第三層
縄梯子はいきなり十字路のど真ん中へ降り立つように下がっていた。
床や壁はなんらかの石材でできており、燭台に照らされる石壁はやや青白く、冷たい雰囲気を纏う。
十字路からは、それぞれの方向に、まるで揃えられたように、どの方面にも似たような形状の通路が先へと伸びている。
幾つか確認できる鉄製の扉も統一感のある位置、形状で整えられており、まるでアパートやホテルのような集合住宅建築を思わせる機械的な造りのフロアだ。天井は窮屈というわけではないにしても、それほど高くもない。
このフロアは燭台の数も状態も良好で、"灯り"なしでも見通しが良い。十字路の真ん中は危険すぎるので、適当な通路へ身を移す。
「地脈、水脈、霊脈よ
吹き抜ける風よ
跳ね返る音よ
土を伝って岩を縫い
心溶かして石の中」
アレクシアが迷宮に呼び掛け、得ることのできた構造情報をパーティーの意識に共有する。まるで迷宮を構築する一部になったような奇妙な感覚。初めて降り立ったはずの空間は、長く共にあったかのような懐かしい景色へと変わる。床や壁の材質や造りの特徴が層を隔てて急に変わったりするこの迷宮は、階層ごとに独立したようなものなのかもしれない。アレクシアの"位置啓示"や、パストアの"灯り"は階層を跨ぐ際に効果が失われてしまい、改めて唱える必要がある。念の為、"灯り"の奇跡もパストアに施してもらった。
"位置啓示"は、この層に降り立った時の印象をより強いものにした。精密に形状が整えられた十字路が伸び、伸びた先でまた十字路へと規則的に繋がり合い網目や碁盤を想わせる。十字路の合間合間に複写したような同じ構造の大部屋が層の隅々までびっしり建てられており、天井を透かして見ることのできるそれぞれの大部屋は、カステラを真ん中から切り分けたような、一つの扉を介した二つの部屋が連結したものであることが分かる。
下調べや机上演習のみでは感じ取れなかった、一層や二層とまるっきり雰囲気が異なる構造を改めて認識し、"迷宮"という響きに納得する。
そしてこの、踏み入れたことのない層へ到達した時の、身体と心が芯の底から燃えあがるような高揚感は筆舌に尽くし難い。
青白く、幾何学的な、より死に近づいているであろう場所に立っているというのに、強烈な"生"を実感する。さらに下はどうなっているのだろう。もっと下は何が感じられるのだろう。
ひとつ深く呼吸をし、仲間達の顔を見て心を落ち着かせる。
皆、良い顔をしていた。先を急ぎたいような、もう少しこの到達感に浸りたいような。アレクシアもそのバケツ兜の奥で眼を爛々と輝かせている気がした。
ただ恐怖や不安だけを感じているのではない。自分が、自分達が、より深層へと降り立ったことを噛み締めている。誰から認定されるわけでもないし、記念品の贈呈なんてものもない。
だが、仲間と共に踏みしめるこの一歩は。
静寂の中を進み行く、無機質で冷たいはずの反響音は。
そのひとつひとつが、確かに俺達の絆を強くしてくれるものだった。