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52.殺気。

ほのぼのオチです。

 ───天保10年(1839年)


 徳川は家斉の時代。

 播磨国(現兵庫県)。海道に続く森の山道を、一人の素浪人が歩いていた。


 浅黒い肌の男。太刀を携えた武士。

 名は津野田。津野田一月(つのだ ひとつき)と名乗る、この国では有名な武芸者であった。





 さて、昔は鎌倉……いや、それより遥か古来より、武士同士の戦いというものは絶えぬものである。

 徳川の世。動乱の時代を終えた今、血生臭い争いは少なくなったが……皆無ではない。太平の世の影でも、男と男の果し合いを所望する手合いは存在する。


 香住の峠道に入った折より、己のすぐ傍まで殺気を飛ばす者の気配を感じ、津野田は足を止めた。

 夜露がやみ、辺りは霧が立ち込める中─────若武者の前に、男が立ち塞がる。




「……何奴」

「拙者、鍬野平五郎(くわの へいごろう)と申す者。その腰の業物……津野田一月殿とお見受けいたす。貴殿の武勇を聞き、手合わせに参った」

「ほほう、只の辻者ではなさそうだ」



 霧の中に現れたのは、赤土色の着流しの、背の高い男。

 油断なく腰の()()()()()()に手を掛ける姿に、津野田は強者の佇まいを見た。



「我が二刀流を存分に味わって頂こう」

「さて、どれ程の物か、試してやろう」



 静寂の中、刀を構える男二人。

 正眼に構える津野田に対し、平五郎は両手をやや高く上げ、正二刀の構えをとった。



 身じろぎせず、ピクリとも動かぬ二人。

 瞬き一つせず相手を睨み、機会を伺う。

 果し合いは、オオブキの葉に滴る雨の露がポタリと地に落ちるのをきっかけに始まった。




「「いざ」」




 開いた構えから、平五郎が上段から勢いよく刀を振り下ろす。

 己が胴を狙った一撃を、太刀を横に傾けて薙ぎ払い、最小限の動きで躱す津野田。

 だが、躱した先に待っているのは、脇差による二撃目。



「その腕、もらった!」



 必中の間合いの中、繰り出される刃は津野田の左肩を狙う。

 しかし、さすがは播磨に名立たる剣豪。薙いだ刀を素早く上にかちあげ、見事に防いで見せた。

 次に動いたのは津野田。

 大太刀を振り下ろし、死に体となった平五郎の右腕を狙って斬りかかる。

 常人なら隙が出来るものだが、見事、流水のような体捌きで二刀流の浪人は津野田の大太刀の追撃を受け止めた。



「ほう、二刀流とは初めて戦うが、なかなか奥深い……拙者の武者修行にはもってこいの相手よ」

「ぬかす……では、次の一撃で勝負を付けてくれようぞ」

「……面白い」



 じりじり……ゆっくりと、しかし油断なく、二人の侍が一足一刀の間合いに入る。

 どちら側でも手を伸ばせば刃が届く必中の距離。

 最初の一太刀が勝敗を決める。正に真剣勝負の間合いであった。


 

 徐々に霧が明け、朝焼けが遠くの山に映し出される。

 雲間から朝日が差し、刀を構える二人を照らし出した─────その刹那。



─────ぎぃん!!

 金属同士の鈍い音が辺りに響いた。


 得物を振り抜いた二人は、残心のまま、その場に立ち尽くす。











 しばしの静寂の末、先に膝をついたのは─────平五郎だった。


「無念……我が二刀流も、まだまだ修行不足という事……か……」


 打ち合いを終え、その場に倒れる鍬野平五郎。

 その様子を見届けると、津野田は太刀を納めて平五郎に一礼する。

 みねうちに留めておいた。放っておいても命を繋ぐだろう。


 そして半刻前と同様、悠々と森の道へ歩み始めた。









 なかなかに手ごたえのある敵であった。

 だが、まだまだ修行不足。もっと、立ち合いから闘志───殺気を込めて戦わねば。

 男子たるもの、家の門を出れば三人の敵がいる。ましてや我らは武士。いつ、いかなる時に命を狙われる事になるやもしれない。津野田もこれまで数々の武者達と戦い、殺気に打ち勝ち生き残って来たのだ。






 先程の戦いを追想する津野田。

 それからしばらく山道を歩いていたのだが……突然、ただならぬ悪寒を感じて足を止めた。


─────殺気!


 それも、先ほどの浪人とは比べ物にならない程……大きな大きな殺気だ。

 まるで獅子に睨まれているかのような、そんな途方も無い寒気が襲ってくる。

 間違いなく自分に放たれた、純粋な殺気。


 乱波(忍者)か?

 いや、乱波如き下賤な者が、これほど大きな殺気を放てるはずが無い。

 津野田は、久しく感じたことの無かった悪寒に背筋を震わせたが、身に巣食う恐れを恥じて思い直す。


 馬鹿な。もののふ足るもの、強大な敵に打ち勝つ勇気をもってこそ。

 逃げるは恥。逃げ傷を作るより、負けて野土に塗れることこそ、男の誉れなり。

 津野田は真に武者の心意気を理解していた。




「拙者は逃げも隠れもせぬ。この津野田一月、正々堂々お相手仕ろう。潔く、果し合いに出てまいれ!」




 津野田が雄々しく名乗りを上げた、その刹那。

 辺りを包んでいた、強大な殺気が蠢き、津野田の上空より襲い掛かった─────。

















「じいちゃーん!見て見て!でっかいさいかちー(かぶとむし)!」


 むんずと村の子どもに掴まれたまま、男は無情にも連れ去られていった。

 武士の世はかく語りき。

分かりにくいかもしれませんが、カブト虫とクワガタ虫の戦いです。

夏らしい作品を書きたくて出しました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 本当は怖い異世界物語…異世界…?
[一言] まさかの虫だったという(笑) 最初の導入一切関係なかった(笑)
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