mission1 いつもの朝(1)
頭空っぽにしてお読みください
2025/05/23 09:05
リディア国、王都──オリロアン。
大砂漠地帯の一角にオアシスとして広がる街並みは、まるで「アラジン」に登場するようなアラビアンナイトのような大都市。
遠目に見えるイスタンブールのような豪華な宮殿や、入り組むように複雑に立ち並んだ白い民家の建造物、他にも白の長いシャツワンピースのような「トーブ」を身に着けている人や、「アバーヤ」のような 白いローブに身を包んだ人も見かける。
どこまでが現地の人かは分からないが、竜人族や人間を含め、観光客も入り混じる多種多様な民族の人たちで、街はとても賑わっていた。
※
……え? あれ?
もしかして今までが全部夢の出来事だったんだろうか。
俺は異国じみた部屋──おっちゃんが俺に貸してくれた部屋──そのベッドでゆっくりと目を覚ました。
見覚えのある懐かしい部屋。
俺のこの世界での実家だ。
外は朝を迎えたらしく、カーテンから差し込む日差しや鳥の声、そして外の雑踏から聞こえてくる人々の挨拶を交わす声が聞こえてくる。
部屋を挟んだ隣のリビングでは、おっちゃんがもう起きて活動しているようだ。
台所からの物音と朝食の香ばしいパンとスープの良い匂いがそれを知らせてくる。
なんとも居心地の良い朝なんだろう。
とても平和で、実家のような安心感を覚える。
……。
俺は溜め息を吐いて右手を目前へと掲げて見つめる。
開いては握って。
握っては開いて。
それを数回、無言で繰り返す。
手を動かしているという感覚はある。
物も掴めるし、こうして手も動かせる。
見ている物全てが本物であると実感する。
……。
なんだかとても長い夢を見ていた気がする。
向こうの世界で過ごしてきた日常。
どちらの世界も本当で、どちらの世界でも生きているという実感がある。
ふと、軽くノックされる部屋のドア。
俺の返事を聞くことなくドアが開かれて、そこからおっちゃんが顔を覗かせる。
「いつまで寝ているつもりだ? 起きて朝食の準備を手伝え」
え……あ、うん。ごめん。もう起きるよ。
まだ夢心地のふわふわとした気分のまま、俺はおっちゃんにそうぽつりと言葉を返す。
何事もなく始まったこの世界での日常。
この世界でのいつもの俺の朝のルーティンだ。
ベッドから体を起こして、袖で眼の淵の乾いた涙のあとをごしごしと拭って。
おっちゃんがどこか少し心配してそうな顔つきで片手をお手上げし、俺の体調を気にしてくる。
「まだ具合が悪いなら無理に、とは言わないが」
なぁ、おっちゃん。
「なんだ?」
俺ってさ、ずっとこっちの世界に体があったのか? それともあれから消えていたのか?
おっちゃんが鼻で笑ってくる。
「ログアウトのことを言っているのか?」
……うん。
俺が素直にそう頷くと、おっちゃんが鼻で笑ってくる。
誤魔化してるわけでもなく、普通に。
「向こうの世界に戻りたい気持ちが、お前に夢を見せたんだろう。
残念だがお前の体はずっとそこにあった。
良い夢であることを願いたいものだが、お前の心が病んでいる内は良い夢を見るってのは難しいもんだ。
俺は昨夜からお前の呻き声で一睡もできなかった」
え……俺、そんなずっと呻いていたんだ……。
呟いて。
俺はベッドから起き上がって、両足を床へと下ろす。
自由に動かせる体。
体調もすごく良くて、声も思うように出して会話が出来る。
それが自然と出来ることがこんなにも楽なことなのだろうかと、俺は改めて自分の健康に感謝する。
その言葉におっちゃんが笑ってくる。
「俺が言うならまだしも健康に感謝はまだ早いだろうが。
お前も疲れていたんだろう。
心が落ち着けば、その内、向こうの世界での良い夢をきっと見られるさ」
……。
2026/05/23 11:23
2026/05/23 17:33
夢、だったんだろうか。
おっちゃんにそう言われたが、俺にはとても向こうの世界で過ごしてきた時間を夢という言葉で片付けることは出来なかった。
胸元に掛けていた筒型のペンダントを片掌をぎゅっと握りしめて、俺は内心で否定する。
夢で見たあの世界も、この世界も、俺にとっては現実なのだと。
おっちゃんが鼻で笑ってくる。
お手上げするように片手を払って、
「それはどう思おうとお前の勝手だ。お前がそう思うんならそうなんだろう。
ところで、朝食は食えるのか? 食えないのか? どっちなんだ?」
……。
俺は微笑しながらベッドから立ち上がり、ドアへと向けて歩き出す。
今日の朝食って何?
「パンと野菜スープだ。他に何を期待した?」
別に。
興味なさげに片手を払い、俺は言葉を続ける。
俺も手伝った方がいい?
途端に、おっちゃんの表情が不機嫌に曇る。
「だから、手伝えるなら手伝えっつってんだろうが。さっきから」
うん、分かった。手伝うよ。
俺はそう答えてドア付近に居たおっちゃんを邪魔そうに押し退けて、台所へと向かった。
※
小さな食卓を挟んで向かい合わせで。
俺とおっちゃんは椅子に座って朝食をいただく。
何事も無い静かな朝。
台所の開けた窓から聞こえてくる、賑やかで楽しそうな雑踏、そして街の人たちの声。
小さな子供がはしゃぎながらどこかへ駆け抜けていく音が窓から聞こえてくる。
街中に陽気に鳴り響く、音楽隊の異国情緒な曲。
どこかの広場で打ちあがる花火と祭囃子でも聞こえてきそうな──
なぁ、おっちゃん。
俺はぽつりとおっちゃんに問いかける。
おっちゃんもおっちゃんで、特に違和感もなく返事をしてくる。
「なんだ?」
なんか……平和じゃね?
今までのあの緊迫した街の様子はどこへやら。
俺が不思議にそう問うと、おっちゃんが微笑してくる。
やれやれとばかりに肩を上下に一度揺らして、
「戦争が阻止されたからな」
阻止……? いったい誰に?
おっちゃんが鼻で笑う。
窓の外へと目を向けて、誰にでもなく答える。
「さぁな」
……さぁな?
俺が顔を歪ませてそう問い返すと、おっちゃんがパンを口に頬張り咀嚼する。
……。
しばらく食べ終わるのを待ってから。
おっちゃんが答えてくる。
「お前が長い眠りから覚める前日くらいだったか。
知らないところで決着がついて全てが片付いた。
何がどうなってこうなったのかは宮殿内の誰かに聞いてみないと俺は知らん」
……。
俺は目を瞬かせる。
つまり……どういうこと?
その問いかけには答えず。
おっちゃんが真顔で席を立ち、そのまま黙って台所の窓辺へと向かう。
まるで外の様子を偵察するかのように。
「その事情を、俺とお前でこれから調べる。
朝食が済んだら黙って俺についてこい。
お前にこの世界でやってもらいたいことがある」
……。
俺は黙って野菜スープを一口飲む。
目覚めて早々、おっちゃんは俺をコキ使う気でいるようだ。
なんだか嫌な予感しかしなかった。
2026/05/23 18:29




