2.お姫様のねらい。
─────広々とした王宮の一室で。
「リョータ様、今日は何をして遊びましょうか?この間教えていただいたあやとりをしましょうか?それともお弁当を持ってピクニックに出かけましょうか?楽しみですわ!」
そう言って、愛らしい微笑みを向けるお姫様にリョータは答えた。
「俺、本当に何もしなくていいんですか?この世界に呼ばれたんだったら、何かしなきゃいけない事があるのが普通でしょ?」
すると、
「ふふふ、大丈夫ですわ!リョータ様はここにいて下さるだけで良いのです。リョータ様の存在がこの世界の平和に繋がるのですから」
お姫様は決まってこう答える。
小崎亮太が地球からこの星にやって来て3カ月、ずっと続けてきた問答だった。
亮太は地球で生きてきた人間だ。なのにいつの間にかこの世界に呼ばれてやって来た。そう、呼ばれてやってきたのだ。
漫画やアニメをそれなりに見てきた亮太は、異世界に渡った人間は勇者や冒険者になって魔物を倒すものだと思っていた。
だが、実際にこの王宮に召喚されたその日から、何をするわけでもなくこの豪華な一室に閉じ込められた。……別に、自由に部屋の外には出られるのだが、この王宮からは出る事が許されていない。
その上、毎日お姫様がべったりと自分に付いて回り、腕に纏わりついて放してくれない。
まあ、柔らかいしいい匂いがするのは正直嬉しい。お姫様は日本ならアイドル扱いされる位に可愛らしい。正直、自分がこの世界に連れてこられた不満はあるのだが、その話をすると姫様が涙を浮かべて謝ってくるのでどうしようもない。
では、何故自分はこの世界に呼ばれたのか?その理由が分からない。
その質問をすると決まってお姫様ははぐらかしたように誤魔化して笑うのだ。
しかも、王は不在、他の重役に就いている者もいるらしいが、なかなか会う事が出来ないのだとお姫様は言う。不思議な事に、王妃も、料理を用意してくれている料理人も、ベッドメイクしてくれる使用人も、執事も、庭師も……お姫様の他には誰一人見かけたことが無い。
─────おかしい。都合が良過ぎる。そんな予感はした。
だが、何故かその事を考えると、頭に『もや』がかかったように脳が思考を停止させるのだ。そして翌朝にはそんな疑問が全てリセットされてしまう。不思議な事に。
「では、今日はお庭でティ―タイムを楽しみましょう!料理長が張り切って素敵なお菓子を用意してくれますよ」
「う、うん……」
その言葉に少し違和感を覚えながらも、亮太はお姫様に連れられて庭の方へと歩いて行った。
水晶玉に浮かんだ光景を見て、満足そうに魔王は頷いた。
「なるほど。勇者をこの魔界に呼び出すとは何事かと思ったが、まさかこのような理由だったとは」
「ええ、ええ。人間側より先に呼び出してしまえばこっちのものです。この世界の法則では勇者は世界に一人だけ。向こうもまさか悪魔が勇者を呼び出すとは思ってもみますまい」
悪魔はニタニタと笑って答える。
殺さずに、分厚い城壁に囲まれたこの城で、死ぬまで平和に過ごさせる。
そんな簡単な事で忌まわしい勇者を封じる事が出来る。なぜ誰も考えつかなかったのか。
─────勇者になるはずだった男、小崎亮太は今日も夢を見る。
悪魔が見せる、甘い甘い夢を。