2.モブはモブに徹することが推しのためになる
ゆらゆらと水の中を漂う浮遊感を味わいながら、ふわりと浮上した意識で考える。
どうやら私は転生したらしい。
――転生って本当にできるんだね。
漫画や小説でそういった内容のものはあったけれど、自分が体験するとは思ってもみなかった。いつ「私」は「ルチル」になったんだろう。
転生する時の記憶はまったく無い。
事故に遭ったショッキングな瞬間は覚えてるけど「あなたは死んだのです。だから転生させますね」と言うような神さまにも会ってないし、チート能力もない。ただの人として転生した。正真正銘のモブだ。
そういえば友達は無事だったかな。
危ない!と思ってなんとか友達を突き飛ばしたことは覚えているけれど怪我はしてないかな。私が目の前で死んでしまったことで落ち込んでいないといいな。私が死んだことで泣いてくれるだけで嬉しい。
四十九日...とまでは言わないけど、私のことはさっぱり忘れて是非とも前を向いて進んでほしい。ついでに私の部屋にあるいくつもの恋愛ゲームやグッズやらなにやらは色々と彼女の手で処分して欲しいなと無茶な事を考える。
前世に未練があるかないかと言われたらゲームの制覇が出来なかったことくらいで特にない。毎日全力で遊んでたし、家族や友達とのわだかまりもなかった。
まぁ、大学1年生という成人も迎えられないまま死んでしまったのは親に申し訳ないけれど、いまの今まで前世のことなんて忘れていたから本当に未練はなかったんだと思う。
なので今は新しい人生のために今後のことを考えるだけだ。
その為にも状況を整理したい。
まずはゲームの中でヒロインと悪役令嬢があんな舌戦を繰り広げ、さらには武力行使(ちょっと言い過ぎかも知れないけど)に及ぶようなシーンがあっただろうか、ということだ。
好きな事に対しての記憶力は昔から良かった私は本のページを捲るかの如く、ゲームの中の時系列をなぞっていく。その過程で枝分かれするシナリオも同時に思い起こしていくが、300通り近くのシナリオを全部覚えているわけではないけれどそういった描写はなかったように思う。
ここがゲームの世界だというなら私が見ることの出来なかったマルチエンディングの何れか一つの可能性もないとは言い切れない。
とりあえずゲームの概要を追ってみよう。
プレイできるシナリオは卒業までの1年間。
主人公は学校がある平日は3回、休みの日は4回の行動ができる。
行動範囲は攻略対象となにげない会話イベントから始まり、自分の能力値を上げるミニゲームが挟まれたりする。対象の好感度が上がりだすと授業の合間や帰り際に攻略対象との会話やデートイベントが増えるのだ。
それに比例するようにライバルとなる令嬢との対立も挟まれる。ちなみに自分の能力が低かったり、攻略キャラとの好感度が低いままだと攻略対象から辛辣な言葉もかけられたりするし、ライバルのご令嬢から能力の低さをからかわれたりするので、ある程度好感度とパラメーターを上げとておいた方が楽しくゲームができる。
私は様々なパターンをゲットするために敢えてその茨道を歩んだけれど、底辺の能力値、底辺の好感度で迎えたエンディング(もはやバッドエンドと呼んで良い)の場合は本当に心が沈んだ。
あれは、精神衛生上よろしくない。
そんな暴言ある!?ってくらいびっくりする言葉が出てくる。人格否定まっしぐらだよ!
いや、ほんと、このゲーム作った人達、細かすぎて逆に怖いわ。どんだけ学園ものと恋愛に対する情熱を詰め込んだんだろうと驚きを通り越して背筋が寒くなった。
続いてメインとなるキャラや攻略対象が通う王立グリニース学院は14歳から入学できる5年制の教育機関だ。王家御用達の進学校でありながら、入学に値する才能を認められれば平民でも門戸を開く学校でもある。
人は財産である、という初代国王の格言が根付いた場所とも言える。
とはいえ、学院に寄付する財力も必要となるため才能はあっても子爵以上でなければ入学は難しいエリート校なのは間違いない。平民の場合はどうかと言うと、能力が認められれば跡継ぎのいない子爵や伯爵家の後継者として養子に迎えられることも推奨されている。だから寄付金はその家から出されるのだ。
それほどまでに人材に対しての意識が高い。そしてエリート校ゆえに学習スピードも言わずもがな。
なんとか中の上で成績を保っているルチルでも少々無理をしないと置いていかれそうなほどだ。
さてゲームの説明はここまでにして、違和感を追おう。
私の記憶が正しければ現在彼女達は4学年であるはずだ。ゲームの始まりは4学年の新学期から始まるからだ。
だけど彼女達が身に着けていたリボンタイのカラーはシルバーだった。
グリニース学院は色で学年分けをしている。
1学年はネイビーブルー、2学年はブラウン、3学年はシルバー、4学年はゴールド、そして最終学年は王国の色でもあるスカイブルーだ。
となると、今はゲームが始まるさらに一年前ということになる。
それならば彼女達が諍いを起こすシーンに見覚えがあるはずがない。ゲームでは見ることのできないシナリオだ。
そこで気付いた。画面越しに追いかけ続けたヒロインや攻略対象達を1年前の姿から見ることができるという僥倖に恵まれたことに。そういえば少しご令嬢対の雰囲気が幼かった気がしないでも無い。
サプライズな状況に喜び、浸っていたがすぐに冷静になった。
一年前の時間軸はプレイヤーが知らない世界。
つまりここにシナリオもなければ攻略方法もない。
シナリオにないということは自由であると同時に何を引き起こすか分からないという事でもある。
彼女・彼らが生きる世界。その中の1人として存在する自分。
ゲームの始まりとなるあの日まで私は何も、口も手も出してはいけない。
そうしなければシナリオ通りに進まなくなる可能性があるからだ。
その瞬間、自分の知識では及ばない時間の流れに身を置く恐ろしさが背中を撫でていった。
「私」はここで「生きて」いるのだと改めて突き付けられる。
だから私にできることはひとつしかない。
今まで以上に影を薄くし、誰の目にも止まらず、美女二人のご尊顔を影ながら拝み、1年間を過ごす事だ。
そう、それでいい。モブはモブらしくあるべきなのよ!
モブの出番なんてゲームで言えば一行だけ。
むしろ「……」でも存在があれば良いというレベルだ。
攻略対象の男性達にもそのうち出会う機会があるだろうが、彼らは彼女達以外アウトオブ眼中なので女子でもあってもモブである私に関わることは絶対無い。
つまり彼らの行動を眺め放題!!
私は2人のヒロインが好きだ。
時に強く、時に儚く、時に涙する。そんな彼女達のひたむきな姿が好きだ。
ヒロインが男性からの求愛を受けて時に反発し、時に頬を染め、時に涙し、女性として変わっていく姿を見ていく方が断然良いに決まっている。
恋っていいよね。わかる。心が洗われるし、トキメキでアドレナリンがドバーッと出て心も身体も活性化しちゃうよね!!
ということで、シナリオが開始する1年後は全力でヒロインと悪役令嬢…いや、この世界ではどちらもヒロインだ。このお2人の恋路を応援して、お二人にはなんとしても幸せになって頂いて、そしてゲームの中では描かれなかった恋人同士のその後を遠くから見守りたい。モブとして正しくあれ、私。
ああ、そう思うと俄然やる気が出てきた!!!




