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雅に痺れたね(A Brocade Scene Program)  作者: 枕木悠
カーテンコール
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カーテンコール②

 目を開けると、そこは白い部屋だった。

 天井には明度の低い照明。右手を見れば窓の向こうの空はオレンジ色をしていた。太陽は西にある。一瞬、中央高校の美術室かと思った。美術室からの景色は今に似ている。しかし俺はベッドの上にいた。どうやら美術室ではないと分かる。保健室でもない。高い場所からの黄昏の風景だ。どうやら、ここは病院の一室みたいだ。

 左手に視線をやれば、制服姿の妹のマヨコが口を半開きにして、涎を垂らし、英単語帳を枕にして、スヤスヤ寝息を立てていた。マヨコの上半身がベッドの中にあった。誰かに見られたら、勘違いされそうな状況だと思った。

「おい、マヨ、」俺はマヨコの肩を強く揺すって起こした。「起きろっ」

「ぶあふぅあ!」

 マヨコはそんな声を上げ、まさに飛び起きた。ベッドの横に姿勢良く立ち、目を見開き、クルリと一回転して両手を広げて叫ぶ。「アリスはどこに消えたっ!?」

「アリス?」俺は聞く。「どんな夢見てたんだ?」

「夢じゃない、」マヨコは取り乱している。きっと寝ぼけているんだと思った。「夢なもんか、現実だよっ!」

「珍しいな、マヨ、お前がそんなに熱くなるなんて」

「……え?」マヨコはやっと現実に戻ってきてくれたみたいだった。頬をピンク色に染めて、隅に追いやられていたパイプ椅子に座り直し、一度咳払いして言う。「……お、おはよう、ケン君、錦景市は夕方の五時だよ」

「うん、おはよう、」俺は言って、上半身を持ち上げて聞く。少し頭が重かった。ずっと眠っていたせいだろう。どうして眠っていたんだっけ、と考えてすぐに思い出す。出来れば忘れていたかった。不思議の国のアリスが出てくる夢なんかじゃない、現実を思い出してしまって、少し頭がくらくらした。「……俺はどれくらい眠っていたの?」

「ちょっとだよ、」マヨコはサイダのペットボトルを冷蔵庫から出して、俺に渡した。「まだ六日、意識不明になってから一日も立ってないよ」

「ああ、そっか、」サイダのペットボトルを触って、その冷たさは心地良かったけれど、起きてすぐに炭酸を飲む気にはなれなかった。俺はラベルに描かれる三ツ矢を眺めながら聞く。「……サイダ以外にないの?」

「何か買って来ようか?」マヨコは単語帳を汚した涎を拭いながら聞いた。「うへぇ、ばっちぃなぁ」

「明日テストなの?」マヨコが勉強しているなんてテストの前日以外にない。

「ううん、」マヨコは首を横に振った。「錦景女子に行きたいから、今から勉強してるんだ、今から勉強すればいけるかもしれないって、アリスに言われたんだ」

「へぇ、お前、錦景女子に行きたいの?」俺はアリスって、一体何者なんだろうって思いながら聞いた。

「悪い?」マヨコは俺を睨んだ。

「マヨの成績じゃせいぜい商業かなって」

「なぁにぃ!?」マヨコは珍しく激高した。「なぁんだってぇ!」

「母さんだ、俺じゃなくって母さんが言っていたんだよ、俺はお前の成績なんて知らないし」

「たっく、」マヨコは舌打ちして言う。「あの、クソババアめ」

「言葉が悪いぞ、仲良くしろよ、」俺はサイダの封を開けて飲んだ。炭酸がかなりきつく感じて少ししか喉を通らなかった。「一応、親子なんだから」

「あ、そうだ、」マヨコは思い出したように言う。「先生、呼んできた方がいいかな? 一応、意識不明から、目を覚ましたんだし、見てもらった方がいいのかな?」

「まるで全然心配してない風に言うんだな」

「ただの貧血くらいで死なないでしょ? 貧血くらいで入院なんて大げさ過ぎるよ、道端で倒れているのを発見されて救急車で運ばれて貧血ですって、ダサすぎだよ」

「そうか、」俺は頷き言った。「そういうことになってるんだな」

「ん?」マヨコは訝しげに首を傾げた。

「いや、なんでもない」

「それで、先生呼んだ方がいいの?」

「いいよ、別に、もうどこも悪くないし、倒れてしまったのだってただ、疲れていただけだ、ただの貧血だし、きっともうどこも悪くない、もう退院するよ、」俺は枕に頭を乗せて、天井を見て目を瞑った。すぐに開けた。視界の隅に、花が見えたからだ。色は赤い。「この花、何?」

「ああ、そうそう、中央高校の綺麗な人が持ってきてくれたんだよ、」マヨコは単語帳ではなくて、スマホから顔を上げて、少し興奮気味に言う。もうここでは勉強する気はないようだ。「すっごく綺麗な人だったよ、あまりの綺麗さに名前を聞くのも忘れちゃったくらい、ああ、でも、私はハルカちゃんの方が好きかなぁ、ハルカちゃんの方が可愛い系だよね」

「どうしてハルカの名前が出る? 俺とハルカは別に、なんでもないんだから」

「分かってるって」マヨコは全然分かってないニヤけ面で頷いた。マヨコはまだ、俺とハルカが恋人同士だと思っているらしい。「分かってるから、そう恥ずかしがるんじゃないよ」

「ああ、分かっているなら構わないさ、」俺はマヨコのペースを無視して言う。「あ、マヨ、お願いだ、この花の花言葉を調べて欲しい、その優秀なクアドロフェニアで調べてくれないか?」

 パイザ・インダストリィ製のスマホはクアドロフェニア、四重人格という名前だった。細かいことは知らないが四つのコアを搭載しているのだと言う。

「え、なんで?」マヨコは俺から少し、身を引いた。「ケン君、花言葉とかに興味あるの? ちょっと気持ち悪いよ」

「いいから、」俺はマヨコに向かって手の平を合わせて頼んだ。「お願いだ」

「分かったよ、分かったから気持ち悪い顔しないでよ」

「そんな顔してた?」

「うん、してた、」マヨコは言って、スマホをいじり始めた。「うーん、これかな? はい、どうぞ、確認なさって下さい」

 俺はマヨコからスマホを受け取り、画面を確認して、少し救われた気がした。

 この赤い花の花言葉は。

 そのとき。

「あ、よかった、元気そうね、」セーラ服姿のハルカが現れて笑顔を見せた。図書室に住まう魔女にはまだなりきれていないようだ。「倒れたって聞いたときは、どうしちゃったんだろうって思ったけど、元気そう、生きていて何よりだねっ」

「あ、ハルカちゃん、」ハルカの顔を見て、マヨコは笑顔になる。「わざわざ来てくれたんだ、ケン君ってば、ただの貧血なんだよ、貧血で倒れたんだよ、ダサいよね、あ、何か食べる?」

「一応、お見舞いに来たんだけどな」ハルカは膨らんだビニル袋を見せるように持ち上げる。

「わあ、沢山っ、」マヨコは大げさに歓声を上げる。「嬉しいなっ」

 そしてハルカの後ろから、ミヤビが顔を除かせた。

 俺の体はビクッと震えた。

 ミヤビに痺れたことを思い出す。

「……ミヤビ、」俺は名前を呼んだ。「ミヤビ」

 ミヤビは浮かない顔をしていた。不機嫌そうにも見える。

 怒っているだろうか。

 あんなことをしたんだ。

 怒って当然だ。

 これから警察に突出されるかもしれない。

 少し、寂しそうな顔をしているようにも見える。

 俺の横に咲く赤い花の意味は、その花言葉通りのものなのだろうか。

 いや、俺にはミヤビの気持ちなんて分からない。

 そしてミヤビは強く、俺を見てハッキリとした声を出した。

「ちょっと、」ミヤビは天井を指差す。「屋上まで、来れる?」



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