第12話 - 王子を狙う刺客
翌日も森の探索は続く。ノクスは予定も正解も知らないが、周りの会話を聞く限り、あまり進みはよくないようだ。ぬかるみに足を取られたり、枝を落とさないと進めない道があったりせいで、単純に歩みが遅い。
しかし、エリックが焦る様子はない。目標地点にたどり着かなくとも、予定の日数を終えたら引き返すらしい。食料が尽きてしまうからだろう。
(……しっかりしている)
ノクスはエリックの背中を見ながらそう思う。ノクスが聞いていた噂では、二人の王子の能力はフレデリックの方が上だと言われていた。だが実際のエリックは、フレデリックと同じくらい淀みなく指示を出している。そして、その指示は外れていない。むしろ、私生活ならエリックの方がちゃんとしている。
再び木々の通せん坊をくらい、一同は足を止めて先頭が枝を切るのを待つ。息をつくエリックは、少し疲れてきているようだ。次の野営地では体を揉みほぐすように提案しようとノクスは思う。
そのとき、小さく空気が揺れるのをノクスは感じる。耳を澄ますと、枝を切る音の中に人間の足音が混じっている。
(一人か。近づいてきている。狙いは……)
気配から感じるわずかな視線は、予想どおりの人物を見ている。ノクスは腰から素早くナイフを抜いた。
次の瞬間、木々の隙間から黒服の男が飛び出してくる。男の右手には、液体が塗られたナイフが握られていた。
男の足はまっすぐにエリックの方へ向かう。その動きは速く、明らかに素人ではない。そしてナイフが振り下ろされる瞬間――ノクスは二人の間に割って入った。
「!?」
驚いた男が一瞬動きを止める。その隙に、ノクスは男の手からナイフを弾く。そのナイフは周囲がことを理解するより早く、近くの木に突き刺さる。
男は飛び出した勢いを殺せないようで、ノクスにぶつかりそうになる。ノクスはその勢いを利用して、男の腹に膝蹴りを入れた。
「ぐはっ……!」
男がノクスの脚の上に倒れこむ。ノクスがその脚を引くと、男は地面にしゃがみこみ、胃の中のものを吐き出した。どうやらみぞおちに入ったようだ。
ようやく理解した一同が、怯えながら男から離れる。ノクスは男の腕を掴んで背後に立ち、ポーチから紐を取り出して両腕を縛った。
(『刺客は生け捕りにして情報を吐かせる』……)
ノクスはずいぶん昔にクレメンスから教わったことを思い出す。護衛任務の実践は今回が初めてだが、座学の記憶はまだ残っている。
(気絶させたほうが運びやすいか? いや、歩かせたほうが……)
ノクスが考えていると、冷静な顔のエリックが男の間合いぎりぎりのところまで近づいてくる。
「どこの刺客だ? わかるか、エクセクトレス」
「いいえ。素人ではありませんが、暗殺を専門としているわけでもなさそうです」
「そんなことわかるのか?」
「はい」
男はたしかに戦い慣れている。しかし暗殺者にしては手数が少なすぎる。攻撃も単調だ。
ノクスは木に刺さったナイフを抜く。刃に塗られているのは明らかに毒だ。だが塗り方にムラがあり、毒に怯えながら頑張って塗った感じが出ている。
エリックは感心した様子で腕を組む。
「非武装派の貴族の刺客か?」
「わかりかねます」
「まあ、そうだよな。おいお前、誰の命令だ?」
エリックは男の顔を見下ろす。当然、男は沈黙を貫いている。
「……まあ、答えるわけないよな。いいよ。帰ってゆっくり聞かせてもらうから」
エリックはくるりと身を翻し、一同に体を向ける。
「調査はここまでだ。帰還する! 全員準備を!」
「「はっ!」」
想定外の事態にもかかわらず、一同は迅速に帰還の準備を始める。エリックは再び一同に背中を向け、男の腕を掴んだままのノクスを見る。
「そいつはお前に任せる。捕らえたままオレの護衛もできるんだろ?」
「はい」
平然と答えたノクスに、エリックも当然のようにうなずく。……が、次の瞬間、エリックは突然吹き出した。
「っははは!!」
ノクスは思わずぽかんとする。エリックの反応は刺客の行動より不可解だ。
エリックは男から距離をとりつつ、ノクスの肩をぽんぽんと叩く。
「いやー、エクセクトレスはすごいって聞いてたけど、本当にすごいな! 気づいたときには全部終わってた! あー、驚いた」
(殿下の反応の方が驚くが……)
「……お褒めいただき、光栄です」
ノクスは小さく会釈をする。エリックは何がそんなに面白かったのか、目に涙を溜めている。
「エクセクトレスって、話しか聞いたことなくてさ。母上と兄上は指示を出すことがあるだろうけど、王位を継がないオレには関係ないだろ? だから今まであんまり興味も持たなかったんだけど……いや、すごいな! 想像以上だ! これは狙われたら生き残れないわ」
「王子を狙うことはさすがに……」
「ないといいなって、オレも思ってるよ」
エリックはようやく笑いが引いてきたようで、ふぅと息をつく。
「なあ、お前、名前は」
「…………あ、俺ですか」
「誰だと思ったんだよ」
「刺客かと……」
「答えないだろ」
エリックに名前を聞かれることはないとノクスは思っていた。エリックが興味を持ったのはエクセクトレスであって、ノクスではないからだ。
意外に思いながらノクスは口を開く。
「ノクスです」
「ノクスな。普段は本部にいるのか?」
「いいえ。東の町に……」
「そっかー。じゃあ本部に行ってもいないのか」
エリックはつまらなそうに頭の後ろで手を組む。ノクスには質問の意図がわからず、頭の上に大量の「?」が浮かぶ。
「本部にいた方がよかったでしょうか」
「その方が会いに行きやすいってだけ」
「ご依頼なら本部に言っていただければ……」
「そういうことじゃない」
(どういうことだ……?)
ノクスにはますますわからない。ただなんとなく、エリックの楽しそうな様子だけが伝わってきた。
帰還準備が整い、一同が歩き出す。その間も、ノクスはエリックの質問攻めに遭う。
「ノクスって何歳?」
「十七です」
「一個上か。仕事以外は何してるんだ? 趣味は?」
「趣味は特に……」
「これやってると楽しー! ってことないのか?」
「しいて言うなら、武器を研ぐことでしょうか」
「自分で研いでるのか! すごいな!」
そのまま王都に帰るまでの丸一日以上、エリックの質問は止まらなかった。




