3.寿命の半分。
下級貴族の令嬢エリスは、地下倉庫で探し出した古書を手に祈る。
『何でも願い事を叶えてくれる悪魔』が眠っている禁忌の本だ。面妖な魔法陣が書かれたページに手を触れると……。
本から煙がもくもくと上がり───黒いコートを着た悪魔がエリスの目の前に現れた。
『はいはい、今回はご契約という事でよろしいでしょうか?』
にこやかに声を掛ける悪魔。エリスは驚きながらも答える。
「そうよ!あ、貴方悪魔?ほ、本物?」
『勿論です。私は悪魔。どんな願いでも、ご契約者様の【寿命の半分】と引き換えに願いを叶えて差し上げる、そういった種の悪魔でございます】
「寿命の半分……」
エリスの願いはただ一つ。この王国の王子様と結ばれる事だった。
今夜、結婚相手を決める舞踏会が催される。最大にして最後のチャンスでもある。
とはいえ、寿命の半分という代償にエリスは悩んだ。60まで生きるとするなら30で死ぬという事……。
だが、それも考え方次第。高貴な身分の貴族や他国の麗しの令嬢を相手に、王子様が自分の事を見初めてくれるはずがない。貴族とはいえ、借金まみれの実家ではこの先も知れている。より良い縁談など待っているハズがない。玉の輿を狙えるのであれば、悪魔にでもすがるべきだ。エリスはそう判断した。
「分かったわ。契約する。その代わり、私の願いを叶えなさい」
『畏まりました。して、私は何をすれば?』
「王子様が私を見初めてくれるような……誰よりも魅力的な女性にして欲しいの」
『はい、分かりました。では、その願い、叶えて差し上げましょう』
───ハーハッハッハ。
不気味な笑い声と共に、黒い悪魔は本と共にエリスの前から消え去った。
あまりに非現実的な出来事に、夢を疑ったエリスだったが……すぐさま鏡で自分の顔を見て、その疑いを晴らす。
───すばらしいわ!私、生まれ変わってる!
姿見で全身を映すと……何という事だろうか。自分の姿がどこぞのお姫様のように変わっていた。
くすんだ癖毛の金髪が、秋の麦穂のような美しさに。
目鼻立ちも以前とはまるで違う。ベースはそのままに、均整の取れた美人へと変貌を遂げていたのだ。
手足はスラリと長く、そしてスタイルも見栄え良く、まさに理想の女性像がそこにあった。
なるほど、どうやら本の悪魔は約束を守ったようだ。
これならば、今夜のパーティで間違いなく王子様は私を見初めてくれるはず。
ウキウキ気分で今の自分に見合うドレスを選んでいると───大時計が12時を差す所だった。
王宮でパーティが始まるのは17時だ。
まだ時間に余裕はあるが、この街から王宮までは遠い。そろそろ馬車を手配しなくては……。
家を出ようとしたその瞬間、なぜか視界が急にブラックアウトしていき───
「え?」
立ち眩みだったのだろうか。急に閉じた視界が明けると、エリスは入り口で立ちつくしていた。
───いけない、早く出かけなくては!
焦燥に駆られたエリスはドアを開けて肝が冷える。
すっかり日が落ち、辺りは真っ暗だったのだ。
市井の家々も、就寝したのだろうか、火を落として静まり返っている。
急いで家に入り、時計の針を確認すると……エリスは驚愕した。
深夜0時。
初めは何が起きたか分からなかったエリスだったが、悪魔との契約を思い出して力なくため息を吐いた。
半分……人生の半分。
どういう形で半分なのか、ここで初めて気が付いた。
「あの野郎……」
1日の活動時間24時間。
その内の半分である午後12時~翌日の午前12時までの時間を奪われた、という話でした。




