王宮
本日は学園の休暇日。一斉に燻煙式の殺虫剤が使用される為、学園には生徒の出入りは禁止となっている。
「何をしているのです?お姫様」
「ひゃんっ」
朝から国王や弟と話をする為に王宮に行ってしまったアクリの様子が気になったベリーは、王宮へと向かおうと寮の特別室からこっそりと出たのだが……すぐに声をかけられてしまう。
「もーっ!驚かさないでリア!」
「俺もいますよ、ベリー嬢」
「フィンも!どどどどどおして~~?」
ラスコー公爵嫡男リアとオノクル公爵子息フィンがベリーの行動を見越して扉の前に立っていたのだ。
口元で両手を大きく広げ、驚いたことを伝えるベリーに、二人はふふふっと笑う。
「殿下にベリー嬢のことを頼むと言われてね」
二人はアクリと同級生で家の爵位も高いので他の側近達よりも親しいのだろう。
嬉しそうに「アクリが……」ベリーは呟くのを揶揄うようにフィンがウィンクする。
「だから、今日はお転婆な事はしないで下さいね?ベリー嬢」
「お転婆ですって?」
ぷくーっとベリーは頬を膨らませる。
「どーせ私は貴族の御令嬢っぽくないですよーだ。わかってるもん」
「それが貴女の美徳だよ?ね、フィン」
「そうですよ。完璧ではないからこそ、守りたくなる」
「それって褒めてるー?貶してるー?」
ベリーにじとりとした目で見られ、二人は愉快に笑う。
ひとしきり笑った後で、フィンは「それで、ベリー嬢は何処に行こうとしたんです?」と本題に入った。
「私ね、アクリが心配なの!王宮に行きたいの」
「王宮……」
ベリーの虜である二人も、流石に渋る。
「まだ成人していない私達が用事もないのに王宮に行くのは敷居が高いな」
「用事ならあるわ!アクリに会いに行くのよ。友達に会いに行くのを阻害されるなんて、おかしいわ」
「王宮ではそれは通じないと思うよベリー嬢。頭の固い連中ばかりだから」
公爵家の子息が二人いるのだから流石に門前払いはされないだろうが、王宮に上がるまでに時間はかかるだろう。
「……俺がいれば騎士の教練所に入れると思います。あそこと王宮は通じているから、アクリ殿下の元にも容易く行けるでしょう」
フィンが嫌々言葉を捻りだす。
その様子にベリーは「どうしたの?」と小首を傾げたので、リアがそっと教える。
「フィンのお父上が騎士団長なんですよ」
「お父さんの事が苦手なの?」
フィンは頷く。
「兄上も騎士団に入っているから、あまり行きたい場所じゃないんです」
「フィン……私ね、どうしても王宮に行きたい…な?」
お願い、とベリーはフィンの腕に縋りつく。
腕に胸を押し付けられたフィンは顔を赤くすると、決意したように顔を上げる。
「ベリー嬢の頼みとあらば、俺の些細な苦手意識などどうでも良いことです。参りましょう!」
「きゃー!ありがとう~~!」
***
王宮の一室にて。
「くそっ」
椅子に座り、忌々し気に言葉を吐き捨てているのはアクリだった。
彼が今いる場所は自身の私室である。
「この僕が面会を申し出ているのに、何故すんなりと父上にお目通りできない!」
ギッと部屋の隅に控えているメイドを睨み付ける。だが訓練されたメイドなのか、顔色一つ変えない。それが更にアクリの苛つきを誘った。
アクリはガリガリと親指の爪を噛みながら、窓の外を見る。とても良い天気で、ファルトの事が無ければベリーと街の散策でもしていたことだろう。
「……ファルト?」
そもそもアクリが国王に会いたいのは、ファルトがバラク公爵令嬢と婚約したことに意見を述べたかったからだ。
アクリは控えているメイドに声をかける。
「ファルトは何処だ?」
「ファルト殿下は現在自室にてお勉強をされております」
「呼んできてくれ」
弟のファルトであれば、容易く呼びつけれるとでも思ったのだろう。しかし、それに対してもメイドは表情を変えず「お勉強の邪魔は出来ません」と突っぱねる。
「僕が呼べと言っているんだ、呼んで来い」
「ファルト様の邪魔をしてはいけないと、言いつけられております」
「誰に」
「王妃様です」
母の名に、アクリは怯む。
だがすぐに「僕は王太子だ」と立ち上がる。
「この国を守る責務がある!母上もわかって下さるだろう!」
「お待ちください、アクリ殿下」
メイドの静止も聞かず、アクリは部屋から出ると、ファルトの自室に戸惑いなく進む。
そしてファルトの自室まで来ると、ノックもせず開けた。
「ファルト、居るかい?」
しかし、部屋の中には誰もいない。
嘘をつかれたか、と自分を追ってきたメイドを睨み付ける。だがメイドはやはり素知らぬ顔だ。
「王太子である僕に虚偽を伝えた事、覚悟の上だろうね?」
メイドは優雅にお辞儀をする。
「王妃様の言いつけです」
母上は何故そこまでして僕からファルトを遠ざけようとしているのだ?
苛つきながらアクリは弟の部屋に上がり込む。
日当たりの良い場所に大事に飾ってある薔薇を見て、顰めた顔が微かに和らぐ。
ファルトはとてもおっとりとした、優しい子供である。アクリもそんな弟がとても大事なのだ。
だから許せなかった。彼を利用しようとしているであろうバラク家が。
続き部屋になっている寝室に入れば、寝台の脇に大きな額縁がイーゼルに立てかけられているのが目に入る。
何だ?と近寄れば、それは書類のようだ。
「おのれ、バラク……!!」
額縁の中に大事に保管されていたのは、ファルトとバラク公爵令嬢との婚約誓約書であった。
眉間に皺を寄せたアクリは、腰に差していた剣を抜く。
「殿下!何をなさいますか!!」
メイドの厳しい声が飛んでくるが、関係ない。
アクリは衝動のまま額縁に剣を突き立て、イーゼルの下にそれを叩きつけた。
大きな音を立ててガラスが割れ、足元に飛び散る。そのガラスの破片をブーツ越しに踏みしめたアクリは、踵を返し廊下に出た。
「母上は今何処にいらっしゃるんだ」
「何の騒ぎです」
数名の従者とファルトを連れた王妃が廊下の向こうから歩いてくる。
アクリはホッとした顔の後、彼女らに近寄り、お辞儀をした。
「ご機嫌麗しゅう、母上。本日は大事なお話があって参上しました」
「国王にもそのように言ってお目通りをしようとしていましたね」
それを知っているのなら話は早いとばかりにアクリは微笑みながら「はい」と頷いた。
「ファルトにも聞いてほしい」
目線を逸らし、母の傍らに立つ弟を見る。
ファルトはいつもと変わらずおっとりとした様子でアクリを見ていた。
「僕も兄上にご報告したいことがあります」
「婚約の事か?」
「はい」
「ファルト!」
アクリはファルトの両肩を掴むと「可哀想に」と悔し気な表情を作る。
「悪女に惑わされているのだ、目を覚ましなさい。今ならまだ間に合う」
「何を仰っているのです?」
「バラク公爵令嬢に何を言われた?彼女の口から出る全てはまやかしなんだよ?アレは悪女だ、父親のバラクや兄のシェパード共と共謀し、お前を使って国家反逆を企んでいるのだ」
王妃は顔を僅かに顰め、持っていた扇子を広げて口元を隠す。
「アクリ」
王妃に名を呼ばれ、反射的にアクリは返事を返す。
「そこまでバラク公爵令嬢やバラク公爵家を誹謗する理由は何です、公爵令嬢が何をしたと仰るのです?」
「は……?」
王妃の問いかけに答えようとしたが、咄嗟に明確な答えがない事に気が付き言葉が出てこない。
仕方がなく何故バラク公爵令嬢をここまで敵視したのか、元を辿ってみるのだが……。
「シェパード……御令嬢の兄ですが、それが非礼をしたのです」
「どのような非礼です」
「ベリー…僕の大事な女性を困らせました。ベリーはファルトの心配をしていただけだったのに、ですよ。心優しい彼女を困らせた……」
王妃は呆れたような声を出す。
「一人の御令嬢を困らせただけで、貴方は国家反逆まで考えを飛躍したということですか?」
「ただの御令嬢ではありません。王太子である僕の大事な女性です。だから僕は、第二王子のファルトに取り入る事に成功し、シェパードの気が大きくなっているのだと判断しました」
「アクリ、もう一度訊きます」
パシン、と音を立てて扇を畳むと、王妃はおっとりとした表情を変え、鋭い瞳でアクリを見据えた。
「お前は、その程度の理由で我が国に忠義を尽くすバラク公爵家を国家反逆を企む一族だと判じたのですか」
改めて指摘され、アクリはハっとした。
「ご…誤解です、母上。僕はそこまでは言っておりません。国家反逆は……言葉のあやです」
アクリの言葉に、王妃は悲し気な目をする。
「仮にも王太子であるのに……自分の言葉の重みすら理解していないとは嘆かわしい。王族という自覚がないのでしょうか」
「兄上」
王妃の前にファルトが歩み出る。彼もまた、王妃同様に普段のおっとりとした表情ではなく厳しい表情でアクリを見ていた。
「兄上は僕の大事な婚約者とその家を侮辱しました。謝罪を要求します」




