41.お告げ。
─────王都の中央広場
「み、みなに聞いて欲しい!ワシは神のお告げを聞いた。『このイスマール王国はこれより、長く苦しい災厄が訪れる』と我らが称える神は仰せになられたのじゃ!」
一人のみすぼらしい老人が、鬼気迫る声で道行く人に語り掛ける。
「『漆黒の悪魔が空を覆い隠し、やがてこの王都は人の住めぬ死の土地になる』と……!一刻も早くこの土地を捨て、他国へ逃げるのじゃ!」
だが、相手をする者は誰も居ない。
「また出たよ。クロッカス爺さんの神のお告げ」
「迷惑なんだよな~人の多い広場で声を張り上げられると。大体、あの人聖職者じゃねえだろ?」
「どうせ憲兵が引っ張って行くでしょ?全く、本当に懲りない老人だこと」
古くから神の存在は世間に信じられてはいるが、その威光を世に伝えるのは聖職者の役目なのだ。
だが、長く神殿に勤める神官でさえ神の声を聴いた者はいない。
いくら信心深い市民とは言え、小汚い老人の言葉に耳を傾ける者は誰も居なかった。
──────────
通報を聞きつけた憲兵が、老人の傍にやって来る。
「また貴方ですか?これで何度目だと思っているのです。憲兵も暇ではないのですよ?」
「じっさま、いい加減にしてくれよ!こんなに平和な王国に、そんな悪魔なんてやって来る訳ねえだろ?」
現れた憲兵は、老人がケガをせぬよう両脇を二人でそっと固め、検問所へと連れて行く。
「本当じゃ、信じてくれ!本当にワシは神のお告げを聞いたんじゃ!もう既に悪魔はこの国に入って来ておるやもしれん。早く逃げなければワシらは皆、あの世行きになってしまうぞ!」
老人の言葉に、憲兵はただただ苦笑いをするばかり。
「クロッカスさん、いいですか?王都前線の守護隊から悪魔がやって来たという話は、建国以来聞いた事がありません。万が一、そのような魔物が現れたとしても、我々が守ります。安心して家でゆっくりと休んで下さい」
「じっさまよ、奥さんが死んで寂しいのは分かるが、いたずらに皆を不安がらせちゃいけねえよ。それに、こんな事続けてると教会から目を付けられちまうぜ?」
憲兵はそう言うと、老人と共に去って行った。
「嘘ではない!嘘ではないというに!」
その様子を見た人々は呆れ果てる。
何を馬鹿な。
空はこんなにも晴れていて、悪魔が現れる気配など微塵もない。
市民は誰も、老人の言葉を妄言だと疑わなかった。
─────その頃、王都の港に、遠い海外から渡航した商船が検問を受けていた。
「商人よ、積み荷は何だ?檻に入っているのは……変わった動物のようだが」
「観賞用の小動物です。良い見世物になりますし、芸を覚えさせれば余興になるかと思いまして」
「なるほどな……よし、良いだろう!王国に入る事を許可する」
「ありがとうございます!」
「ああ、ゆっくりと船旅の疲れを癒してくれ。ああ、それと……」
「何でしょう?」
「顔が真っ赤だぞ、商人よ。熱でもあるのではないか?」
「はて……そう言えば、何やら体がどこか重いような気がしてきましたな」
「無理はいかん。早めに市内の医者に診てもらうと良い。早く良くなる事を祈っておくよ」
……こうして目に見えない悪魔は王国に降り立った。
冒頭読んだ時点で、察しの良い方は気付かれたかもしれませんね。
ここまでお読み下さり、ありがとうございました。