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40.航空機326便、航行不能。

『お客様に申し上げます!当機は現在、強風と落雷の影響を受け、電気系統に乱れが生じています!機体が大きく揺れますので、皆様、シートベルトをしっかりとお締めいただくよう、ご協力をお願いします』



─────機長の放送が行き渡る頃、客室内はパニックに陥っていた。



 激しい雷雨に見舞われたスタージェット326便は今、墜落の危機にあった。

「おお……何という事だ……」

 

 座席で俯く男の名はジェームス=フロスト。四十歳のイギリス人だ。

 『人生には何が待っているか分からない』誰の言葉かは忘れたが、まさか自分がこんな人生の岐路に立たされるとは……ジェームスは泣きそうになった。




『お客様、どうか落ち着いて下さい!当機は今、高度を持続しながら着陸地を検討しています!客室乗務員の指示に従って下さい!』




 必死に叫ぶ乗務員の女性……おそらくベテランだろう……だが、その声は皆に届かない。



 乗客は皆、見てしまった。



─────右翼の翼が音を立てて爆発し、黒い煙を上げているのを。



「おい!落ちないよなこの飛行機?助かるよな?な?」

「落ちる?落ちるの?嫌よ!助けて!助けて助けて助けて」


 必死に乗務員に迫るカップル。


「まま、ひこうき、おちるの?」

「大丈夫よ……。大丈夫……」


 小さな娘の手をギュッと握り、無事を祈る母親。


 グラグラと不安定に揺れる機内。

 パニックに陥る者、冷静に事態を飲み込む者、人によって様々だ。


 ジェームスは─────後者だった。


 心臓はバクバクと唸っている。

 航空の知識を齧っている彼には分かっていた。片翼の作動しない機体がどういった運命を辿るのか。

 だが、気付けば彼はこの機内の様子を、震える手で手帳に書き込んでいた。

 この航空機326便が墜落するまでの記録を。





 人々の不安をよそに、航空機はどんどん高度を下げている。

 この緊迫した状況に、いつしか口を開く者はほとんどいなくなっていた。

 迫り来る恐怖に耐え、乗客の中には見知らぬ者同士で手を繋ぎ、神に祈る者達もいた。





 そんな中、ジェームスの隣に座っていた年配の女性が、彼に声を掛ける。

「貴方……英国新聞を持っているけど、イギリス人……よね?」

「ええ、そうです」

「やっぱり!良かったわ。同郷の人が傍にいて下さると、少し気分が紛れますもの。お互い、とんでもない事に巻き込まれたわねぇ」



 とんでもない事態。

 刻一刻と、その瞬間が迫ってきている。



「マダム……あなたはなぜこの飛行機に?」

「娘がね……外国に嫁ぐ事になって。明日、結婚式を挙げるからって、この飛行機を予約してくれましたの」

「そんな……」

「ふふふ。娘の為にも絶対に死ねないわね。貴方はなぜこの飛行機に?」

「私は……仕事の都合です」

「そう……お互い、運が無いわね……」



『緊急警報!緊急警報!お客様に申し上げます!エアポケットの故障により、酸素マスクが下りてきます。当機はこれより山岳地付近にて着陸を試みますので、客室乗務員の指示に従って行動して下さい!』


「いよいよ……か」


 ジェームスはその時に備え、右手で腕時計の文字盤をなぞった。

 深夜1時38分。

 あと数分でこの飛行機は墜落する。彼には分かっていた。


「そう言えば……お聞きしていませんでしたわね。貴方……お仕事とおっしゃいましたが、何をされていますの?」


 隣の席の女性はジェームスにそっと呟いた。


─────彼にはそれ以上何も言えなかった。

 左手に装着したネジ式腕時計のクラウンを幾度も巻き、()()を整える。

 二つの針がグルグル回り、長針と短針が十二時を指して一つに合わさった。


「申し訳ないマダム……何も力になってあげられなくて」






 そう言った次の瞬間、ジェームスの座っていた席には誰も居なくなっていた。

 後に残ったのは空席一つ。


「あれ……私……今まで何を……?」






─────






 男が消えてから5分後の深夜1時43分。

 航行不能に陥った航空機、スタージェット326便は、北陸の山岳地帯に墜落した。

 衝撃の凄まじさ故に、機体は大破。

 墜落予想地点は峡谷に阻まれており、機体の残骸が周囲に散らばった。

 乗員・乗客158人全員死亡。遺体の損傷が激しく、身元を特定出来ない遺体は集団埋葬される事に。

 ブラックボックスが峡谷に阻まれた雪山に落下した事で、回収が不可能となる。


 この航空史上最悪の事件『スタージェット326便墜落事件』の原因は、分からずじまいに終わってしまった。




 


──────────そして……












 仕事を終えたジェームスは、組織から支給された腕時計を机に置き、上司への報告に向かった。



「ジェームス……帰って来たか。初めての時間遡行の気分はどうだ?」

「ルドマン管理局長…………最悪の目覚めです。任務の為とは言え、最後に見た遺族の顔が忘れられません」

「……そうだろうな。人の死を身近で体験させられるというのはトラウマだろう。もう危険な過去の事故調査の依頼が君に入る事は無い……早速で済まないが、スタージェット326便の事故原因は何だったんだ?」」

「右翼から煙が出ていました。航行時に突然発生した雷によるものです。片翼を失った後も航行を続けていましたが、燃料を大幅にロストする結果となったようです。そして……」

「分かった。後は君が書き残した書面から事故の原因をまとめよう」




 ……そう、この未曽有の大事故の原因は不明のままだった。

 だが、その時から長い長い時が経った現在……時間遡行装置【タイムワープ・マシン】の完成により、過去、迷宮入りした犯罪や原因不明に終わった事故の調査が行われるようになっていった。

 ジェームスは選ばれし特殊潜入調査員の一人だったのだ。




「複雑な気分です……私だけこうして無事に生きているっていうのは。彼らに何もしてやれないというのは」

「仕方が無いさ、時間管理法違反になる。大昔に起こった事故なんだから……今日はもう休みたまえ、ジェームズ調査員」

実はエッセイを書いています(笑)。

多くの方から、結構好感触な感じで意見を頂いていますので、良かったらそちらの方も覗いていって下さい!


ここまでお読み下さり、ありがとうございました!

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