第17話:東部の夜会と、仁義を通すための覚悟
応接室に張り詰めた沈黙が続く。
ルキウス侯爵は、目の前で引き裂かれるかもしれない裏の帳簿を睨みつけ、額から冷や汗を流していた。これまで王国東部で絶対的な権力を誇ってきた彼にとって、ローゼンバーグ家の小さな令嬢(中身は極道の若頭)にここまで追い詰められるなど、想像もしていなかったはずだ。
「さあ、どうする? 侯爵。今ここで我が公爵家とアステリア家にすべてを差し出すか、それともこの帳簿を持って王城の特務機関に直行するか」
俺――エレノアが青い瞳を細めて問い詰めると、侯爵は小さく歯ぎしりをした。
「……君は、第二王子殿下と対立するつもりか? 王族を敵に回せば、ローゼンバーグ家といえど無事では済まないぞ」
「クロードか? あのガキはとっくにシメてやったよ。自分の立場しか考えられねぇ三流のチンピラに、俺たちは屈しねぇ。看板を守るために仁義を通す……それだけだ」
侯爵は俺の華奢なドレス姿と、放たれるドスの利いた声のギャップに再び言葉を詰まらせた。
その時だ。応接室の扉が外から激しく叩かれ、侯爵の部下が慌てた様子で飛び込んってきた。
「こ、侯爵様! 大変です! アステリア騎士団の第二部隊が、この屋敷の周りを完全に包囲しました! さらに、王都からの特使が到着したとの報告が……!」
「な、なんだと! 特使だと!?」
侯爵の顔から完全に血の気が引いた。
俺はフッと不敵な笑みを浮かべる。
「……おい、侯爵。タイミングが良すぎると思わねぇか? あんたがゴネてる間に、セドリックがすべて王城へ根回しを済ませておいたんだよ」
俺の言葉通り、扉の向こうから堂々とした足音が響く。
入ってきたのは、騎士団長セドリックだ。彼の凛とした灰色の瞳が、応接室の空気を一変させる。
「ルキウス侯爵。貴殿のこれまでの不正、および王国東部の利権を独占しようとした陰謀について、すべての証拠が揃った。近衛兵とともに同行していただく」
セドリックの冷徹で力強い声に、侯爵は立ち上がることもできず、その場に崩れ落ちた。
「セドリック……お前たち、いつの間に……!」
「騎士団を率いるということは、部下と故郷を守り抜くことだ。貴殿のような甘い考えの権力者に、その責任は果たせない」
セドリックはそう言い放つと、私の隣に立ち、そっと私の細い手を握り締めた。手袋越しに伝わる彼の体温は、まるで「お前はもう一人じゃない」と語りかけているかのようだった。
「……エレノア。君のおかげだ。東部の街にも、ようやく本当の平穏が戻るよ」
「あんたのサポートのおかげだろうが。俺たちの仁義は、まだ終わってねぇけどな」
俺たちは並び立ち、侯爵を連れ出そうとする騎士たちを見送った。
第二王子派のネズミ駆除は、これにて東部領においても完全な勝利を収めたのだ。




