第四章⑬
ミス・ヘブンリィ・ゴッド・フェスティバル。
すなわち、天神祭の幕は開けた。
オープニング・アクトはシノヅカカノコ・アンド・オーバドクターズのロックンロール。
『向日葵』。
スズメとマナミはフロアの隅の方で見ていた。
それから錦景女子高校軽音楽部所属フォレスタルズの演奏、市長の秘書による錦景市の未来についての話が終わり、時計の針が進むものは早いもので、すでにパイザ・インダストリィの社長のプレゼンが行われている。紫色の向日葵の前に降ろされたスクリーンにはパイザ・インダストリィの新五カ年計画についての概要が映し出されていた。社長はその前をゆっくりを歩きながら淀みなく話す。社長の大森テルヨシはまだ若い。三十代半ばといったところだろうか。スーツ姿ではなく、Tシャツにジーンズというスタイルだった。Tシャツの色は原色で、プロペラのようなシルエットがそこに描かれていた。そのシルエットの下には、英語の綴りで、チェンジ・エネルギアと書かれている。
「合い言葉は、チェンジ・エネルギア、つまり火力、水力、風力、地熱、太陽光、原子力に変わる代替エネルギアの創世なのです、」スクリーンには縦に細長い、塔のような代塗りの建物が映し出された。「こちらはエネルギアの創世のための第一試験研究所です、僕らはこの建物のことをスクリュウと呼んでいます、天辺に巨大な三枚の羽根が見えると思います、このデザインはまるで大地という船を運ぶスクリュウのようです、このデザインに意味があるか、ないか、ということはここでは申し訳ありませんが、僕はこの建物を初めて見た時に思わず言いました、設計した建築家の黒須氏に言ってしまいましたよ、『なんだ、これ?』、黒須氏は僕の反応に上機嫌でした、寡黙な彼は僕の質問に何も答えてはくれませんでしたが、僕を始め研究員はこの建物を、この塔をスクリュウと呼ぶようになりました、新しい代替エネルギアについての細かなことはここでは言えませんが、ここで新しいエネルギアは産まれようとしているのは真実です、ここにいる若い人たちが世界を担う働きをするころにはきっと、スクリュウはその本来の働きを終え、巨大なモニュメントとしての余生を送っていることでしょう、スクリュウは錦景山の麓にあります、住所を言いましょう、」大森は住所を滑らかに発声した。「この施設の見学は大歓迎です、予約は当社ホームページで受け付けています、しかしここに辿り着くためには四輪駆動車とちょっとした登山の用意が必要です、スクリュウの周りには少し危険が多い、残念ながらまだここに一般の方が来られたことはありません、突然、来訪してくださっても構いません、紅茶とアメリカ製のフォーチュン・クッキィを研究員が用意して待っています、是非、検討して見てください、あ、最後に、」大森はTシャツの裾を引っ張り、そこに描かれたスクリュウのシルエットを見せて言う。「お帰りの際は、ぜひこのチェンジ・エネルギアTシャツをお買い求め下さい、それでは私のプレゼンはコレで終ります、再び、ショウをお楽しみ下さい」
大森がステージ袖に下がると、スクリーンが持ち上がり、再び紫色の向日葵が見えるようになった。唐突に劇団『錦景百犬』による劇が始まる。それが終わると錦景交響楽団によるベートーベンのなんとかが演奏された。ベートーベンがが終わるタイミングで、二人は楽屋に向かった。
狭い楽屋の奥のソファには天之河と篠塚、それからマシロの家の主のふくよかなマシロがいた。三人は煙草を同時に吐いた。テーブルの上には缶ビールが沢山と中身がラーメンのスープだけの丼ぶりと一つ残った餃子。
マシロはその残った餃子を口に運び、スズメに言う。「調子はどう?」
いきなりそんなことを言うから、スズメは戸惑った。「え、調子? ええっと、悪くないです」
「倒れたんだって?」篠塚が聞く。「本番はバシッと決めるよ」
「え、えっと、はい」
スズメは無理に笑顔を作って頷いた。でも、どうしてスズメが倒れたことを知ってるんだろうって思った。
とにかく、スズメとマナミはエクセル・ガールズの衣装に着替えた。
ピンクとブルーのパステルカラー。
六十年代風の丸襟のワンピース。
腰には白く太いベルト。おへその上にある楕円のバックルは、何かに変身できそうな程、無骨。
つばが短く、被れば丸く膨らむ帽子には、エクセルを象徴する、『X』のロゴマーク。
ビルゲイツから認可は貰ってない。
それはメジャーデビューしてからでいい。
「何事も最初が肝心よ、」天之河が二人の後ろに立って言う。「さあ、行って来い、エクセル・ガールズっ!」
スズメとマナミはステージ袖に移動する。そこからステージを見れば、東雲と谷崎が二人で昭和アイドル歌謡を歌っている。
不思議と緊張感はなかった。
充電されたおかげ?
いや、魔法なんて信じないけど、とにかく、もう大丈夫だった。
マナミがスズメの手を握った。
スズメはマナミの横顔を見る。
表情が強張っているのが分かる。
「緊張してるの?」スズメはマナミの耳に口を近づけて聞く。
「うん、」マナミは頷き、胸に手を当て、大きく深呼吸した。「さっきまで平気だったんだけどな」
「エネルギアを分けてあげよっか?」スズメはニッコリ微笑み聞く。
「え?」
スズメはマナミの唇にキスした。
スズメはずっと狙っていた。
唇が離れる。
マナミが見つめてくる。早口で言う。マナミは大事なことを早口で言うのだと、分かってきた。「ねぇ、スズメちゃん、フェスティバルが終わったら、スズメちゃんちに行っていい?」
「え、うち?」スズメは笑顔で言う。「何も食べるものないよ」
「マクドナルドでお持ち帰りすればいいのっ!」マナミの眼は血走っていた。鼻息も荒い。美人が台無しだってスズメは思った。「何個でも買ってあげちゃうんだから!」
東雲と谷崎のステージが終わった。
オーバドクターズの三人が機材を準備する。
準備が整ったところで、天之河がステージに出る。
天之河の衣装は照明に映える。マイクを持ち、天之河が言う。「さてと、ついにこの時間が来たね、毎年五月五日のこの時間、フェスティバルのメインイベントとして相応しい、我らがドラゴンベイビーズの新ユニットのお披露目の時間が来たのね、毎年、この瞬間、いつも思うことがあるわ、生きていてよかったって思うのよね、その度に煙草とお酒をやめようと思うんだけど、今も思ってる、でも、やめられないのよね、それはきっと来年も煙草とお酒をやめようって思いたいからなんだって、私は感じるのよね、さて、今年は錦景商業の二人よ、同じクラス、仲良しの二人、国際的表計算ソフトに集いし女子の二人よ、この二人を初めて発見した時、私は思ったのよ、この二人は普通じゃないってね、」天之河はしーんとした客席に向かって不敵に微笑み、左手を持ち上げた。「さあ、それじゃあ、出て来なさい、エクセル・ガールズ」
天之河がステージ袖にはける。
オーバドクターズがそのタイミングで演奏を始める。
ブロック・ガーデンの天井からミラーボールが降りてくる。
星のように細かな光が散らばった。
一曲目は『エクセル・ディスコ』。
スズメとマナミはステージの上を歩いた。




