バニーハント
注意を惹きつけたまではいい。
だがこれからどうする?
小さく跳ねては、ややモゾモゾと口を小さく震わせてウサギ達は段々と距離を詰めてくる。
意表を突かれたとはいえ、ドワーフの戦士達を一撃の元に仕留めたあの化物を、駆け出し戦士である俺がなんとかできるはずなどないのでは。
咄嗟に左腰から愛用のブロードソードを抜剣したものの、ドワーフ達の首が次から次へと落ちていく様を思い出し、手に力が入らない。
次は俺の番なのだ。
俺は自らの死を早めてしまっただけなのだ。
クリっとした円な黒い瞳に意識が吸い込まれていく。
あぁ…とんでもなく外見の恐ろしい化物や、残虐な亜人などに痛みつけられながら殺されるくらいなら、スパっとやってもらったほうがいいのかもしれない…。
喉の乾きに耐えられず、ごくりと唾を飲み込んだところで、柔らかな光に包まれたような気がして、思考と心が落ち着きを取り戻した。
「気休めですが…。」
パストアの声だ。ウサギ達から目を逸らせない為、振り返ることは叶わないが、どうやらパストアが奇跡を発現してくれたらしい。停止しかけていた思考が血液の流れとともに再始動する。
『いえ、いま最も欲していたものです。』
何を諦めかけていたんだ。皆の命を預かっておきながら、自分の死に様を真っ先に考えるなんて。いや、反省会は後だ。さぁどうすれば切り抜けられる。捕獲の線はもうやめだ。あんな獰猛なウサギを捕まえるなんて首がいくつあっても足りはしない。
そうだ。アレクシアの範囲攻撃魔術が決まれば、一掃できるのでは。的が小さく攻撃を当てるのも難しそうだが、巨大スライムに御見舞したような"火花の嵐"や新しく習得したという"吹雪"であれば避けることはまずできないはずだ。
『アレクシア。範囲攻撃魔術はいけるか…?』
目前の兎を見据えながら、後方のアレクシアへと呼びかける。
「…いけるけど、多分おじさん達を巻き込むことになるわ。いい?」
見ると、対峙しているウサギのその先には、へたり込んでしまっているガルガンや、負傷したドワーフの兄弟、首と胴の離れたドワーフの前衛達の遺体が転がっている。
俺達の被害を抑えてウサギ達を撃退するには、目の前の冒険者もろとも焼くなり凍り漬けなりにするしかないということか。
彼らは歴戦の戦士だ。
きっと俺がその判断をしたとしても理解してくれることだろう。
ガルガンは生きている。ドワーフの兄弟も生きている。前衛達の遺体は首こそはねられたものの、損傷が少ない。この状態で寺院に運ぶことができれば蘇生の成功率は高いといえる。
そういった者達を見捨ててまで生き延びて、いつか死ぬのと
そういった者達を救おうとして、今死ぬのと
どっちがいいのだろう。
…いや、そもそも俺がその魔術師であるならまだしも、アレクシアにその手を汚させるのか。冒険者殺しを、エルフの少女にさせるというのか。
『…巻き込むんならナシだ。みんな聴いてくれ。ウサギを倒し、彼等も助けたい。』
「えぇ、やりましょう…!」
「…わかったわ。」
「お人好しめ…。」
「そうこなくちゃ!」
後方から仲間達の声が返ってくる。
「さすがはケットくん!良く言ったぞ!私の槍も君達となら振るい甲斐があるというものさ!」
隣でスゥがリラックスした様子でショートスピアの柄を左の手の平にパンパンと打ちあててみせ、続いて両の手でしっかり柄を握って低く構えた。
『アレクシア。魔術のことはよくわからない。いいのが閃いたら、その時は頼んだ。』
「…えぇ。」
俺はどんな魔術が存在するかを必死で覚えただけであって、実際に使えるわけではないため効果範囲がどう及ぶかなど、具体的な感覚は術者であるアレクシアにしか見当がつかない。
そして、アレクシアは実戦経験が少ない。
魔術においても奇跡においても、戦力差を補ったり、逆転したり、圧倒したりと、とにかく戦況を大きく変える力を持つ。
出し惜しみに近い形で、今回有効な魔術が特に見い出せない場合は最悪の事態を招くかもしれない。
『…アレクシア。派手なだけが魔術師の役割じゃないぞ。』
「そんなのわかってるわよ。偉そうに。」
ぶっきらぼうな返事が返ってくる。遺言になるかもしれないこの言葉が、ちゃんと届いてくれると良いのだが。
「ピィ。」
最期の会話は楽しめたかなとでも言うように一声鳴いて、一羽のウサギが飛びかかってきた。
ビュンと空気を貫く音が鳴り、いつも持っているその得物の長さとは思えないかなりの間合いを突き出しながら、スゥが俺とウサギの間を割って入った。
ビュンビュンと風を切り裂きながら、目にも止まらぬ速さでウサギめがけて突きや叩きを繰り返す。その槍はまるで生きているかのようだ。
しかしウサギも恐ろしく俊敏であった。ピョンピョンと槍から身を躱しながら、隙きを見つけてはスゥの首元を目掛けて高く飛び上がる。
それをスゥは上半身ごと捻らせてみたり、首だけを傾けたり、最小限の回避動作を瞬間瞬間で見出しながら致命の一撃をギリギリでいなしている。
「…こいつ!人の動きに滅法慣れてるね…!」
あの凄まじい槍さばきですら動きを捉えられないのか。
「ピィ。」
二羽目のウサギが飛んできた。
スゥは手が離せない。いよいよ俺の番なのか。
覚悟を決めて、左腕の小盾をウサギの軌道を遮るように構える。
ウサギの顔が近づいてくる。
ウサギの開いた口が迫ってくる。
歯医者が使う回転器具のような、電動ノコギリの駆動音のような、とにかく不快な高速の振動音が小さなウサギの口元からキィィィィンと漏れ聞こえる。
あれ。いま顎がありえない角度に開いた気がする。
歯は。歯は良く見えなかった。なんとなく白くて長いものが小さな口の中で、とても大きく上下か左右かに揺らめいていたような。
*はねられる*
反射的に身体ごと首を傾けて、盾だけをウサギにぶつけるようにして倒れ込んだ。ウサギは盾に押し返されつつ着地した。
起き上がろうと自らの首が動く。良かった。まだつながっているらしい。
じわっと左腕が熱くなったのを感じた。
盾は真っ二つに裂け、半円の片割れが床へと落ちた。腕からドクドクと血が流れている。
切り落とされるには至らなかったが、深く入ったと認識したことで燃やされたような激痛が左腕に走る。"奇跡"がなかったら、もっと深く入っていたかもしれない。
『ぐっ…!』
「ケット!」
チャンスが近づいてきてしまいそうな気配がした。
『大丈夫だ!アレクシアに近づかせるな!』
「わかった!」
あのウサギは鉄をも貫通する手段を持っている。詠唱中などにでもアレクシアに飛びかかられたらひとたまりもない。この一戦がどうなるかわからないが、もし希望を抱いてもいいのなら、彼女の存在がなければ帰るのも難しくなる。
右手の剣を支えに起き上がろうとした時、「ピィ。」と三羽目のウサギが跳ねた。
スゥは一羽目と激闘を繰り広げている。
俺は二羽目の突撃を受け、体勢を崩してしまっている。
三羽目が、倒れた俺になど目もくれず、スゥと俺の間を高々と跳んだ。
あぁ。
ダメだ。
そっちはダメだ。
そのあたりにはシルバがいる。
彼女は武器らしい武器など持っていないのだ。
やめてくれ。
「しまった!姐さん!」
『シルバッ!!』
ゆっくりとウサギが宙を跳んでいき
美しい銀色の毛並みと、その脛を護るミスリルの輝きを放つ足元に
ドババッ…とまとまった、ぬるそうな赤い液体が音を立てて降り注ぎ、青白い石床の上で拡散した。
そしてブチリと肉を喰いちぎるような音がして、
ボトリと小さな頭が落ちてきた。
ウサギのだった。
シルバが口の周りを鮮血に染めながら、その手には首のないウサギを握っている。
「…期待したが、味は普通のウサギじゃないか。」
低い声でシルバが呟いた。
「…ところでケット。"群れ"への理解がまだ足らないな。お前、私を猫亜人やら犬亜人やらと勘違いしていないよな?ウサギを前にして狼亜人に下がれなどと、私は恥ずかしくて死ぬかと思ったぞ。」
血で濡らした凶悪な口元を見るに、その牙をもってウサギを捉えたのだろう。
そして、その頭から上を食いちぎったのだ。
「なに、残りのお前達も恐がることはないぞ。狼亜人はな、兎が大好物なんだ。」
シルバームーンの目が悪戯に細まる。
「…それだ。」
アレクシアが閃いたように呟いた。
ウサギ達は彼女の存在によって、これまでの快進撃の勢いがぴったりと止まったということを理解したようだった。
スゥもウサギも、この事態の収拾にあたり束の間の休戦状態となっていた。
俺は決闘までしていながら、シルバームーンの力量というものを全く知ることが出来ていなかったようだ。
つまり狼亜人にとって、その牙と爪は紛れもなく武器に違いなかった。
そしてウサギは、シルバの首元を目掛け跳んでいった筈が、より大きく強靭な顎に、頭ごと噛み砕かれたのだ。
彼女にしてみれば、抜身の剣に向かってきたようなものだったということか。
「食い込む牙
肉を裂く爪
血脈は忘れず
魂は怯える。」
アレクシアの淡々とした詠唱がひとときの静寂の中を漂う。
「宿る命に身を任せ
狂ったように逃げ回れ ーーー
鉄杖を勢いよく石床へと突きつけ、血の気のない冷たい音が反響した。
ーーー 狼が来たぞ。」
冷酷さを纏ったアレクシアの詠唱の終わりと同時に、ぐらっと一瞬空気が揺れたように錯覚した。
そして、まるで示し合わせたかのようにシルバが咆哮した。
その咆哮は、良く知る狼の遠吠えのようなそれではなく、覗き込んでいた火口がいきなり噴火したような、足元の大地が予兆なく裂けて奈落へ飲まれていくような、晴天の日に落雷が脳天に直撃する瞬間を体感するような、突如急速に迫りくる死を告げるような音色だった。
二羽のウサギがすくみあがる。
一瞬姿勢を伸ばしたかと思うと、小さくかがみ、文字通り脱兎の如く駆け出した。
しかし反撃の姿勢もなく、ただ逃げるだけとなったウサギはその軌道を四肢で駆けたシルバの牙によってあっさりと捉えられ、あえなく食いちぎられて絶命した。
もう一羽も背中を向けた瞬間をスゥが逃さず、一突きのもとにうなじあたりを貫かれ息絶えていた。
「ケット殿、いま治します。」
パストアが腕の傷を癒やしてくれる。続いて、ドワーフの傷も応急手当をした。ガルガンはしばらくガタガタと震えていたが、ウサギ達の絶命からしばらくすると落ち着いていった。
アレクシアは兜を脱ぎ、へなへなと崩れ落ちた後、何度も何度も深呼吸をしていた。自らの首を愛おしそうに手甲で撫でている。
『アレクシア…いまのは?』
「"MORLIS"ってやつ…。…地味よね。」
『…いや、鮮やかだったさ。』
敵の恐怖心を呼び起こす魔術だったろうか。呆気なく片付いたように思えたのは、彼女の魔術支援によるところだったのだろう。
立ち上がるのを手伝う為に手を差し出すと、アレクシアは満足気ににんまりと笑ってみせ、手をとって立ち上がった。
「姐さん、おくち、おくち…!」
スゥがシルバの血に濡れた口元をなんとかしようと慌てふためいている。
「…あぁ?」
別にそういうつもりはなかったのだと思うが、狩りを終えて少しだけ気が抜けたという表情でシルバがスゥを見つめた。次の獲物を冷たく見つめるような眼差しに見えなくもなかった。
「うわぁーーーーっ!?姐さんっ!私は美味しくないよ!?そうだっ!チャンスくん!チャンスくんほらっ!姐さんを満足させるんだ!!」
スゥが無理矢理チャンスを引っ張ってきてシルバの口へと押し込もうとしている。
「ぎゃあーーーーーーーっ!?バカーーーー!!やめろっ!やめろおおおおおおぉっ!?」
生き延びた喜びを分かち合い、少しの時間だけはしゃぐのを許してから、俺はスゥやチャンスの肩を叩いて、そして視線を促した。
ガルガンと、ドワーフの兄弟が、肩を抱き合って泣いていた。
『…よろしければ、お手伝いさせてください。』
誇り高いドワーフの戦士だ。断られるかもしれないし、気分を害すかもしれなかった。だが、彼らと共に帰ることを選択したのだ。声をかけないわけにはいかなかった。
「…すまねぇな。助かる。」
生き残った兄弟も口々に感謝の言葉を述べた。
"重装歩兵団"も常に全くの無傷、全くの戦死者なしというわけでもないらしく、仲間を入れられる大きな袋を携行していた。
重鎧を来たドワーフの戦士は、シルバを除いては俺達にとってあまりにも重く、彼らがそれぞれ一人ずつ運ぶこととなった。俺達は大盾や鉄槌などの武具の運搬を手伝った。
そして三層の昇降機を利用し、先にガルガンと俺達6人が、続いてガルガンは往復し、ドワーフの兄弟と遺体達が運搬された。
7人乗りではかなりぎゅうぎゅうだったのだが、仮にも迷宮内だ。あえてパーティーメンバーを別の場所で待機させることの心配がないよう、ガルガンなりの配慮だったのだと思う。昇降機の中では沈黙していた。昇降中の微妙な空気というのはどこの世界でもあまり変わらなく感じた。
"断頭兎"については、報酬はでなかったのだが、魔球具の査定により遭難パーティーの"救出"扱いとなり、相応の報酬がでた。スゥは早速、自分へのご褒美に"スイートルーム"なる豪華客室を堪能するのだという。そんな使い方をしていると、一瞬で金が吹き飛ぶのだが。
まぁ山分けした分の使い道は、人それぞれだ。より強い武具だろうと、一杯のビールだろうと、この迷宮とともにある王国で自分が納得のいく生き方を送れるのであれば、それで良いのだと思う。
お節介と思いながらも、俺達はドワーフ達と寺院へ同行した。
幸運なことに、彼らは再びお互いを呼び合うことができた。
泣いて、笑って、讃えあう。
帰路の間ずっと沈黙していたガルガンにもようやく豪快な笑い声が戻った。
その夜は、"翼馬の酒場"にて彼らも交えての盛大な打ち上げとなり、おおいに食って、おおいに飲んだ。ドワーフ達との争い事を避けたければ、武器や防具の話は絶対にしないほうがいい。なぜか最後には決闘という流れに行き着くからだ。
実在した"断頭兎"、それを狩った狼亜人の噂は瞬く間に広がって、今では続きが詩われることがあるらしい。
言うこと守る良い子なら
現れるのをただ待ちな
良い子の元には来てくれる
兎狩の狼亜人。
"銀狼亜人"のお出ましだ。
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ここまでお読みいただきまして、誠にありがとうございました。
拙い文章かとは思いますが、ひとときのお暇潰しにでも役立ちましたなら幸いです。
まだまだ冒険は続く予定ですので、引き続き応援してくださいますと、これ以上嬉しいことはありません。
今後とも迷宮日誌をよろしくお願いいたします。




