第25話 反乱
同日10月22日、ベルツィオ。
「ローレニアでクーデター?」
わざわざ守備隊長自らが、プレハブにいる私たちの部屋まで来てそれを告げられた。
ローレニアの王都アブルニツィオで突如クーデターが発生、理由や目的は明らかになってはいないが、宮殿も占拠され国家元首、アブルニ王が捕らえられたそうだ。そして恐らく主犯は、王位継承第2のサヤ王子だろうと。
この2人、不仲で有名だ、定期的にいざこざを起こしている。サヤ王子もまだ26歳と若いのに血の気の多い事だ。
「現在、カガガルローレッツィオ守備要塞はクーデターの混乱からか敵からの攻撃は止んでいる、この期を逃す訳には行かない、混乱に乗じてヘリボーン部隊が要塞内に突入する、君たちにはその援護を頼む」
攻撃開始は18時、そう告げて守備隊長は出ていった。
「クーデター...」
私はコットに仰向けに倒れ込み、白い天井を見上げる。
「私たちが戦っていた理由って、なんだったんだろうね...」
左手を天井に上げて、手首についている黄色いミサンガを眺める。
「「......」」
啓ちゃんと黒木くんは答えてくれない。
ガチャ。
誰かが入ってきた。
「皆さん、差し入れです。今日はチョコが手に入りました」
長井ちゃんだ、彼女は私たちに心配をかけたくないのか、以前より笑顔が多くなっている。しかし、口元は笑っているが、目の奥底は暗いまま、彼女だって悲しいはずなのに。
「ありがとう、長井ちゃん」
私は起き上がって、それを受け取り2人に渡す。
チョコレートが5つ、ここには3人しかいない、彼女なりの気配りなのか、それとも...。
啓ちゃんの隣に座り、チョコレートを1口食べる、甘いがとても苦い、聞いた話によると、あまり美味し過ぎると食べすぎてしまうからだとか。あくまでこのチョコレートは非常用の食料だ、必要な時に取っておかないと。
「美味しい...」
チョコと言えば、やはりあのリュウの手作りのチョコワッフルを思い出してしまう。
ふと、啓ちゃんを見ると泣きながらボリボリとチョコを食べている。それを見て、わたしも堪えきれなくなる。
「え、あ、私、そんなつもりじゃ...」
長井ちゃんはアワアワと両手を振り、困っているよう。私だってそんなつもりで泣いているんじゃない。
「ううん、ごめんね、ありがとう、美味しいよ」
私は啓ちゃんの背中を擦りながら、長井ちゃんに笑って答える。しかし、涙は止まらなかった、それを見た長井ちゃんまでも泣き出してしまい、ペタンと床に崩れてしまった。
17時。
作戦開始まで1時間と迫った中、私たち3人は守備隊長に呼び出されていた。
「海軍から連絡があった。黒木中尉、君、海軍の所属だったんだね、知らなかったよ...」
私達も忘れていた、あまりにもいることが普通すぎて。言われてみれば彼の機体もF/A-18だ、前の基地司令がいつでも帰れるようにと用意してくれていたのだった。
しかし、海軍から連絡があったということは...。
「空母ソリューの修理が数日前に完了し、こちらに向かっている、到着予定時刻は20時。黒木中尉、今日付けでソリューに転属だ」
彼は古巣に帰れることとなったようだ、良かった。そこなら知り合いもたくさんいるだろうし、ここよりかはいい生活ができるだろう。
「いや、でも、俺...」
どうしたんだろう、何か躊躇している様子。
「良かったじゃない、ここより美味しいごはんが食べれるし、ベッドもあるよ」
少し意地悪く言ってみる。
「よくねーよ!笹井さんもいない、白崎も死んだ!誰が水咲さん達を守るんだよ...」
黒木くんは顔を真っ赤にして私に怒った、彼が怒ったのは初めて見る。彼が、そんなに私たちの事を心配してくれているとは思わなかった。
私は彼の肩に手を置く。
「私達は大丈夫だから」
18時前。
《ブルー隊、イプシロン隊、ライジング隊、離陸を許可する》
黒木くんは駐機場で私達の出撃を見送ってくれた、帰ってくる頃にはもう彼は、空母に行っているだろう。
「また、空で会おうね、黒木くん」
そう私が言うと、「おう」と彼は笑ってみせた。
5人でここに来たが、気付けば2人になってしまった。
これは戦争だ、仕方ない。と以前までは割り切れていたが、今ではそう思えなくなっていた。
悲しい、ただただ悲しい。
カガガルローレッツィオ守備要塞。
ライジング隊が欺瞞のために要塞北側のバルカン砲の掃射を開始した。守備隊長が言っていたが、特にこれといった抵抗は見られない。
そして、夕闇に紛れてヘリ部隊、チヌーク5機が要塞南の内側に侵入、一旦着陸して次々と歩兵が降りていく、ざっと300人ぐらいだろうか。全員降りたらチヌークはすぐに飛び立っていく。
《行けいけいけ!走れ!各班予定通り展開しろ!》
歩兵がバラバラと数個の班に分かれて展開していく。
空にいる私達は今のところ出番がない。
《取り越し苦労だ、爆装で来ればよかったな》
イプシロン隊長が言う、私達は答えなかった。
要塞の制圧は、目立った敵の抵抗もなく行われ、着々と進行。
今まで断固と抵抗していたのは何だったんだろうか。
私達は敵機の襲撃に備えて、しばらく要塞上空を旋回して制空任務につく。ライジング隊もやや低空で、要塞の周囲を警戒していた。
陸軍が要塞内を制圧していく無線が絶え間なく聞こえる。
そして、カガガルローレッツィオ守備要塞は呆気なく陥落した。
数日後。
ローレニア正規軍とクーデター軍の、戦闘が激しさを増していた。
エルゲート軍はベルツィオとカガガルローレッツィオの守備を固めて、ローレニアの動きを見守っている。
ローレニアは事実上内戦状態、これを期に攻め込もうという案も出たが、これ以上の犠牲を増やしたくない軍本部のストップがかかり止まっている。
クーデター軍の目的が分かってからでも、遅くはないだろうという結論に至った。
私は今、プレハブの部屋にいた。
4人部屋だが今は2人きりだ。
黒木くんは空母へ帰り。剣くんと、翼くんの荷物はいつ帰ってきてもいいように空いているコットの横、ボストンバッグに入れて置いてある。
コンコン。
ドアがノックされ、長井ちゃんが入ってきた。
「守備要塞から派出された捜索隊から連絡がありました。笹井さんのF-35と、パラシュートは見つかったと。でも、彼の姿は無かったそうで」
長井ちゃんから現場の写真を渡される、F-35がぐしゃぐしゃに地面に刺さり、大きい部品はバラバラになって焦げている機体が映っていた。彼の機体だと判断出来たのは、異様に綺麗に残っていた、垂直尾翼の黄色の一本線が残っていたからだとか。
付近を捜索すると、木に引っかかるパラシュートを見つけたが彼の姿はなく、位置を示すビーコンも破損し放置されていたと。
そして、不自然なことに、その周りには足跡の様な物がたくさんあったらしい、捜索隊は身の危険を感じ、写真だけ撮って帰投したそうだ。
「足跡がたくさんあったと言うことは、捕虜になっている可能性があります」
長井ちゃんの言葉に少し嬉しくなる、彼はまだ生きている。
「それと、白崎くんの機体も見つかったのですが、どうも変らしくて...」
写真を渡され説明を受ける。
翼くんの機体は真っ黒に焼けていた、それはもう見ていられない程に。しかしコックピットに座席はなく遺体もなかったとか、ベイルアウトしたにしてもパラシュートが見つかっていないと言う。
「それってどういう...?」
「わかりません、しかし、白崎くんも遺体が見つからない以上、捕虜になっている可能性があります!」
長井ちゃんの声のトーンがだんだん上がっていく、そりゃ嬉しいだろう、私だって嬉しい、しかし、まだ見つかった訳では無い。
「生きてるんですか?」
啓ちゃんが不安そうに後ろから聞いてくる、確証はまだない、しかし。
「うん、きっと」
そう言うしかなかった。
啓ちゃんは光を失っていたジト目をニッコリと笑わせる。私は、彼女の頭を優しく撫でる。
「では、私は戻らないと」
「わざわざありがとう」
「いえ、私も心配ですので」
彼女はまた、ピューっと仕事場へと帰って行った、翼くんが生きている可能性があると分かって、足取りが軽くなったようだ。
ここは精神病患者の病棟ではない、私達も元気を出さないと。
「俺は大丈夫だから」
きっと剣くんはそう思ってるはずだ。
捕虜ならそう、戦争が終われば解放されて帰ってくる、そうに違いない。
それを言うと、啓ちゃんも嬉しそうにしていた。
2週間後
11月5日、気温が15度を下回り、端島では経験したことの無い肌寒さ。暖房も無いので、毛布にくるまって凍えていると。
アブルニ王が処刑されたと長井ちゃんから聞かされた。
正規軍は解体され、クーデター軍が各地を掌握。
王位継承第2位のサヤ王子が王位を宣言し、王都名をサヤツィオに改名。
また、どういう訳か、ローレニアとの連合をとっていた西の山岳地帯、グレイニア自治区を放棄、独立させ、国名をローレニア民主王国と改名。
そして、彼らはノースエルと共に、我々エルゲートに降伏した。




