ボーパルバニー
一見終点と思われる層の端に位置する扉や通路には似たような場所へと続く"転移"の魔法が施されているらしい。ただでさえ広大なフロアだというのに、気がつけばまた元来た道を歩かされる。無限回廊とも呼ばれるもので、アレクシアの魔術がなければ進行も脱出もかなり困難となる。
青白い石材で統一されているフロアなのだが、十字路の床にだけ黄色やら緑やらの様々な色の細かい石材が散りばめられており、その石の羅列はこの国の言葉で"まわれ右"だとか"左にまがれ"だのの文字を形成したモザイク模様となっている。踏み入ったところで何の異変もなく、単なる遊び心か、効力の切れた魔法陣のようなものなのかもしれない。なんにせよ、この文字に馬鹿正直に従う必要がないことはアレクシアの"位置啓示"が看破してくれている。
観光書物や歴史書によれば"落とし穴"と呼ばれる見破り難く致命的な罠もこの層には存在したらしいのだが、先代国王と現国王の御尽力により全て埋められたのだとか。こんな地下まで潜り込んで、さらに落下で命を落とすなどというのはあまりに悲惨な最期だ。足元を気にせずに歩けるのは大変に有り難いことである。一層がほぼ王国の所有物と化していることから、制圧の前準備といったところなのかもしれない。確かにこの層は構造からいって、防衛力さえ整ったなら拠点向きといえるのかもしれない。
そんなことより、この広大なフロアでウサギなんて見つけることができるのだろうか。そんな魔術や奇跡があればいいのだが。
「こっちだ。」
シルバがパーティーを誘導する。
新たな十字路に差し掛かると、数度鼻を動かし「こっちだ。」と再び先行する。
そうして幾つか十字路を越え、こそこそと隠れるようにしながら速やかに移動していく。脇道を這っている巨大な甲虫や、転がっている頭蓋骨、遠くをふらふら飛んでいる大型の野鳥程はある巨大トンボなどには目もくれず、南西へと向かっているようだ。
長い直線の先に"重装歩兵団"のドワーフ達が見えた。こちらに気付いた様子はなかった。彼らは虱潰しに当たっていってるのだろうか。特に警戒する様子もなく、すぐ脇に見える部屋へと姿を消した。
「…くそ。先を越されたかもな。」
彼らが入っていった部屋はシルバの嗅覚が示す先と同じだったらしい。焦りを感じながら急いで彼らの後を追う。
まだ閉まりきっていないその鉄扉から部屋へと突入する。部屋というより、石造りの巨大なプレハブ小屋といった方が近いかもしれないが。
駆けつけると、既にドワーフの戦士達が三羽の白い小さなウサギを部屋の奥隅にて包囲していた。
「ん〜。残念…。」
スゥが悔しさを漏らす。
俺達の到着にドワーフ達も気がついた。
「ガッハッハ!僅かに俺達の方が早かったな!」
"重装歩兵団"のリーダー、ガルガンが豪快な笑い声をあげる。
「さぁグンリ!さっさと捕まえちまえ!」
グンリと呼ばれた前衛のドワーフはバシネットのバイザーを上げると、ウサギを愛でるようにしゃがみこみ、両の手を広げながらそろりそろりと近づいていく。
「よしよし可愛いウサギっ子。俺らと地上に戻ろうな。」
獣人や亜人の気配も全く感じられない。
どうやらこれは冒険者をはめる罠などではないようだった。
ウサギの方も、本当にただの愛らしい小さなウサギではないか。
ふわふわの丸っこくて白い身体に、ぴーんと立った大きな耳。ビー玉のようなくりっとした円な瞳。
まるで、ぬいぐるみのようだ。
アレクシアから"断頭兎"などという奇怪な伝承を聞いたせいで、どんな化物かと想像してしまっていた自分が恥ずかしい。
彼らに先を越されたのは確かに悔しいが、これで冒険者の失踪事件は減るだろう。
"依頼"は達成できなかったにせよ、三層に到達できたのは個人的にはとても大きな戦果だ。
運と仲間の能力にも恵まれて、彼らとはかなり良い競争ができたと思う。彼らの"達成"を見届けて、賛辞のひとつでも述べてから帰るとしよう。
一羽の小さなウサギが「ぴぃ」と鳴き、両腕を広げたドワーフの大きな胸へと飛びこんだ。
ドワーフの首から上がバシネットごと、ゴトリと落ちて重たそうな身体が膝をつく。
転がっている顔はとてもにこやかだ。祝砲とでも言わんばかりの真っ赤な血。
いま
何が起こったんだ…???
なぜウサギを胸に抱えて喜んでいるはずの男は倒れているんだ?
なぜウサギは胸に抱かれておらず、平然と着地しているんだ?
「グンリ!?畜生っ!!奇襲だ!!忍びの者がいる!横取りされるな!気をつけろ!!」
ガルガン達が慌ててウサギを護るように背を向け、天井や壁、扉などあらゆる方向を警戒する。
続いて「ピィ」「ピィ」とニ羽のウサギが飛び、大盾を持った二人のドワーフの頭が、その兜ごと地面に落ちた。重厚な甲冑と共に音を立てて巨体が崩れ、青白い石床を血が濡らす。
「ヌリン!!ゴルブール…!!…くそっ…!!」
ガルガンの怒号に哀しみが混じる。姿の見えない敵に、一方的に仲間が殺されていく理不尽さ。
姿は見えている。
敵だ魔物だなどと認識できないだけで。
どういう理屈か兎が跳ねると首が飛ぶ。
まるでフィルム数の少ないカクカクの古い映画やドラマでも見ているかのような違和感だ。
「やばいやばいやばいやばい!!」
アレクシアが兜をおさえながら絶叫する。
『違う!!そのウサギだ!!』
ガルガン達が認めようとしないその小さな敵の存在を指摘する。
弩を構え部屋中を見渡していた二人のドワーフが、この部屋には俺達とウサギ以外にはいないことを理解するとウサギから後退る。
「…あ、兄貴…こいつらまさか…。」
「…あぁ。…嘘だろ母ちゃん…。俺達ちゃんと言うこと聞いてたじゃねぇか…。」
兄弟らしき二人のドワーフは戦意を喪失してしまっていた。弩はもはや明後日の方向を向いており、視線だけが白いウサギを捉えている。
一羽のウサギが弟ドワーフへと飛びかかる。
「抗えっ!!」
スゥが叫ぶ。
「ブンバ!!」
スゥの声に反応してか、兄のドワーフが弟に体当たりをするようにしてウサギの軌道を避けながら転んだ。兄の方は左肩のあたりが抉られたようだったが、どちらも首はとんでいない。生きている。
「"断頭兎"!"断頭兎"だわ!もう最悪!!」
アレクシアは喚きながら、鉄杖を握り直す。
「…ぁ…あぁ…なんてこった…。」
彼ら自慢の鎧兜を容易く切断された敗北感、仲間を瞬く間に失った喪失感からガルガンも恐慌状態であった。
その全てを諦めた表情を刈り取らんとウサギが跳ねる。
『アレクシア!!』
俺はアレクシアに声をかけながら、跳んだウサギ目掛けて鉄球を投げた。
ウサギは空中で翻り、命中こそしなかったが、その向きをこちらへと変えて着地した。
「あぁもうヤケよ!いけ火の球!ほらっ!こっちよこっち!」
慌ててアレクシアが生み出した小さな火の球が鉄杖の先からウサギ達に向かって放たれる。
これも命中はしなかった。
しかし、ウサギ達の注意は完全に俺達へと向けられた。
ウサギの円な瞳と、視線が合う。
"重装歩兵団"を持ってして、あの殺傷能力の前に倒れたのだ。防具が充分でなかったり、剣や槍で防御ができなかったりすればまず即死だ。
『俺とスゥ以外みんな下がって!』
次の瞬間に視点が空中と、そして地面でないことを祈りながら俺達は体勢を整えた。




