73.監獄。
私の名前はパトリック。城下町で兵士をやっている。
昨年結婚し、赤ん坊が生まれ、順風満帆な人生を過ごしてきた。
だが、その幸せは突然終わりを告げる。
夜中、道端を歩いていた私は、何者かに訳も分からず後ろから羽交い絞めにされ……気が付くとどこかの牢屋に閉じ込められてしまったのだ。
この監獄に連れてこられて早1年。
何がどうなってこうなったのか。私は何も身に覚えが無い。人を傷付けた覚えも無ければ、盗みを働いた覚えも無い。
気付けば独房に入れられ、何の説明もないまま私の身柄は拘束された。
「出してくれ!」
不当逮捕だ。人権侵害だ。
家族に会いたい。子どもに会いたい。仲間に会いたい。
不条理な目に遭う怒りと悲しさに、目に涙が浮かぶ。
「どうして私が……こんな目に……」
なぜこんな仕打ちを受けなければならないのか。
何もない、無機質な狭い部屋。
窓はあるが、外の様子は伺えない。時折、隣の独房からうめき声のようなものが聞こえるだけで、何の変化も無い一日に頭がおかしくなりそうになる。
そんな簡素な一室に閉じ込められたのだ。寂しい牢屋に。
この部屋にやって来るのはただ一人。看守の男だ。
独房のカギを開け、無遠慮に入ってくる。
「……飯の時間だ」
各独房を回っては、囚人の面倒を見て回っている。
……ふざけるな。私をこんな所に閉じ込めやがって。私は犯罪者ではないのに。
いつものように、反抗的な目で看守を睨むと、
「面倒をかけさせやがって。ほら、喰え!喰うんだよ、オラ!」
身動きの出来ない私の頭を掴むと、無理やりに口をこじ開けて粗末なスープを流し込んでくる。
反抗する者は容赦なく同じ目に遭う。ここでは看守がルールなのだ。
「やめろ!自分で食える」
「糞。服が汚れたじゃないか。全く、手間かけさせやがって」
頭から煮えたぎった湯をぶっかけられる。
熱い!火傷する!
私の顔を見た看守は何が面白いのか、何度も木桶の熱湯を浴びせては、その様子を見て喜ぶのだ。
「ちくしょう。ちくしょう……どうして私がこんな目に」
脱走も出来ない。叫んでも誰も来ない地獄。
暴れても、泣いても、叫んでも……何も変わらない虚無な空間。
家族に会いたい。友達に会いたい。外の空気を吸いたい。
「くそぉ!出せ、ここから出してくれ!出してくれ!出せ!」
無意味だと分かっていても、叫ばずにはいられない。
いつになれば外に出れるのか。
目の前の看守に、ありったけの敵意を、呪詛を込めて睨んだ。
──────
「パトリックさん、湯浴み出来てご機嫌だねぇ。顔に皺寄せて、気持ちよさそうだよ」
神父のロランはパトリックが粗相をして汚した服を手桶に突っ込んだ。
コットン城下町にある修道院の傍に建てられた老齢救貧院『止まり木』。身寄りのない者、怪我をして寝たきりになった者、パトリックのように老齢で生活出来ない者の最後に行き着く終焉の場所である。
「あう!あうあうあう!」
「熱かったかな?ごめんね」
暴れるパトリックを横目に、優しい手付きで髪の毛についた油汚れを取り、綺麗になった白髪に櫛が入る。
「神父様、パトリックさんの具合、年々悪くなってますね。物忘れも酷くなって」
「ああ、すっかり私の事も忘れてしまったようだ。今朝、家族に連絡を取ったのだが……関わりたく無いと面会にも来ない。可哀そうに」
あらすじの部分(深夜徘徊)がここに連れて来られた理由です。
すいません。改稿してて前回より時間が掛かりました。
次回も、なるべく早めに投稿します。
ここまでお読み下さり、ありがとうございました。
ご意見、ご感想をお待ちしております。




