クレトラ姉妹!?
雨期が終わり、新調したエンジ色のドレスがバラク家に届いた日のこと。
サモエドはシエルを呼び戻し、街へ行く準備をしていた。
目的はクレトラ家…ではなくファルトへの誕生日プレゼントを探しに行くことだ。
クレトラ家の外堀を調べていたシエルは、その過程で御者やら商人やらに成りすましていたので、最近の街での流行りにも敏感になっており、アドバイザーとしては好都合だろうとサモエドは考えたのだ。
ドライフラワーが飾りつけられた白い帽子を被り、サモエドが馬車に乗り込むと、次いでシエルもそれに乗り込んだ。今日の彼はとんでもなく盛られたアフロヘア―をしていた。
「お嬢様からの贈り物でしたら、何でも喜ぶと思いますけどねえ」
「的外れな物を差し上げたら、センスを疑われてしまいます」
馬車はコトコトと揺れながら、大通りに出る。窓を覗けば、久々の晴れ間で浮かれた人々が歩いている姿が目に入った。
ちなみにですが、とシエルはサモエドに話を振る。
「どのような物を差し上げるかは、大まかでも決まっているんですか?」
「いいえ……お兄様には毎年手帳を差し上げているけど……ファルト様には何が良いかしら?」
「全部私任せですと、ファルト殿下がガッカリしますよ。お嬢様がきちんとお考え下さい」
そもそも50代のシエルに、10代のファルトが欲しい物なんて分かるわけがない。
「私が出来るのは、道案内程度ですからね、お嬢様」
「……相談くらいは乗って欲しいわ」
まずは雑貨屋でも見てみようかと、適当な所に馬車を横づけにさせる。
万年筆や手帳が置いてある棚に行くと、サモエドはファルトを思い浮かべ、どれが似合うか考えながら物色していく。
「沢山あって迷いますわ……」
「どうせならお嬢様らしい物を差し上げたらよろしいかと」
万年筆や手帳などは贈り物としては優等生だが、他の人と被る可能性もあるだろう。
「私らしい物ですか?」
サモエドはリボンを指に絡ませ、うーん…と悩む。
「例えば、お嬢様が殿下に気を付けてもらいたいこととか」
シエルは視線を香水の棚に向けた。
「匂い?別にファルト様の匂いは嫌いではありませんよ?」
「いいえ、そうじゃなくてですね。自分と同じ香水を恋人につけさせて、他の女性を牽制するのが流行っているんですよ」
まるでマーキングだ。
「ファルト様は不特定多数の女性と遊ぶ方ではないです」
怒ったサモエドに、「ははは」とシエルは笑う。
――――と。
「確かファルトは髪飾りだったよね?」
「そうそう」
急に耳に入ってきた『ファルト』の名に、サモエドとシエルは動きを止めた。
声の発生源は店先。見ると今まさに二人の少女が雑貨屋に入ろうとしていたところだった。
二人は同じ亜麻色の髪と顔の特徴から見て姉妹のようだ。
姉の方は長い髪を一つに括り、妹の方はセミロングの髪にカチューシャをつけていた。
「ねーねー、お姉ちゃん。今年のファルトの誕生日イベント行けそうなの?」
「微妙ねー…。アクリに頼めば連れて行ってもらえるかもしれないけど。まあ、アクリの誕生日には行けるフラグ立てたし、あまり欲を出すのもどうかなって」
サモエドはベリーを見た事はないが、彼女の外見的特徴は知っている。
そして、彼女らの会話から察するに……
「(クレトラ姉妹!!)」
サモエドは咄嗟にシエルの腕を引き、出来るだけ店の奥へ避難する。
「お嬢様……」
「ええ。多分ですが……あの二人はクレトラ姉妹ね?」
帽子を深くかぶり直し、サモエドは小声になる。
シエルは頷く。
「妹の方はわかりませんが、ベリーの方は聞いていた特徴と一致します。……直接見るのは私も初めてですが」
毒の解明が終わってない今、彼女らの近くには寄りたくない。しかし、出入口が一つしかない雑貨屋を出るには、彼女らの隣を通りすぎなければならない。
どうしよう、どうしようと混乱するサモエドの肩にシエルはぽんっと手を置いた。
「大丈夫ですよお嬢様。ジャックやシェパード様の報告からして、連日密着しない限りはそこまで深刻な害は被らないでしょう。……今日の夜は多めに教会の野菜を食べたらよろしいかと」
それに、とシエルは続ける。
「虎穴に入らざれば虎子を得ずって言いますでしょう?良い機会です。情報収集をしましょう」
まだ危険を顧みないと駄目な局面じゃないわよー、とサモエドは小声で文句を言うが、こうなってしまったらもう後戻りは出来ない。
「ね、お嬢様。この時間、有意義に使いましょう」
「……わかったわ。せめて口元にハンカチをあててね?」
不承不承ハンカチをあてたサモエドにシエルはニコッと笑うと、派手にくしゃみをしてみせた。
「あー……やっぱり風邪かなあ?」
そう言うと、ごく自然にポケットからハンカチを取りだし、あてたのだった。
「誕生日イベントに行けないのに、どうして誕プレなんて買いに来たの?金の無駄じゃない?」
「一応よ。そのイベントに行けなくても、次に王宮に行くイベントの時にばったり会うでしょ?その時に渡せばいいわよ。ファルトは難しい性格してないから、当日渡さなくても喜んでくれるでしょ」
妹の方がくすくす笑う。
「こういう時、融通が利いて便利よね。ゲームだとそうはいかないんだもん。誕プレあげれるのは、誕生日当日だけってね」
カチャカチャという音が聞こえる。並べてある髪飾りを選んでいるのだろう。
「アンタこそ、私がファルトに粉かけて良いの?続編ではファルトがメインヒーローになるのに」
「良いよーん。私はね、お姉ちゃんみたいな博愛主義じゃないの。一途にラック様を愛するって決めてるの~」
「あっそ。じゃあラックには手は出さないでおくわ。…っと、これ良くない?青色の髪飾り」
「あれ?ファルトって確かエンジ色じゃなかったっけ。青はアクリでしょ?」
ふふん、という得意げな声。
「アンタさあ、ラック以外のルートに行ってないでしょ?ファルトはね、アクリを尊敬している設定なのよ。影から支えるのを美徳としていて、その忠誠心からアクリの青色を身に着けてるのよ」
へー、という妹のやる気のない声と共に、姉妹の足音は遠ざかり、店主の「ありがとうございました」というセリフが聞こえてきた。
雑貨屋に残されたのは、重い沈黙。
「ええっと…」
まず口を開いたのはシエルだった。
「彼女たちは何を言っていたのでしょうか」
「………わからないわ。…ゲーム…?ゲーム感覚で毒をもって王太子たちの心を弄び喜んでいるのかしら」
それならば、なんと悪趣味な遊びか。
「それに、ファルト様と……あともう一人、看過できない人名があったわ」
ラック。
それは、アーズ国第三王子の名前なのだ。
ラックは側室の子で、第二王子のファルトと同じ歳であり、彼もまた来年王立学園に入学する。
アクリや並々ならぬ貴公子達を虜にしている『あの』ベリーとその妹アップルのことだ、何かをしでかす気なのだろう。
サモエドは彼女たちが物色していた髪飾りの棚を見る。
しかしそれを一瞥すると、雑貨屋から出た。
「お嬢様、殿下への贈り物は……」
「……子供っぽいかもしれませんが、彼女が購入したお店で選びたくないの」
王妃教育の賜物で、とても大人びているサモエドがふと見せる子供っぽさ。それを感じとり、シエルは主人に気づかれないように笑った。
「良いんじゃないですか?縁起悪いですもんね。……では、角を曲がったところにもう一件雑貨店があるので、そこに行きましょうか」
すぐそこなので、馬車ではなく徒歩で行くことにする。
その道すがら、サモエドはクレトラ姉妹の妄想話について考えていた。
ベリーはファルトを狙っている口ぶりだった。
(守らなきゃ)
二件目の雑貨店は薔薇の花をモチーフにした物が置いてある店だった。
サモエドはふと白薔薇が描かれた懐中時計を見つける。
「これ……」
それはファルトと初めて会った時に見た、王宮の中庭に咲いていた薔薇を彷彿とさせた。




