<番外編> ナテル
話のテンポを優先して、本編では省いたワンシーンです。
ナテルくんの胃はこうして荒れました。
……なぜこうなった。
ナテルは目の前の光景を見ながらこっそり胃の上を押さえる。
昨日の収穫祭で色々巻き込まれたリッセを労うために庭園でのお茶へ誘った。
そして、同じく昨夜散々な扱われ方をしたガルニアの姫、アディールをも誘ってみたのだ。
国に帰る前に是非一度お茶でもご一緒に、と。
なるべく気持ちを穏やかにして帰ってもらうために、だ。
その結果。
「ガルニアでは随分と女性の進出がお盛んですわね。まさか王女が肌も露な格好で旅芸人と登場なさって芸を披露するなど、我がエーゼルでは考えられないことですわ。女性が自由に活躍できるのは、羨ましいですわね」
「あら、お褒め頂かなくて結構ですのよ?エーゼルではまだまだ女性の身分が低いんですのね?そんなぴっちりと襟をおつめになって。まるで修道女ですわ。不自由ですのね」
キリキリキリキリキリ。
なぜ面識の無い二人が、水面下でボディブローをしあうような会話を続けているのだろう。
初対面同士で仲良く、とまではいかなかったとしても、こんな顔の表面上だけ笑って、扇で口元を互いに隠し、オホホ、ウフフといいながら、あのような言葉の応酬を続けている。
その理由がわからない。
「胸元をそこまで露になさっては、夜の街に立つ女性のようではしたないと幼きころから躾けられていますもの。確かに窮屈ではありますが、品位を保つには丁度いいのですわ」
「おほほほ、たかが公爵家の幼きご令嬢が品位など…。覚えたての難しい言葉を使いたいのですわね?うふふ、可愛らしくて微笑ましいですわね」
「まぁ、お褒め頂いてありがとうございます。私もアディール様のそのお姿、夜のランプにたかる蛾みたいに美しくて、とても羨ましいんですのよ?アコガレマスワー」
「おほほ、お恥ずかしい限りですわ。でも、こちらのではスレンダーなお体の女性が人気みたいですものね?わたくしったら胸ばかり大きくて少しがっかりしてますの。リーセッテ様のようなスタイルなら着る服を選びませんもの。素敵な紳士服をも着れそうですわ」
「いえいえ、胸もお尻も大きくって、その妖艶なスタイルは憧れですのよ?その…、すこぅしウエストがお太いみたいですけど」
キリキリキリキリキリキリキリキリキリキリ。
「あー…お茶のお替りはどうでしょうか?」
無理やり話に割り込むようにしてポットを目の前に差し出す。
そのナテルの発言にハッとしたように2人は笑顔で取り繕う。
「まぁ、ナテル殿下。手ずから入れてくださるなんて光栄ですわ」
アディールが大輪のバラのように艶やかに笑った。
そして何故かその手はポットを持つナテルの手に重ねられる。
「殿下、わたくしも殿下にお茶を注がせてくださいまし?」
首を少しだけ傾げて、上目遣いで見つめられ、ナテルは絶句する。
どう考えてもアディールの行動が理解できないのである。
やはり昨日の宴で王弟のお披露目があったせいだろうか。
ルーデンスがダメなら王弟で…という思惑なのかもしれないとナテルは気を引き締める。
自分が王弟である以上、いずれは政略結婚をせねばならなくなるかもしれないのは理解している。
だから諸外国の王族と仲良くしておくことには越したことは無いのだが、度を過ぎるのもいけないのである。
決してルーデンスの望む外交のあり方を邪魔するような付き合いはしてはいけないのだ。
「いいえ、アディール姫は国賓でございますから。私がおもてなしさせていただくのが当然です」
やんわりと断って、その手を優しく外す。
するとアディールはいたく傷ついたような瞳を一瞬させた後、ニッコリと笑って「では、お言葉に甘えまして」と言った。
何か対応を間違えたのだろうかとナテルは一瞬不安に駆られる。
そんな戸惑いの中にあったとき、そこへ随分とさっぱりした顔のルーデンスが顔を見せた。
「おや、お茶をお楽しみですか。私もご一緒させていただいても?」
昨日とは打って変わってにこやかなルーデンスが不気味といえば不気味だ。
そしてここに居るのは、そのルーデンスに酷い扱いを受けた2人の女性である。
再びナテルの胃が切りきりきりと痛み出す。
「まぁ、陛下。昨日は手厚いご歓迎ありがとうございますわ」
いきなり姫のジャブである。
このままでは胃に穴が開くかもしれない。
「いえいえ。姫の余興も王子の余興も、大変楽しませていただきましたよ」
サラリとフックで返す。
胃の上をそっと押さえる。
痛い。痛い。痛い。
「おほほ、随分ナテル殿下を大事になさっておいでですわね?昨日はわたくし妬けてしまいましてよ?」
「いやいや、姫こそ随分我が弟にご執心なようで。元婚約者殿の心が離れていくのが悲しいばかりですよ」
「うふふ、いやですわ陛下。元婚約者などと。まだ正式には破談になっておりませんのよ?」
「いやはや、これは一本取られましたね。そうですね、お国元に帰られるまでは未だ婚約者殿でしたね」
「うふふ」
「あはは」
目の前で繰り広げられる茶番に脂汗をかいて堪えるしかない。
ルーデンスの相手がまだ王子の方であったなら、もっとスカッとする言い合いになるのだろうが、何分王子よりも弁が立つアディールが相手だと、上っ面にこやかの殴り合いが延々と続くようだ。
ふとリッセの方をみて見ると、リッセも苦笑いをしている。
リッセはナナエとルーデンスが一緒になることをナテルと同じように望んでいた言わば同志だ。
ナテルはルーデンス寄りで、リッセはナナエ寄りではあったが、2人が上手く行ってくれるといいと思っていたのは確かだったから、今回の結果には酷く肩を落とした。
もしかしたらルーデンス本人よりもがっかりしていたかも知れない。
「お姉様は、明日旅立たれるそうですわね?」
水面下での殴り合いを続ける2人を見ないようにして、リッセは少し寂しそうに言った。
ナナエが妹のように可愛がっていたのだから、一人っ子のリッセには本当のお姉さんが出来たような気持ちだったのかもしれない。
「ええ。オラグーンの方々と」
「お姉様は、オラグーンの正妃になられるのかしら?」
「さぁ……それはどうでしょう?」
オラグーンの王子がナナエに好意を持っているのはありありと分かったが、肝心のナナエのほうの気持ちは杳として知れない。
むしろ、使用人との間の方が疑わしい。
「執事というあの男性の方が親しそうでしたけど……」
「ああ、お姉様を迎えにいらした?…身分違いの恋も素敵ですわね」
そう言ってリッセは可愛らしく笑った。
その素敵の前提が自国の国王の失恋な訳だが、それはすっかり忘却の彼方らしい。
まぁ、ルーデンス自身は振られたとか全く思っていないわけだし、ナナエ自身も完全に振ったわけではないから、まだ挽回の余地はあ…るのだろうか?
「ナテル様はどこにも行かないで下さいましね?」
リッセが首を少しだけ傾げて寂しそうに笑う。
ナテルがナナエと同じように突然去っていくのを恐れているようだった。
今よりもリッセがずっと幼いころから、それこそ彼女が生まれたときからナテルはその成長を見て来た。
リッセにとってナテルは兄のようなものなのだろう。
初めて会ったのはナテルが13の時だった。
生まれたばかりのリッセは本当に小さく、か弱く、とても生きながらえるようには思えなかった。
たった一人の娘を、ゲインはそれはもう大事に育てていた。
何かあればナテルの母であるジーナのところへ赴き、助言を求めていた。
ゲインの妻は病気がちで、リッセを産んですぐに他界してしまっていたこともあって、ゲインが任務で遠征に行ったときなどはジーナが母代わりに育てたのだ。
そうやってリッセとナテルは本当の家族のように育ったし、ナテルからしてもリッセは可愛い妹に他ならない。
リッセは今年で12になる。
社交界への正式デビューも間近に控えている。
これだけ美しく可憐に育ったのだから、きっと誰からも愛されるだろう。
13にもなれば婚約が決まる令嬢もちらほら出てくる時期だ。
そう考えるとリッセと共に居られる時期はもう余り無いのかもしれない。
「心配しないで下さい。リッセ様が伴侶を迎えるまでどこにも行きはしませんよ」
安心させるようにナテルが笑うと、リッセは少しだけ悲しげな複雑な表情を浮かべた。
その理由が分からなかったが、なるべくその時期が遅くなればいいなとナテルは考えていた。
相当なシスコンだなと思いつつも、やはり自分の元から誰かが去っていくのは寂しいものなのだ。
それが近ければ近い存在であるほど、だ。
「では、わたくしが伴侶を見つけられなかったら、ずっと一緒に居てくださいますか?」
苦笑しながらリッセは言う。
確かに、ゲインのあの可愛がり様だと婚期を完全に逃してしまう可能性も捨てきれない。
それを思い出すとナテルも苦笑せざるを得ない。
「いいですよ。リッセ様の伴侶が見つかるまでいつまでも」
ナテルがそう応えると、リッセは小さな花がほころぶ様に可憐に笑った。
この丁度2週間後。
政務の書類に釣書を混ぜたゲインがルーデンスに怒られたり、そのままルーデンスが家出ならぬ城出をしてしまったり。
それを前後してガルニアから正式に王弟ナテルへのアディールとの婚姻を求める親書が届いたりするのだが、それはまた別のお話。
たまにこうして、『それでも私はニートになりたい。』と『それでも私はニートになりたい。 履歴書2枚目。』の間の話を番外編と銘打って更新していくかと思います。
お暇なときにお付き合いくださいませ。
また、ルーデンス編の続編にあたります『それでも私はニートになりたい。 履歴書2枚目。』が更新中ですので、あわせてよろしくお願い致します。
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