつける。
「この前からバグ多すぎない?!」
『この前』とは第二王子の誕生日パーティーを指している。
「そもそも、まだ第一部じゃん。続編から出てくる悪役令嬢はすっこんでろっつーの!!」
彼女は埃が立つのも気にせず、クッションをダンダンと踏みつける。
「くっそー…、もしかして私が続編の攻略相手のファルトに手を出したからかなあ?」
「面倒くさいなあ!」とガシガシと頭を掻く。
「まあ、良いや。このキュマ国に行くイベントは続編の第二部のイベントであったし。まあ、あれは第三王子がテュクルを監禁したから、キュマのお父さんに助けを求めに行くんだったけど」
おかしな点は少しづつあるが、ゲームにあるイベントはきちんと発生しているので、物語通り行っているとベリーは信じている。
「ふっふっふー!ゲームのシナリオにいる間は、ヒロインの私は無敵なのよ!首を洗って待ってなさい、悪役令嬢!!」
もしここに妹のアップルがいれば「お姉ちゃんは第一部のヒロインであって、第二部のヒロインじゃないじゃん」というツッコみがあっただろう。
が、あったところでベリーは気にしないだろうが。




