ブドウ作りとブドウ売り(下)
タイミングを見計らってクロードとミレーユとエミリーが料理を持ってくる。
ポークソテーにブドウ入りのソースがかかっている。パンとサラダとハーブティとパンケーキにブドウのシロップ添えが来る。
手の込んだお菓子のレシピなど覚えていないが、パンケーキは適当な固さに粉と卵と水を入れればよいので簡単だ。ふくらし粉がないが、卵を泡立てて代用する。
できたのは、この辺りにはない料理である。来客たちは見慣れない料理に舌鼓を打っている。
「これはなかなか素晴らしいですなあ」
「いや本当に驚く」
実は前世の記憶とクルーズンのレストランのメニューを参考にいろいろ事前に要望してこのようになった。
前菜も出したかったが、そこまでは作り方がわからなかった。次はクルーズンで料理の本を買ってきてもいいかもしれない。
「クルーズンに何度も行っているので、見よう見まねでクロードさんに頼みまして」
ただマルクの方はクルーズンに何度も行っているが、ここまで洗練はされたものはあまり見なかったように思う。フェリスが貴族にでも会っているのかといぶかる。
それからワインを出す。まずはアンナの作った若いワインである。味見程度に少量だけそそぐ。利き酒をするときはなめるだけで吐きだしたりするが、そこまではしない。
「うん、なかなかいいんじゃないか?」
村の人はそれほどワインを飲み比べたことがないだろうから、どこまで判断できるのかわからないが、評判は良さそうだ。
どぶろくよりは明らかにいいのかもしれない。アンナの表情がぱっと明るくなる。
「なかなかいいみたいだよ」
「喜んでもらえたらうれしいです」
それからクルーズンで買ってきたワインを出す。
飲んべえががぶ飲みしたそうにしているが、今日は昼でもあり、それほど多くは用意していない。大人はみんな平等に少量だ。少し恨めしそうだが、仕方ない。
「いやアンナのワインの方がうまいぞ」
お世辞かもしれないがそんなことを言いだす人もいて和やかに会は進む。
ブドウの栽培とかけ合わせと収穫についてくれぐれも頼んで会をお開きにする。
後日にブドウを受け取ったときに村から言伝てがあり、かけ合わせをしてみたいという人が現れたと聞く。そこで都合をつけて村に行くことにした。
南の集落のロッコ爺さんがしてみたいという。ただちょっと問題があった。1つは記録を作らなければならないのだが、ロッコは読み書きができないのだ。
もう1つはかけ合わせは結果が出るまで10年以上かかるので、それまでロッコ爺さんが仕事ができるかどうか不安だ。日本よりずっと平均寿命は短い。
とはいえ、申し出てくれたのはありがたいので、何とかしたい。そちらの長に相談してみるとちょうどロッコの孫が教会で読み書きを習っているという。
そこでその子に手伝ってもらうようにした。孫まで関わってくれるとありがたい。
ロッコは農家一筋のやや背の低い日焼けしたじいさんだった。体はかなり頑健そうだ。その孫は似ても似つかない8歳の女の子でロザリンドといった。
「はじめまして、この村出身で今はクラープ町で商売しているフェリスです」
「ロッコだ」「ほれ」
「ロザリンドですっ」
ロッコはかなり強気でロザリンドはわりと内気なようだった。
「それでかけ合わせをしてもらえるそうで」
「ああ、いいブドウを作る方法と聞いた」
「かけ合わせという方法がありまして、ブドウの木の子どもを作る方法です」
「ほう、どうするんだ」
「こちらの絵を見てください。ブドウの花です。花の中心にあるのがめしべで、その周りにあるのがおしべです。
おしべに花粉があり、これがめしべにつくと実がなります。これは風で運ばれてついたり、虫がつけたりしますが、人がつけることもできます」
ロッコが少しにやにやしてロザリンドの方を見ている。性教育くらいのつもりでいるのかもしれない。
「人がつけると何か違うのか?」
「より多く実をつけたいときに人がつけたりします。さらに別の木の花粉をつけることで、ある木と別の木の子どもを作ることもできます」
「なるほどな」
「そこで例えば実はおいしいが少ない木と実はおいしくないが多い木の子どもを作れば、実がおいしくて多くなる気ができるかもしれません」
「どうやって子どもを作るんだ?」
「別の木の花粉を筆などで塗って、その花に目印をつけておきます。実がなったら、その種を植えてまた実がなるまで待ちます」
「これはずいぶん時間がかかるな」
「ええ20年はかかるでしょう」
「それまでわしが生きているかわからんな、ロザリンドが後を継ぐだろうからな」
「おじい様、そんなこと言ってはダメ」
他にもおしべとめしべを逆の組み合わせにすることや、村周りの木を記録してたくさんの組み合わせでかけ合わせてさらに記録を作ることなど、かなり面倒であることを説明した。
それでもしてみるというので任せることにする。ロザリンドには教会でかけ合わせの本を筆写するように頼んで別れた。
記録と植えてある程度成長したものに対して給料というより補助金を出すことにする。花の季節は終わってしまったので来年からだ。もっと早く頼めばよかった。
このシーズンはクルーズンに通っているのでホールは使えず、馬車で帰る。
ホールが2本できるように神に頼んでおけばよかったが、クロの世話のためなので頼みづらかった。
あれは猫のことになるといくらでも出すが、そうでないと何も出しそうにない。舌くらいは出すかもしれないが。
なお村と町の間の馬車は朝夕の2往復しかない。以前は定期便などなかったのだが、それなりに乗る人が出るようになってこの形になった。
村人は便利になったと言っているが、2分半に1本の東京の山手線に慣れた俺には不便で仕方ない。もっとも電車と違い事前に頼んでおけば少し待ったりはしてくれる。
本数が少ないので馬車の時間までには用事を済ませないといけないし、それよりずっと手前で用が終われば待たなくてはならない。
食堂の仔鹿亭などはそんな客も相手にしているようだ。もっとも俺の場合は教会で過ごすこともできるので、待ち時間が余る分には問題ない。
ロレンスに近況など話して過ごす。ロレンスは商売のことはもちろんだが、クロのことが気にかかるようだ。
どうも近いうちに犬を飼うらしい。俺以外には子犬に見えていたからな。しかし猫みたいな犬はいるのだろうか。




