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雅に痺れたね(A Brocade Scene Program)  作者: 枕木悠
第四章 トワイライト・ローラーズ
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第四章①

 G県立中央高校は四月の終わりを迎えていた。休日のこの日、場所は南校舎の三階、職員室の真上、階段を挟んで四組の隣にある例の屋根のないスペースで安賀多タモツはキヤノンの小さくとも高性能のビデオカメラで御崎ミヤビの魔性な表情を狙っていた。

 彼女は黒いローブを纏い、肩にカラスを乗せている。顔を構成するパーツを際だたせる化粧をしたミヤビは、完璧な魔女だと丈旗ケンに認識させた。彼女は座りフェンスにもたれ、紅色の唇を上下させる。「なんだ? それは恋か? わがままを言うんじゃないよ、君が欲しいものって何? 心の平穏かい? 違うだろ? ほら、空ではためく我らが国家の旗を見よ、風に揺れているな、それが旗だからだ、旗は風を虐げ、その紋様を主張するのだ、恋とは風だ、女とは旗だ、女とは恋をして自らを主張する生物だ、あの旗のように揺らぎとざわめきに揉まれながら女はヒステリックに自己を表現するものだ、平穏などそこにはない、あるものは戦争さ、苛烈な現実さ、そこから逃げるのは自由さ、平穏を求めるのも女の本能、しかしそれでは君のサインは誰も見てくれないよ、それはまるで死ぬことだと私は強く思うんだけれど、どう思う? もう逃げられないところにいるのでろう?」

 安賀多のカメラはミヤビの前に立ち、五指を胸元で組んでいる斑鳩イオに向けられる。「僕、でも、体は男の子だから」

「……え?」ミヤビはコミカルな表情をして、怒った風に言う。「男のことなんて知らないわよっ、女みたいな格好して、……って、え、本当に、オカマなの?」

「そうなんです、」斑鳩はとても可愛らしい表情を作って言った。「僕、オカマなんです、だから魔女様がおっしゃること、よく分からないんです」

 ミヤビのポカンとした表情を映像に納めて、安賀多は叫ぶ。「カッァァァァァトォ!」

 カメラの電源を切り、安賀多は丈旗にカメラを渡し、手を叩いてミヤビに近づく。「いやぁ、素晴らしい演技でしたよ、御崎さん」

「きっと濃いメイクのおかげね」ミヤビは朗らかに笑って言う。

「いやぁ、そんな、御崎さんの実力ですよ、メイクの力じゃありませんよ、メイクなんてしなくたって、御崎さんは十分に魔女です」

「それ誉めてるわけ?」ミヤビは口を尖らせて安賀多を睨むように見た。

「誉めてますよっ、」安賀多の眼鏡の位置はまたズレている。「誉めてますよっ」

「ほんとっ、僕もうっとりしちゃったなぁ、」斑鳩は安賀多を横に押しやりミヤビの前に立つ。「きっとこの世界に魔女がいたら、御崎さんみたいな人なんだろうなぁ」

 ミヤビは上機嫌な表情を見せてから、肩に乗るカラスに触る。

 カラスは嫌がるように羽根を広げた。

「あ、もぉ、こらぁ、」ミヤビは愛おしいという目をそのカラスに向けている。「ルナってばぁ」

 カラスの名前はルナ。キネマのために捕まえて懐かせたの、今では空の下に立てばルナは私のところに飛んでくるわ、と自慢げに丈旗に語った。カラスって懐く生き物だったんだと丈旗はそのとき思った。指先をルナの嘴とキスさせて、目を大きくしてじっとルナの瞳を見つめるミヤビは被写体として最高だと丈旗は思った。

「こらぁ、ケン、」レンズを通して見えるミヤビの目は、こっちを睨んでいた。「勝手に撮るなよなっ!」

 丈旗は観念して電源を切った。きちんと録画はしておいたので、未来の楽しみが増えた。「よし、後は、安賀多と斑鳩のキスシーンだけだな」

「そうね、」ミヤビは立ち上がりお尻をはたいて言う。「あとはタモツとイオのキスシーンだけね」

 撮影は順調に進んでいた。UFO倶楽部の加藤、心霊研究会の埴谷、文芸部の斎宮という怪しい三人の協力もあって、ミヤビが望むアヴァンギャルドな演出を混じえ、迫力のある映像も撮ることが出来た。残るは、二人のキス・シーンだけだった。

 安賀多は顔を歪ませて言う「……御崎さん、やっぱり、せねばいかんのでしょうか?」

「なぁに?」ミヤビは不機嫌な目をわざとらしく作って、安賀多の心臓を右の拳で押した。「まだそんなこと言うの、いい加減腹くくりなさいよ、男だろ」

「いや、相手が男だから困るんですって」

「そういうこと言ってんじゃないのっ、」ミヤビは指先を回しながら言う。「男にキスくらいなんなのさ、ほらイオを見てみなよ、毅然としてるよ、キスに向けて毅然としているよ」

 安賀多は斑鳩に視線を向ける。

 斑鳩は小さく息を吐き、決意した目で言う。「もうさ、いい加減に腹括ろうよ、御崎さんがそうしろって言ってるんだから、僕たちの、その、キス・シーンを撮りたいって言ってるんだから、そうしなきゃいけないよ」

「いいこと言うね、」ミヤビはニコニコする。「そう、私がそうしろって言ってるんだから、そうしなきゃいけないよ」

「そうしなきゃいけないな」丈旗は頷いた。

「ぐぬぬ、」安賀多は呻いた。そしてなぜか丈旗を睨み、肩を掴んだ。「ああ、もうっ、ああ、もうっ、ああ、もうっ!」

「なんだ、怒っているのか?」丈旗は冷静に聞く。

「怒ってない、」安賀多は怒鳴った。ズレていた眼鏡がコンクリートの地面に落ちる。「怒ってないが、怒ってはいないが、怒っていないんだよぉ!」

「お前の精神状態はよく分からないが、とにかく、なんだ、ごめん」

 丈旗はそれから謝り続けた。すると、安賀多は落ち着きを取り戻し、コクっと頷き、下を向いたまま言った。「分かったよ、分かりましたよ、御崎さん、やりますよ、俺、斑鳩とキスしますよっ!」

 丈旗が謝ったことで安賀多の精神状態がどのように変化したのかはさっぱり分からなかったが、安賀多は確かにそう返事をした。

 斑鳩は感情の読めない表情で、まるで女子のように唇に手を当てている。斑鳩のせいsん状態も謎だ。

「あはは」ミヤビは珍しく雲のない空を見て、高い声で笑った。

 嬉しがっているのは、現実に男同士のキスを見ることが出来るからだろうか。

 カラスのルナもミヤビに同調するように鳴く。

 遠くに見える太陽の位置は低く、その色は赤い。

 もう、黄昏と言うべき時間だ。



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