第二章 『上演——令嬢たちの記録』
事件から二年。王都の大劇場『黄金薔薇座』は、連日満員御礼だった。
看板には大きくこう書かれている。
『大好評公演中! 史実超大作ミュージカル 「男爵令嬢暴走劇〜王立学院大騒動と五人のお漏らし令嬢〜」』
アイリス・フォン・ローゼンフェルトは、今夜も重い足取りで劇場の特別貴賓席へと向かっていた。
隣にはノエル、クラリーチェ、エルザ、そしてミレイユ。
五人とも、かつての呪いや後遺症を完全に克服し、今は上質な絹の下着と仕立ての良いドレスを身に着けた、誰もが認める美しい「大人の淑女」だ。
惨めな失禁など完全に過去の事だ。
自信に満ちた立ち居振る舞い。
艶やかな髪。
引き締まった腰。
そして、しっかりと自己を保てる下半身。
……なのに。
「……また、満員ね」
ノエルが小さく呟く。
「チケットが手に入らないって、平民の間でも奪い合いだそうよ」
クラリーチェが眼鏡の位置を直しながら答える。
声が少し硬い。
エルザはすでに耳まで赤い。
「わ、私たち……また見に来ちゃったんですね……」
ミレイユは黙って扇子で口元を隠していた。
二年前の自分を、最も醜く描かれる立場だ。
貴賓席は舞台が最もよく見える位置にあり、しかも観客からは少し見えにくいよう配慮されている。
だが、五人にはそれが逆に拷問だった。
逃げ場がない。
やがて照明が落ち、幕が開く。
——第一幕から、容赦がなかった。
舞台は王立学院の中庭。美しい衣装を纏った五人の若手女優が、かつての彼女たちを演じている。
特にアイリス役の女優は、本物に瓜二つの銀髪に蒼い瞳を持ち、観客からどよめきが起きた。
そして、例の「夜会の失禁シーン」が始まる。
ミュージカルは音楽に乗せて、過剰なまでに「恥」を強調していた。
アイリス役がミレイユ役の魔眼に捉えられる。女優は完璧な動きで膝を震えさせ、太ももを寄せ、顔を真っ赤にして必死に堪える演技を見せた。
しかし——
「あっ……やだ……出ちゃう……!」
高い声とともに、特製の舞台装置が作動する。
ドレスの裾から、大量の透明な液体が勢いよく溢れ出し、床に広がる音が劇場内に鮮明に響き渡った。
水の音を強調する効果音。
濡れて張り付く布地の質感を出す特殊な衣装。
女優は足をすくめ、涙目で自分の股間を押さえながら、その場にへたり込む。
「ひっ……あぅっ……止まらない……貴族の私が……こんな……みんなの前で……!」
観客席からどっと笑いと歓声、そして何人もの男性が喉を鳴らすような低い吐息が漏れた。
本物のアイリスは、扇子を握りつぶさんばかりの力で堪えていた。
耳まで灼けるように熱い。
隣でノエルが
「……やりすぎよ、あれ……あんなに派手に描かなくていいでしょう……」
と囁く
。だが舞台は止まらない。
続けてノエル役がやられる。
活発な少女を体現した女優が、ミレイユ役の女優に睨まれてそれと同時に
「びしゃっ」
という大音とともに失禁。黄色い染みがスカートに広がり、女優は泣きながら
「やだやだやだぁぁ! 見ないでぇぇ!」
と足をばたつかせる。液体は太ももを伝って靴の中にまで流れ込み、歩くたびに「ちゃぷちゃぷ」と音を立てる演出だ。
クラリーチェ役は知的な令嬢らしく、最初は冷静を装う。
しかし魔眼の衝撃に耐えきれず、書庫の光景を再現したセットの中で、ゆっくりと、 プライドと自分の意志に反して漏らしていく。
椅子に座ったまま、最初は小さな染み。
それが徐々に大きくなり、ぽたぽたと床に滴り落ちる。女優は顔を双手で覆い、
「こんな……私の計算では……こんなはずでは……あぁっ、また出て……!」
と、理性的な声を惨めにも崩していく。
観客の一部が「おおっ」と感嘆の声を上げた。
エルザ役は最も残酷に描かれた。
無垢で慈愛に満ちた心優しい巨乳の令嬢を強調され、恐怖で完全に崩壊する。
立ったまま大量に噴き出し、床に大きな水溜まりを作り、失敗を感じさせる自身の感覚でさらに泣き崩れるシーン。
衣装がびしょ濡れになって胸の形を強調し、女優は脚を閉じきれずに
「ごめんなさい……本当にごめんなさい……お漏らしなんて……もう大人なのにぃ……!」
と繰り返す。特製の液体は光を反射してキラキラと輝き、観客の視線を釘付けにした。
そしてミレイユ役。
かつての加害者が、力の逆流で自ら失禁するクライマックス。
幼少期のコンプレックスをフラッシュバックさせながら、舞台中央で激しく、みっともなく漏らす。
女優はプライドの高い表情を崩壊させ、床に膝をついて自分の尿の中に座り込み、
「嫌ぁぁ! また……またおねしょの時みたいに……止められない……!」
と絶叫する。
大量の液体がドレスを重く染め、彼女の美しい顔を涙と羞恥でぐちゃぐちゃにしていく。
五人分の失禁シーンは、どれもが舞台の象徴的な演出と構成で、しかもそれぞれが「長め」に、音と視覚を最大限に強調して描かれた。
単なる「漏らした」ではない。
堪えて、限界で、噴き出して、止まらなくて、羞恥でさらに緩んで、周囲に見られて、自分で触ってしまって——という、執拗なまでの描写のオンパレードだ。
ミュージカルナンバーまで挿入され、濡れながら踊るような振り付けすらあった。
貴賓席の五人は、ほとんど顔を上げていられなかった。
アイリスは腿をきつく閉じ、自分の今は完全に制御できているはずの身体が、まるで共鳴するかのように熱くなるのを感じていた。
ノエルは拳を握りしめ、
「……ひどい。あんなに……私たち、あんな顔してたわけない……」
と震え声。
クラリーチェは眼鏡の奥で目を逸らしたまま、
「史実の三倍は誇張されています……特に量と持続時間が……」
と分析めいた言葉で自分を守ろうとする。
エルザはすでにハンカチで顔を覆い、小さく肩を震わせていた。
「ぅぅ……見ないで……今の私たちを見ないで……」
ミレイユは扇子で顔を完全に隠したまま、微かに肩を上下させているだけだった。
周囲の観客の反応が、さらに彼女たちを追い詰める。
「やっぱりこのシーンが一番いいよな」
「五人とも美人なのに、あんなにみっともなく漏らすところがたまらん」
「本物のお漏らし令嬢たちも、今ごろどこかで見てるのかね。まだ時々漏らしちまうのかな」
「いや、治ったって話だぜ。でも一度ああなったら、男としてはずっとああいうイメージだよな」
「むしろ治った今の方がいい。上品な顔して高級下着履いてるのに、頭の中ではまだあの時のびしょ濡れを覚えてるって思うと……」
卑猥な囁きと笑い声が、貴賓席にも十分に内容が分かるように届く。
誰かが「ベッドウェッティング・レディース」と綽名を呼び、周囲が笑い合った。
アイリスは深く息を吸い、吐き出した。
羞恥で耳鳴りがする。
二年前の、本当にあの時の感覚が蘇りそうになる。
熱い液体が溢れ出す恐怖。
周囲の視線。
自分の尊厳が音を立てて崩れる感覚。
今はもう、そんなことは起きない。
身体は健康だ。
下着は乾燥している。
なのに——心が、激しく濡れていくようだった。
舞台はまだ続く。
後半では「後遺症編」まで描かれ、彼女たちがダイパーを常用する日々や、夜中におねしょをしてしまう弱々しい姿まで、歌と踊りで再現された。
観客は大喜びだ。
拍手と「ブラボー!」が飛ぶ。
終演後、五人はほぼ無言で劇場を後にした。
劇場の近くにある喫茶店で、ようやく顔を上げる。
アイリスの頬は、まだ赤い。
「……ひどいものね」
誰に言うともなく、彼女が呟いた。
「あんなに……集中的に……私たちの一番醜いところだけを、何度も何度も……」
ノエルが力なく笑う。
「観客、ああいうの好きな人多すぎ……。特にあの、びしゃびしゃ音立てるやつ」 「量も持続時間も、明らかに娯楽用に盛ってあります」
とクラリーチェ。だが声に力がなかった。
「……でも、データとして見れば、あの描写がチケット売上の七割を支えている計算になります」
エルザは目を潤ませたまま、
「私たち……ずっと『お漏らし令嬢』なんだ……。どんなに綺麗な下着履いても、どんなに堂々としていても……」
沈黙。
ミレイユが、ぽつりと口を開いた。
「……私の幼少期の部分まで、ああやって使われるとは思わなかった。一番見られたくないところを、一番大きく」
アイリスは天井を仰いだ。
羞恥は、二年経っても色褪せない。
むしろ、美しく成長した今だからこそ、過去の惨めさが際立って突き刺さる。
自分たちの失禁する姿が、国中の娯楽になり、殿方たちの特殊な嗜好を刺激し、笑いものにされている。
それが事実だ。
でも——。
アイリスはゆっくりと息を整え、皆を見渡した。
「……まあ」
短く言い、少し自嘲気味に唇を緩める。
「喜ばれるなら……いいんじゃないかしら」
四人の視線が集まる。
「あんなに大勢が、私たちの失敗を見て『二度とああなりたくない』『ああいう目に遭うくらいなら強くなろう』と思ってくれるなら。あるいは……ただの娯楽として消化して、恐怖を薄めてくれるなら」
アイリスは自分の腹に手を当てる。今は完全に自立できている、乾いた、誇れる身体に。
「私たちが一生『お漏らし令嬢』と呼ばれる代償にしては、悪くないのかもしれない。悲劇を、笑いに変えてくれたんだもの」
ノエルも軽く笑う。
「……諦めが早いわね、院長」
「諦めじゃないわ。受容よ」
アイリスは微笑む。
「恥ずかしい? もちろん、死ぬほど。今も足の奥が熱いわ。でも……もう、あの時みたいに逃げたり、隠れたりはしない。私たちが恥ずかしくて顔をしかめている姿を見せること自体が、ある種の『生きた教訓』になるもの」
クラリーチェが小さく息を吐く。
「……論理的、ですね。感情的には承服しがたいですが」
エルザが濡れた瞳のまま、こくりと頷いた。
「……はい。喜んでくれる人がいるなら……私たち、もう一度くらい、笑われてもいいです」
ミレイユは扇子を閉じ、静かに言った。
「……皮肉なものね。私が一番恐れていた『漏らしているところを見られる』が、今や国を挙げての人気コンテンツだなんて。でも……あなたがそう言うなら。まあ、喜ばれるなら、許すわ。少しだけ」
五人は顔を見合わせ、そして、羞恥に塗れながらも、微かに笑った。
外では舞台の成功を祝う人々の声がする。誰かが口ずさんでいるのは、劇中で流れた「お漏らし令嬢の歌」だ。
アイリスは窓の外を見やり、静かに誓うように呟いた。
「……次に誰かが魔眼や恐怖に晒されたとしても。私たちは、もう、あんなに無様には漏らさない。綺麗な下着のまま、立ったまま、耐え抜いてみせる。それが、今の私たちの——大人の令嬢としての、答えだから」
部屋の中に、短い沈黙と、確かな連帯が落ちた。
羞恥は消えない。
失敗の過去も消えない。
でも、彼女たちはもう、それを力に変える術を知っていた。
——そして今夜もまた、王都のどこかで、五人の美しい「お漏らし令嬢」の物語が、盛大な水音とともに上演され続けるのだった。
そして翌年。魔法の発展から新たな文化。
魔導映像動画。通称映画という文化が生まれる。
そしてその映画文化を第一弾として王都で作られたのは彼女たちの物語
タイトルは
「婚約破棄令嬢羞恥地獄!聖女VS魔眼の決闘」というものだった。
映画文化を世界に定着されるために制作されたその映画はアクションや人間ドラマはもちろんだがアイリス達の恥ずかしい瞬間を大画面で映像という形で再現することになる。
そしてそれは国内で空前の大ヒットとなり国境を越えて、海をも超えて全世界で上映され世界的大ヒットとなる。
そしてそれは当然アイリスたちの恥ずかしすぎる失敗の過去も全世界に知られることになりアイリスたちは舞台以上に恥ずかしい思いをすることになるのだがそれはまた別の話。
ただアイリスたちの物語は国を超え、時代を超えて愛され結果として彼女たちの生きた証は未来永劫語り継がれることになる。
もちろん『お漏らし令嬢』という名前付きなので本人達には苦い思いをすることになるのだがそれもまた御愛嬌だろう。




