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田中さんがリモートに入り、午後は日吉田が田中さんの席に座るようになった。



「せんぱーい。しばらくお隣、宜しくお願いします!」


「うん。宜しく。今、急ぎの仕事は無いけど、分からない事や、困った事があったらすぐに教えて。田中さんとも繋いで、すぐに聞こうね」


「はーい、せんぱい!僕、なんでも聞いていいですかあ?」



そうやって仕事をしていると、日吉田は田中さんのフォローもしつつ、自分の仕事もドンドン進めていった。


普段は甘えん坊の日吉田だけど、仕事をしている時はテンポよくこなしている。


その中で、「お手伝い、ありますかあ?」と私の仕事の事まで聞いて来る。私はすぐに抜かれそうな気がして、苦笑いしてしまった。


なんだか、ひな鳥が巣立つ時ってこんな気持ちなのかな、とお母さんの様な気持ちになってしまう。それと同時に負けたくないとも。


まだ先輩として頼られたいし日吉田の前にいたい。


「頑張らないと」


私がポツリと呟くと、日吉田がきょとんとした顔でこちらを向いた。


「なんですかあ?」


「なんでもないよ」


そう言って少し笑いながらも負けないぞ、と思い、PC画面を確認した。



「じゃ、この資料、探しに行くんだけど、量が多いの。資料庫まで日吉田、手伝って貰える?」


「はーい。喜んでー」



居酒屋の注文の様な返事をし、ルンルンっと音が出そうな感じで、日吉田は私の横を歩く。


途中、瑠生さんの部署を通り掛かったが瑠生さんの頭しか見れなかった。

ロングヘアーの女の人と、PC画面を見ながら、何か一生懸命話している様だった。


「わー。鳥飼先輩の部署、人が増えましたね。忙しそー」


「うん。支店からの応援の人達だって。鳥飼さんも、来週福岡に行くって言ってたよ」


「大変ですねー」



日吉田と資料室へ入り、台車に必要な物を乗せて行った。


「せんぱーい。このサンプル、軽いんで、持って貰っていいですかあ?台車には重いの乗せていくんで。台車は僕が押しますね」


ビニール製の大きいが軽いサンプルが入った箱を私の方に渡すと、日吉田は脚立を使って他の荷物を下ろしていく。


日吉田は小柄だけど、力はやっぱり私よりもあるんだな、と思いながら素直にお礼を言った。


「有難う」


「いいえー。僕、力はあるんですよー」


むん、っと腕まくりをして力こぶを作った日吉田は、本当に思ったよりも力がありそうだった。仕草は可愛いのに筋肉の事を言うのが面白い。


ふっと笑った後にまじまじと日吉田が力こぶを作った腕を見ると、本当に綺麗に筋肉が見えていた。



「あ。本当。筋肉あるんだ。あれ。こうやって見ちゃうのってセクハラ?ごめんね」


「せんぱいなら、セクハラじゃないですよー」



キャっといいながら、日吉田は荷物を下ろして台車に乗せていった。



「日吉田、軽々しくそう言う事を言っちゃだめだよ。自分の身体は大事にしないとね。男性のセクハラについて課長に詳しく聞いてみようかな。たまにモラハラとかの説明会はあるよね?日吉田も嫌な事があったら課長に相談した方がいいよ?日吉田は、可愛いから男女共に色々言われるんじゃない?大丈夫?」


「え!!やっぱり僕、可愛いですか!うふふ。あー、でも、セクハラの心配は無用です。僕、流せますしー」


「そう?でも、パワハラとかは?男性は暴力とかも多いのかな?」


「暴力も大丈夫ですよ。竹刀があったらやっつけられる自信があるんでー。こう見えて、結構強いんですよ?」


「しない?竹刀って剣道の?」


「そうです。僕、おじいちゃんが剣道道場の師範で、ずーっと振らされてましたから。うちの家、剣道一家なんですよ」


「え?凄いね。日吉田、強かったんだ。家族みんな強いの?」


「まあまあ強いですよー」


「凄い。剣道って体格とかの有利不利とかないの?日吉田って小柄だから不利とかあるのかな?」


「あー、せんぱいってそういう感じに聞くの、いいですよね。遠慮しないし。まあ、他の人からチビ扱いされたらマジ無視しますけど。剣道って大きい方が有利って言われることが多いですけど。一長一短ですね。小さいと、面狙われるの分かりやすいんで。手首柔らかくして、小さく揺れて小手を狙うんですよ」


「小手って相手の手?」


「そうです。大きい人相手でも、小さい人は勝てるんですよー。デカい相手を打ち負かすのって最高ですよ。ね?せんぱい」


「へえ、凄いね。身体が大きな人の方が有利かと思っちゃった」


「まー。戦略です。大きければ良いってものでもないんですよ、小さい方がスピードがある事が多いですしね?」


「色んな技があるんだね」


「そ。色んな技があるんですよ?」



資料室を出ながら日吉田に剣道の説明を受けデスクに戻っていると、日吉田が、ちょいちょいっと私の腕を突いた。



「あ。せんぱーい。ちょっとしゃがんで、しゃがんで?」


「?」


「髪の毛に、糸?ついてますよ。資料室でついたんですかね?せんぱい、手、ふさがってるから、取れないでしょ?ちょっとしゃがんで下さい。僕、取りますから」


「え。本当、どこ?え、本当に糸?虫とかじゃない?え?」



私がビクビクしながら少しだけしゃがんで頭を日吉田に向けると、「ふふふ」と言いながら、日吉田は糸を取ってくれた。



「ほら。本当に糸ですよ。赤い糸。段ボールに赤の素材の物入っているからそれですかね?ふふ、せんぱい、虫が怖いんだ。あ、まって、せんぱい。髪留め、ずれちゃった。このままじゃ落ちちゃいますよ?」


「あ、よかった。本当に糸だ」


「そのまま、じっと、しててくださいね。取っちゃいましょう。荷物もあるし、そのままで」


「あ。うん」



私は糸を受け取ると、そのまま少ししゃがんでいた。日吉田は私の髪留めを外すと、髪をサラッと流した。



「はい、せんぱい」


「有難う。資料、取ってる時に棚にぶつかったから、その時に糸が付いたのかな?髪留めもそれでずれちゃったのかも」


「うん、きっとそうですねー」


「虫じゃなくてよかった」


「怖がるせんぱい、可愛いー」


「もう、ふざけないで。でも、有難う」



髪留めを受け取って、「じゃ、戻ろうか」とデスクに戻った。



その日の夜。



瑠生さんにメッセージを送ったが、既読にはなっても返信は無かった。


「忙しいのかな」


おやすみなさい、とスタンプを送って寝たが朝起きても返信は無かった。


次の日は私が外を周って、戻って来た時は瑠生さんの部署には瑠生さんはいなかった。


お昼に瑠生さんから、おはよう、のスタンプと行って来ますのスタンプが押されていたので、昨日は会社に泊まったのかもしれない。


休憩時間にコンビニで買い物をしていると、瑠生さんがロングヘアーの女性と歩いているのが見えた。


女の人が瑠生さんの腕に手を置いて笑っていて、仲良さげに見えてモヤっとした。



「元気ないですね?お仕事、忙しいですか?」



はっと顔を上げると、レジのマッシュのお兄さんが私の方を見て、困ったように笑っていた。



「いえ、そんな。疲れているのかな」



ピ、ピ、と値段をレジに打ち込んでいると「あまり、良い顔してないですよ」と言われた。


「え」


私は携帯を出しながら顔を触り、そんなにひどい顔をしてた?と驚いてマッシュのお兄さんを見ると、「楽しそうじゃないって感じ」と長い前髪をサラッと動かして言われた。


携帯で会計をしながら、「こうですか?」とニコっとマッシュのお兄さんに笑うと「そうそう。それならいいかも」と笑われて、ちょっと元気になった。


会社に戻って、日吉田に「あ。せんぱーい、いいなー」と私が買ってきた飴をねだられたので、「いいよ。一つあげる」と言うと「わーい。じゃあ、僕、チョコ持ってるんであげますね」と言って、取っていった。


それから仕事をしていて、資料を返しに、資料室に行く時に瑠生さんを探したが、瑠生さんはまだ戻っていないのか見つける事が出来ず、すれ違いばかりだな、とがっかりしてデスクに戻った。



週末に瑠生さんからメッセージが入ったが、瑠生さんの出張の連絡だった。



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