第四章⑫
「タモツ、話は聞いていたわよね、」エコロジーのメンバである、理数科の船場ナオズミと天野ミツルに両腕を掴まれ、身動きのとれない安賀多にミヤビは言い放つ。「とにかく、もう、そういうことなんだ、そういうことだから、ね、私が言いたいこと分かるでしょ?」
「そういうことだったんですね!」安賀多は苦悩の表情を浮かべる。「御崎さん、僕のことを、騙していたんですね!」
「騙したっていうか、」ミヤビはまっすぐに安賀多を見て、不機嫌そうに言う。「企んだのよっ」
「あ、え?」安賀多は一度怯んだ。しかし、再び威勢を取り戻す。「た、企んだんですね!」
「ええ、そうよ、企んだんだよ、イオに相談されて、私は企んだ、イオがタモツとキス出来る方法を考えた、それはキネマを利用する方法だった、もう少しで企みは成功する予定だったんだけど、タモツ、あんたは予想以上に往生際が悪かった」
「褒めてくれるんですか?」安賀多は威勢がいいまま聞く。
「それに関しては自信を持っていいと思うけど、私にとっては大きな誤算だった」
「それはつまり、」安賀多は眼鏡の位置を直して聞く。「どういうことですか?」
「往生しいや!」ミヤビは安賀多にひとさし指を向け、台詞のように言い放った。
「え、関西弁!?」安賀多は突っ込んだ。「関西弁ですかっ!?」
「往生して、」ミヤビは歯切れよく言う。「イオとキスしなさいってこと、そしてイオの恋人になりなさいってこと、分かった、分かるでしょ?」
「……は、はい、」安賀多はミヤビの勢いに頷きかけたが、すぐに首を横に振った。「い、いや、ちょ、ちょっと、待って下さいよっ!」
「一度好きになった気持ちは、本当だったんでしょう?」ミヤビは少しのヒステリィを言葉に添えて言う。「イオに優しいことをしたときの気持ちは、本当だったんでしょう?」
「いや、だから、そのちょっと待って下さいよっ」
「イオのこと見なさい、タモツ!」
安賀多はミヤビに言われたように、斑鳩を見た。
ずっと自分のブーツの爪先を見ていた斑鳩は、ゆっくりと視線を上げた。
視線が交差する。
少しの時間、交差した。
二人とも、何も言わなかった。
同時に視線を二人は逸らした。
二人の人間関係はもう、今日までのそれから、空が黄昏に変わるように、変わってしまったのだろうか。
それは少し残念だと。
丈旗は思った。
安賀多はミヤビに視線を移して口を開く。「……最初に斑鳩を見たときは、確かにそう、思いましたけど」
「だったら、だったらさ、その時の優しさを忘れていないのだったら、」ミヤビは両手を広げて微笑んだ。「タモツ、アンタの気持ちは変わってないんだよ、ただ見えづらくなっているだけ、淡く滲ませるものが本当を見えづらくしているだけ、自分の気持ちにしっかり光を当てて、そして確かめて、色が付いてるでしょ、確かな色が、ハッキリとした原色が、その色は、何色?」
「理解不能意味不明なことを言って、僕を困らせないで下さいよ、御崎さん、僕は、」
「タモツ、」ミヤビは細いナイフのような鋭い口調で、安賀多の言葉を遮る。「ちゃんと見なさい」
安賀多は黙った。
頭を掻いた。
大きく息を吐いた。
「……も、もう、いいよ、御崎さん、僕のことはもう、いいからさ、」斑鳩が早口で言った。目が少し赤いのが、丈旗に見えた。「安賀多、ごめんね、ごめんね、……ごめんね、謝るから、だから僕のこと、」斑鳩の目から涙が落ちる。「……嫌いにならないで」
「キスをしないならキネマ研究会は認可出来ないわ、」それまで静かにしていたテラスが生徒会長のニシキのフリをして言う。「素敵なキネマを私に見せるのが、認可の条件だったはずよね?」
「会長っ!」斑鳩は大きな声を出した。「もう、いいんですっ! もういいから、ちょっと黙ってて下さいっ!」
屋上の気温の下がり始めた空気が、過度に揺れた気がした。
誰もしゃべらなくなった。
凄く長い時間が経過したようにも思えたし。
一瞬だったのかもしれない。
その間に。
隙間に。
安賀多の精神にどんな変化があったのかは分からないけれどでも。
安賀多が小さく頷いたことを丈旗は確認した。
安賀多は丈旗に照れ臭そうな顔を見せて。
もう一度頷き言う。「分かりました」
「……え?」斑鳩が安賀多を見上げる。
「言ったわね、」テラスは悪い目をする。「言ったわね」
「ええ、言いました、言いましたよ、」安賀多は威勢良く言って袖を捲った。「キスしますよ、やってやりますよ!」
そして安賀多は斑鳩の前に移動し、その華奢な両肩に手を置き、聞く。「本当に、女の子、なんだよな?」
「安賀多、」斑鳩は安賀多の顔から目を逸らす。「その、嫌なら、嫌って言って」
「女の子なんだよなっ!?」安賀多はもう一度、聞く。
「う、うん、」斑鳩は頷き答える。「ぼ、僕は女の子っ」
「本当に俺なんかでいいの?」安賀多の声は優しかった。
「安賀多がいい」
安賀多はその返事を聞き、顔を斑鳩に近づけた。
唇が触れ合う。
一瞬に近い短い時間だったけれど、丈旗は確認した。
二人がキスしたのを見た。
斑鳩は顔を真っ赤にして、震えている。背が高い安賀多を見上げ、微笑み、泣いて、指で自分の唇を触り、また微笑んだ。「……キス、しちゃった」
安賀多は驚愕の表情をして言う。「……なんだ、コレ?」
「え?」
「なんて柔らかいんだっ、マシュマロか!?」
「普通、」斑鳩は口を開けて笑った。「普通だよっ、マシュマロなんてメタファ、普通すぎるよっ」
「笑ってないで、」安賀多は凶暴な目をして言う。肩を掴む手に力が入る。「もう一回だ」
「う、うん、」一度戸惑う目を見せたが、斑鳩は頷く。「うん、もう一回っ」
「おっほん、」盛大にミヤビが咳払いして言う。「待って、場所は太陽の前よ、」ミヤビは首を振って微笑む。「じゃなくて、向日葵の前よ、キネマを完成させなきゃ、完成させなきゃ認可を頂けないわよ、ね、会長殿?」
「そうよ、その通りよ、」テラスは頷き言う。「こんなところでキスしたって、全然ロマンチックじゃないわ、フェスティバルのステージでキスしてこそ、意味があると言うものよ」
『フェスティバルのステージ?』安賀多と斑鳩は仲良く首を傾げた。
「大丈夫、私はフェスティバルの総合プロデューサ、桜吹雪屋藍染テラスよ、」言ってテラスは量の多い髪を払って言う。「プログラムの改編は、私にとってとても簡単なことの一つなの、そもそも私に解けない問題なんてないんだけどね」




