第8話:夜会の罠と、仁義なきダンス
華やかなシャンデリアの光が、会場を埋め尽くすドレスのビーズに反射してキラキラと揺れている。
俺――エレノアは、アステリア家に仕立ててもらったネイビーブルーのドレスの裾を少しだけ持ち上げながら、大広間の中央をゆっくりと進んだ。
隣には、正装した騎士団長セドリックがエスコートとして立っている。彼の灰色の瞳は常に周囲を警戒しており、背中を任せられる頼もしさがあった。
「エレノア嬢、やはり貴女はこのドレスが似合う。会場の視線を一身に集めているよ」
「目立つのも悪くねぇが、ネズミどもが寄ってくるなら話は別だぜ」
俺がそう言ってニヤリと笑うと、セドリックも小さく口元を緩めた。
その時、会場の空気がスッと冷たくなった。貴族たちの間をかき分けるように、数人の取り巻きを引き連れた第二王子・クロードと、その背後に立つ宰相派の侯爵が近づいてきたのだ。
「フン。落ちぶれたはずのローゼンバーグ家が、随分といい気になっているじゃないか。アステリア騎士団の力を借りたところで、身分違いの令嬢には変わりない」
クロードはワイングラスを傾けながら、わざとらしくため息をついた。
俺は立ち止まり、青い瞳で彼を射抜くような鋭い視線を送る。
「……身分、か。看板の大きさで威張ってるだけのあんたに、人の生き様を語る資格はねぇよ。ここは夜会だ。文句があるなら、表で決着をつけるか?」
「ふざけるな!」
クロードが怒りで声を荒げたその時だ。
宰相派の侯爵がにやりと笑い、大きな声で夜会の注目を集めた。
「皆様、お聞きください。我が国の貴重な魔法石の取引について、ローゼンバーグ家が不正に関与しているという報告が上がっております! さあ、エレノア嬢、こちらに用意した書類にサインを……」
侯爵が差し出してきたのは、ローゼンバーグ家の領地を第二王子派へ明け渡すという内容の権利譲渡書だった。これにサインすれば、我が家は完全に力を失う。
なるほど。この夜会で俺たちを公衆の面前で追い詰めるつもりだったらしい。三流以下の、陰湿極まりないやり口だ。
セドリックが前に出ようとしたが、俺は彼の腕をそっと押さえて制した。
「……下がっててくれ、セドリック。ここは俺がケリをつける」
俺は一歩前に出ると、差し出された書類をひったくり、その場でビリビリと細かく引き裂いた。白い紙吹雪が、会場の床にヒラヒラと舞い散る。
「な、なんだと! 王族の書類を破棄する気か!」
侯爵が青筋を立てて怒鳴り散らす。
俺はエレノアの華奢な指先を鳴らし、ドスの効いた低い声で言い放った。
「こんな筋の通らねぇ三文芝居、俺たちの世界じゃ通用しねぇんだよ。人を脅して領地を奪うなんて、ただの『恐喝』だろうが」
「お、恐喝だと……?」
会場中が水を打ったように静まり返った。
公爵令嬢の口から出た「カツアゲ」という単語の響きに、貴族たちは耳を疑っている。
「第一、あんたらのやってる裏工作の証拠は、とっくに公爵と騎士団の手の中にあるんだ。それを知らずに、この夜会で恥を晒しに来たってわけだろ? 喧嘩の売り方も知らねぇ奴らが、人の上に立つな」
俺はクロードと侯爵を冷たく見下ろした。
その凄まじい威圧感に、クロードは顔面蒼白になり、足元をふらつかせた。
「せ、セドリック! 君も黙っているのか! この女を逮捕しろ!」
クロードが叫ぶが、セドリックは一歩も動かず、堂々と俺の隣に立ち続けた。
「殿下、私はアステリア家の名にかけて、エレノア嬢を支持します。これ以上の不当な追及は、騎士団への挑戦とみなす」
セドリックの凛とした声が、会場全体に響き渡る。
俺はフッと笑みを浮かべ、二人に言い放った。
「あんたらには、高い落とし前をつけさせてもらうからな。覚悟しとけよ」




