第1話:組の掟(ルール)は異世界でも変わらねぇ
「……兄貴、ここは俺が……!」
耳元で響く怒号と、生温い鉄の匂い。
極道組織『黒龍組』の若頭である俺――鬼島蓮は、腹部に走る鋭い痛みをこらえながら、背後で震える若い衆を庇った。
敵対組織による事務所への突然の襲撃。
鉛玉を数発食らったこの身体は、すでに限界を迎えようとしていた。薄れゆく意識の中、俺はドスの効いた声で、最後に組の掟を言い聞かせる。
「いいか、テメェら……。男が一度通すと決めた筋は、何があっても曲げるな。……俺がここで時間稼ぎをする。お前らは裏口から逃げろ」
「兄貴っ……!」
男の生き様とは、死に際で決まる。
俺はドスを取り出し、最後の力を振り絞って敵の群れへと突っ込んだ。
そして、世界が真っ白になった。
* * *
「……お目覚めですか、お嬢様」
瞼を開けると、視界に飛び込んできたのは天井の豪華なシャンデリアだった。
白いレースのカーテン越しに差し込む陽光は眩しく、まるで高級ホテルのような部屋だ。いや、それにしては装飾がクラシックすぎる。
俺は自分の身体を起こそうとした。
しかし、いつもと感覚が違う。重みがない。それどころか、両手がやけに華奢で、シルクの寝間着を通して触れる自分の胸が異常に柔らかい。
「……あ? なんだ、これ」
鏡台の前まで歩いてみると、そこに映っていたのは銀髪のウェーブヘアに、吸い込まれそうなほど大きな青い瞳を持つ美少女だった。
年の頃は16、7といったところか。うさぎのように儚げで、誰がどう見ても『箱入り娘』だ。
「……ふざけんな。俺はどこへ連れ込まれたんだ?」
混乱する俺の脳内に、次々とこの身体の持ち主の記憶が流れ込んでくる。
名前はエレノア・フォン・ローゼンバーグ。この国の大貴族であるローゼンバーグ公爵家の長女であり、第二王子との政略結婚を控えているが、気が弱く、周囲からいいように利用されているいわゆる『没落寸前の令嬢』という設定らしい。
記憶の最後には、婚約者である第二王子・クロードから「君のような退屈な女は、僕の隣にふさわしくない」と、冷たく言い捨てられる光景がこびりついていた。
「おいおい……。親の顔より見せられた、典型的すぎるお家騒動じゃねぇか」
俺は長い銀髪をかき上げ、深いため息をついた。
ヤクザの若頭として何十年も裏社会を生き抜いてきたこの魂は、お嬢様ごっこをするために転生したわけじゃない。
エレノアとしての細い腕や脚を見下ろしながら、俺は不敵な笑みを浮かべた。
「組のモンにゃ、筋を通せって教えたはずだが。……ローゼンバーグ家か。面白い。このエレノアの身体で、もう一度一から仁義を通し直してやるよ」
――こうして、元ヤクザの若頭による、異世界での規格外な公爵令嬢ライフが幕を開けた。
* * *
朝食の時間。
執事の老人が運んできたのは、冷めきったパンと、わずかな野菜くずが入ったスープだった。公爵令嬢に対する扱いとは思えない。
俺――エレノアは、その皿をじっと見つめた。
「……おい、爺さん。これが、この屋敷の『おもてなし』か?」
「は……? エレノア様、それはいつも通りでございますが……」
俺は冷たい目で執事を見据えた。ヤクザ時代に数々の敵対組織の連中を震え上がらせてきた、いわゆる『殺気』のようなものが自然と滲み出る。華奢な美少女の身体から放たれる異様な圧力に、執事はビクッと肩を跳ね上げた。
「俺はな、筋の通らないことは大嫌いなんだよ。この家に仕える人間が、主人であるはずの俺にこんな残飯を食わせる……。つまり、お前たち使用人が俺を軽く見ているか、あるいは屋敷の台所を取り仕切る輩が不正をしている、ってことだな?」
「そ、そんなことは……!」
「嘘をつく奴には、それなりの落とし前をつけさせる。……台所の責任者を、今すぐここへ呼べ」
俺が低い、底冷えするような声で言い放つと、執事は顔面蒼白になり、足早に食堂から逃げ出していった。
(……ふん。まずは手始めのネズミ駆除ってわけだ)
俺はフォークとナイフを上品かつ、正確に置き、紅茶を一口すする。
ファンタジーの世界だろうが、ヤクザの血は令嬢のドレスを染めない。俺は力ではなく、裏社会で培った『交渉力』と『圧倒的な度胸』で、この異世界を生き抜いてやる。
次の瞬間、扉が乱暴に開けられ、ドレスを着た傲慢そうな女性が息を切らせて入ってきた。継母の義理の姉である、この屋敷の権力を握っているとされる人物だった。
「エレノア! あなた、使用人をいじめたそうね!」
「あ? ああ、丁度いいところに現れたな」
俺は青い瞳を細め、フッと不敵な笑みを浮かべた。




