第四章⑩
錦景市は黄昏時。
「ちょっと、まだ捕まえられないのっ!?」
テラスの罵声が錦景第二ビルの屋上に響いた。「ビルの通路は完全に封鎖したのよっ、サブジェクトはこのビルのどこかにいるはずよっ、捕まえられないのに電話してくるんじゃないよっ、バカちん!」
ブロック・ガーデンでフェスティバルのリハーサルが行われるので、丈旗たちはとりあえずそこから出て、手分けして安賀多のことを探すことにした。このビルのオーナはテラスの父親である桜吹雪屋藍染タロウ氏のものだから、彼女の指示により、第二ビルの出入り口、全てに警備員が立った。警備員には安賀多の顔写真を始め、様々なデータが送られた。いわゆる厳戒態勢が敷かれたと言える。しかし、安賀多を探し出し、捕まえることは中々出来なかった。安賀多が錦景第二ビルにいるのは分かっている。GPSによって特定された安賀多の位置はこのビルの中から外へは動いてはいない。しかし錦景第二ビルは地上三十四階の建物だ。GPSによる情報も、どのフロアのどこに隠れているか、細かなところまでは補足できない。
安賀多を探すのに疲れた、テラス、ミヤビ、丈旗、斑鳩の四人は、ひとまず屋上の錦景天神の前に集合した。テラスが神に祈ることを提案したのだ。
「ここ祀られているのは、私よ」
理解不能意味不明なことを言って、彼女は賽銭を投げ、頭上の鈴を鳴らし、姿勢良く立ち、手を叩き、ぎゅっと目を瞑り、祈った。後ろに並び立つ三人も、同じようにした。
そのとき、テラスのポケットから音がした。エコロジーのメンバから安賀多のことが見つからない、という連絡が入ったのだろう。テラスは不敬にも、神の前で怒鳴った。「いーい、吉村、オタクだってやれば出来るんだってところを今、私に見せるのよっ、今なのよっ、いいっ!?」
テラスは通話を切った。そして振り返り、斑鳩に天真爛漫な笑みを見せて聞く。「ねぇ、イオちゃん、涙の理由を聞かせてくれないかしら?」
丈旗もそれを知りたかった。
なぜ斑鳩が涙を落としたのか。
ミヤビは全てを知っている顔で黄昏の太陽の方に視線をやる。
斑鳩はテラスの問いに黙って俯いていたけれど、ある瞬間に顔を上げて、告白する。「実は僕、安賀多のこと、好きなんだ、」と衝撃的なことを言って、丈旗の方を見る。「要はさ、キネマと一緒なんだよね」
「……マジか?」丈旗の表情は強ばっていた。
「うん、」斑鳩は大きく頷く。「マジで」
「なるほどね、」テラスは顎に指を当て頷く。「キネマみたいに恋しちゃったんだ」
「はい、丈旗、僕ね、安賀多のこと好きなんだよ、初めて会ったとき、安賀多は紳士で、僕をすっごく女の子扱いしてくれて、凄く嬉しくて、本当のことを知っても安賀多は僕と友達でいてくれたから、だから、好きになっちゃったみたいなんだ、僕、御崎さんに相談したんだ、どうしたらいいか分からなかったから御崎さんに相談したの、それであんなキネマを撮ろうってことになったんだ、もちろん、最初は御崎さんを主役にしたキネマを撮るつもりだったんだけど、丈旗、ごめんね、僕のために、丈旗は御崎さんのシーンが沢山ある映画を見たかったんだと思うんだけどさ」
「……いや、その、」丈旗は腕を組み、色が変わり始めた空を見上げた。「なんていうか、気付いてあげられなくて、悪かったな、斑鳩、お前は、本当は女の子だったんだな」
「いいよ、そんなこと言わなくても、そんなこと期待してもいなかったし、」斑鳩は後手を組んで笑って言う。「むしろ気付かれない方がよかったんだ、そのおかげで御崎さんの脚本通りだったんだから、全て御崎さんの思い通りだった、丈旗の鈍感さ加減はいい仕事してくれた」
「俺は鈍感なんかじゃ、」言い掛けて、丈旗はやめた。
ミヤビが丈旗を横目で見てクスっと笑ったからだ。
丈旗は今のミヤビの気持ちが全く分からない。
しかし、でも、なるほど。
これで合点が行ったことが一つある。ミヤビがどうしてもキネマを撮りたがったのは、そういうことだったんだ。斑鳩から恋の相談を受けたミヤビは二人にキスさせるために、あんな脚本を書いてきたのだ。「……それじゃあ、ミヤビは、その、ボーイズ・ラブ・ジャンキィじゃないってことか?」
「なんの話?」ミヤビは首を傾げた。
「いや、そうじゃないなら、」丈旗は笑う。「それでいいんだ、それで」
「変なの?」ミヤビは首を傾げたまま笑う。
「とにかく、そんな話を聞いたら、尚更、」テラスが斑鳩を見つめ、頬を手の平で包み、口を開いた。「安賀多君のことを見つけださなきゃいけないわ、可憐な乙女の悲しみを、一刻も早くこの世界からなくさねばならない、私は強く、そう思うわ」
「可憐な乙女だなんて、」斑鳩は僅かに頬を赤らめた。「僕、照れるな」
「私が慰められたら一番いいのだけれど、」テラスは言って、斑鳩の頬から手を離す。「とにかく、彼を捜さなきゃね」
そのときだった。
背後で、チンっと音が鳴った。
遅れてエレベータが開く音。
振り返れば、石畳の先、鳥居の下。
そこにはハルカがいた。
黄昏時のせいか。
ハルカの姿はわずかに紫色に煌めくように見える。
「ハルカ?」ミヤビが反応する。
ミヤビにハルカのことを紹介しただろうかと思った。
ハルカはミヤビと丈旗の方に微笑して、エレベータから出て、こっちを指差し、石畳の上を歩いてくる。「間違いない、答えはここにあるな、この指先の向こう、コインの裏側、車輪の下、賽銭箱の後ろだ」
ハルカの後ろには二人の男子がいた。茶髪の男子と、眉毛が濃い男子だ。
「天野、船場、」テラスが手を持ち上げて言う。「どうした?」
どうやら二人はエコロジーのメンバのようだ。
「賽銭箱の後ろみたいです」眉毛が言う。
『賽銭箱の後ろ?』
丈旗とミヤビと斑鳩とテラスは賽銭箱の後ろを覗き込んだ。
安賀多がいた。




