54.5人の願い。
─────GYAOOOOOOOOOO!!
邪悪な魔王は、勇者の一撃を受けてついに息絶えた。
恐ろしい魔王に挑んだ勇者とその仲間達。
ついに勇者パーティは世界の平和を守ったのだ。
歓喜の雄叫びを上げる中、突然、天から一筋の光が差し、勇者達の前に降り注いだ。
光の中から現れたのは───美しい女性。この世界を創った女神を名乗った。
「よくぞ、魔王の手から世界を救って下さいました。そのお礼として、何でも願いが叶う『聖杯』を差し上げます。それに触れ、心の中で願いを念じて下さい。皆さん5人、それぞれの願いを1つずつ叶えてくれますよ」
女神はそう言って天に帰って行った。
勇者、剣士、武闘家、盗賊、魔法使い。
それぞれは聖杯に手を置き、心に秘めた願いを叶えるのだった。
勇者は微笑んだ。
危険な魔物で溢れかえっているこの世界において、人間は弱い。
戦って、戦って、戦い抜いて……魔王をようやく打倒する事が出来たが─────果たして世界はこれで平和になったのだろうか。
つかの間の平和が訪れても、魔獣はずっと生まれ続ける。また新たな魔王が誕生する恐れもある。
ずっと心残りだったが、これでもう大丈夫だ。
『魔物に怯える事のない、平和な世の中がやって来ますように』
勇者はそう願い、聖杯に手を置いた。
剣士は思わぬ幸運に感謝した。
剣を握って数十年。冒険の中で望むようになった夢。
叶えたい願いは、奴隷制度の撤廃だった。
敗戦国の民だった母親から生まれた剣士は、幼い頃に商人に買われ、奴隷として生きてきた。
自分で自分の道を決める事が出来る人など、この世にはいない。貴族は貴族として、平民は平民としての生き方しかできない。奴隷には自由すらない。
剣闘士となって自由を買うまで、剣士は厳しく辛い思いを味わってきた。
不条理な世の中の仕組みを変えたい。
この戦いが終わった暁には、世論に働きかけるつもりだったが……少なくない血が流れるだろうこの考えに、ずっと二の足を踏む思いだった。
『人種差別や奴隷制度のない、平等な世の中になりますように』
剣士は迷いなくそう願い、聖杯に手を置いた。
盗賊は目を輝かせた。
厄介な魔王が消え去った今、王国から十分な慰労金が手に入るだろうと頭の中でそろばんを弾く。
何せ、平和の立役者なのだ。
勇者は魔物の撲滅を願うだろう。
剣士は奴隷制度の撤廃って所か。
しかし……奴ら、揃って平和になった後の事は考えてない。
救国の勇者の物語は戯曲にされる程伝わっているが、勇者のその後についてはとんと聞かない。
魔族がいなくなれば、今度は人間同士の権力争いになる。
今後も王都で平和に暮らせるか、実に不安だ。下手したら、貴族に利用される恐れだってある。
どこぞの誰かに、命を狙われる可能性だってあるのだ。
─────やれやれ、ここは俺が一肌脱いでやるか。
『人間同士の醜い争いが起きない、優しい世の中になって欲しい』
盗賊はそう願い、聖杯に手を置いた。
魔法使いは、心の中で溜息を吐いた。
ようやく魔王を倒せた。だからこそ、これから自分が願う事を思うと胸が痛い。
魔法使いは、今まで仲間達にとある秘密を隠し続けていた。
実は───魔法使いは勇者パーティの一員であると同時に、王から遣わされた潜入工作員であった。
悲しい話だが、魔王が倒された平和な世の中に、強力な力を持った勇者は政治の邪魔になる。
昔から、勇者の元には邪な考えを抱く者、王家を打倒せんとする者が数多く集まった。
魔法使いは、魔王を倒した後の『勇者殺し』の任務を負っていたのだ。
恩義のある王家の意を損ねる事は出来ない。
様々な感情が駆け巡る末に、ようやく魔法使いは覚悟を決めた。
『勇者の魂を、安らかにあの世へおくって欲しい』
……裏切り者の自分を皆は許さないだろうな。
魔法使いはそう願い、聖杯に手を置いた。
武闘家は、犬歯をむき出しにしてニカッと笑った。
半分、ケモノの血が流れる獣人のアタシ。
薄汚いスラムで生まれたアタシは、同族からもニンゲンからもイヤな目で見られた。
ゴミ捨て場をあさり、人の物を盗む。そうしなければ生きていけなかった。
憎み、憎まれ、この世の全てを恨んで生きてきた獣人の少女。
心無いニンゲンに捕らえられ、私刑にあっているアタシを助けてくれたのは勇者だった。
戦い方を教えてくれた剣士。
人との付き合い方を教えてくれた盗賊。
イッパンジョーシキを叩きこんでくれた魔法使い。
人の温かさを知ったアタシは、昔よりもずっと強くなった。
何を願うかはもう決まってる。
『皆と、これからもずっと一緒にいたい』
武闘家はそう願い、聖杯に手を置いた。
───5人の願いを受けて、女神の祝福を受けた聖杯が輝き出す。
器から満ちた光が空に伸び、大きな奔流となって世界を包み込んだ。
パキンッ
願いを叶え終えた聖杯は砕けて白い砂に変わり、風に吹かれて舞い散った。
平和になった世界を見る事無く、5人の魂はあの世へと旅立った。
ここまでお読み下さり、ありがとうございました_(._.)_