1.平手打ちで前世の記憶が戻りました
私は知っている。
この世界が前世の私が一年ほど夜を徹してやりこみまくったゲームの世界だと。
その名は恋愛シミュレーションゲーム『ラブ・ティアーズ』。
…買う前から思ってたけどありきたりなタイトルよね。わかるわ~。
だけど内容だけは最高なのよ。察して。
このゲームはヒロインと悪役令嬢が攻略対象を巡って争う話。
攻略対象は3人という少なさでシンプルなゲームなんだけど、その分キャラクターの掘り下げがすごい。どのキャラもどこかしら性癖を突き刺してくる。
ストーリーを進めながら沼にはまるかの如く、一人一人に沈んでいく。
本当にすごいゲームだ。
ヒロイン視点でも、悪役令嬢視点でも楽しめる上に500種類近くのマルチエンディングを備えているというバリエーション。そして話の内容もルートによって異なり飽きることなく楽しめる。
そこでゲーマーならなんとなく分かると思うんだけど、当然コンプリートしたくなるのが性だ。獲得シナリオの一覧をすべて埋め、獲得スチルの一覧も埋める。それがシミュレーションゲームの制覇。
故に私はすべてのシナリオ・スチルを制覇するためやりこんだ。
マルチエンディングというだけあって、ストーリーの大まかな流れは同じであるものの、キャラの好感度やライバル度によってセリフも微妙に異なるという細かさもあり目が離せない。攻略サイトや掲示板を利用して確実にシナリオをゲットしていく。そしてほぼ毎日をゲームに費やした私はコンプリートまであと少しというところで制覇する道を絶たれた。
なんてことはない。友達と遊んでいた帰り道、暴走した車に跳ねられてあっけなく命を落としたのだ。
―――というのが、前世の話だ。
というのを、後頭部と顔面に衝撃を受けた今、思い出した。
昼下がり中庭の隅にある木の陰で昼食を食べていた私は、突然始まった二人のご令嬢の果ての無い舌戦を見ていた。
普段影が薄い私は気配も悟られにくいのか、お二人は私に目もくれない。
たしかお二人は王家の覚えもめでたい公爵家のご令嬢だったと思う。
まるで太陽と月のような対照的な美しさを持った人だった。
片方の口調は丁寧ながらも烈火の如く威圧的にお話しされるご令嬢。
もう一人は氷の如く冷ややかでしかし切り裂くような鋭さでお話しされるご令嬢。
空気までピリピリとしてきてまさに修羅場だ。もしここで私が不用意に動けば標的になり、なにを言われるか分からない。
とりあえず静かに見守ろうと口を噤んで成り行きを見守っていたが、
その瞬間は突然だった。
平行線が続く言葉の応酬に痺れを切らした二人が、
なんとご令嬢らしからぬ「武力行使」に移ろうとしたのだ。
この学院では大小に関わらず暴力を振るえば謹慎処分だ。
男子ならまだしもさすがに女子でそれはない。
なにより美しいご令嬢の顔に傷が付くのは見ていられない。
「やめて!」
気がつけば身体が勝手に動いて二人の間に割り込んでいた。だが二人が繰り出した平手打ちは止まることなく、私の顔面と後頭部に見事なほどに決まった。
その瞬間、舌戦を繰り広げていたご令嬢のことも自分自身のことも思い出したのだ。
そう今の私は、モルデン伯爵家の次女、ルチル・モルデン。
14歳。グリニース学院2学年。
ゲームの中でいうと、令嬢達を遠巻きに見ているキャラクターの一部。なんとか名前がついてはいるがプレイヤーですらも覚えていないであろうただのモブである。
そして二人のご令嬢は、ヒロインであるクレース・ブラウン公爵令嬢と悪役令嬢と呼ばれるリディア・バスタム公爵令嬢だ。繰り返し見たパッケージやスチルでそのご尊顔を忘れるはずもない。
まさか今、思い出すなんて…。
ご令嬢の力とは思えない程の衝撃に目の前で星が回るのを眺めつつ、倒れた私を焦った顔で覗き込む二人がゆらゆらと水面の奥に消えるような感覚を覚えながら意識はブラックアウトした。
初投稿です。
まったりペースな投稿ですが楽しんでもらえると嬉しいです。