39.視線。
─────西の都フローラ。
屋台が立ち並び、人々で通りが賑わう中、俺は背後を伺いながら歩いている。
「まただ……あの女、ずっと俺の事を見てやがる」
花屋の角から、女が隠れてこちらを伺っている。
膝まで伸ばした黒い長髪。季節は夏だというのに真っ黒なローブを着ている不気味な女。
ギョロッとした目をこちらに向けたまま、ずっと視線を逸らさない。
昨日もそうだった。あの不気味な女は俺の方をずっと見ていた。
一昨日も、その前の日も。あの女は影から俺の様子を観察しているようなのだ。
民家や屋台の影を移動して足早に俺の後を追いかけて来る。
最初は何かの勘違いかとも思っていたが、こうも毎日同じような時間帯に顔を合わしていれば、やはり間違いではないだろうという確信に変わっていく。
俺は女の追跡から逃れようと、足早にその場を去った。
歩いていると、教会の壁に貼ってあったポスターが目に入る。
───注意!西の都で殺人事件発生。犯人は依然分からず。夜道にはくれぐれもご用心を!
───市民を襲う謎の通り魔。犯人は被害者をめった刺しにして逃走
最近はこの街も物騒になって来た。
もしかしたらあの女が…まさかとは思うが、そんな嫌な予感が頭をよぎる。
俺がそんな事を思っていると、背後でまた俺の事を見ている視線を感じた。
あの女だ。あの女が今度はアクセサリーの屋台の裏から、じっと俺を見ている。
あまりのしつこさに、いい加減頭にきた俺は、気味の悪さよりも怒りがこみ上げてきた。
見知らぬ女に対する恐怖もあり、これまであまり近寄らずにいたが、もうこれまでだ。
俺は女に向かって走った。
すると、女は俺が気付いていたのに驚いたのか、飛び上がると急に背を向けて裏路地へと逃げていく。
逃がすものか!狭い裏路地を抜けようとする女を追いかけた。
女は走りにくいローブを身に付けているからなのか、思うように走る事が出来ずに走りにくそうだ。
裏路地に入る頃には、ゼーゼーと肩で息をする女を捕まえる事が出来た。
「捕まえたぞ!気味の悪い女め。おい!一体何で俺の事を付けて来ていた?何で俺の事を見てやがるんだ!」
「ひ、ひいい!!ば、バレていたんですかーー!?」
女は甲高い声を上げて驚いた。気付かれていないと思っていたようだ。
「バレるに決まってんだろ!いい加減にしろ。お前は何者だ?……俺に何か悪さをしようとしていたのか?答えろ!」
「え?ち、ちがいます……。そうじゃあありません」
「だったら何故だ?誤魔化しても無駄だぞ!お前が後ろから俺の事を付けているのは分かっているんだ!」
「ええと……貴方の事を付けていたのは正しいのですが……それにはきちんとした理由があるんです」
そう言って女が懐から取り出したものは、鈍く銀色に光るロザリオだった。
「気付いていないようですが……貴方は先日、通り魔に殺されて亡くなっているんですよ」
「私は貴方の家族に依頼された退魔師でして……いつ貴方に真実を打ち明けようか、迷っていたんです」