終章-③
高校の入学式、当日。
俺は母に小言を言われながら起きて、顔を洗ってから朝飯を食べる。
持ち物を確認してから彼女に見送られ、家を出る。
庭から公道に出たところで、違う高校のブレザーに身を包んだ康太とばったり鉢合わせしてしまう。
「よっ」と、互いに片手を上げて挨拶をし合う。
俺たちは笑って肩をすくめて、腐れ縁の強固さを確認した。
駅までの道を、しばらく一緒に歩くことにする。
まだまだ中学生の域を出ない、つまらない会話を交わしながら歩いていると、あっという間に駅の近くまで来ていた。
俺たちは何も言わずに別れ、別々の道を歩き出した。
自販機しかない小さな駅舎に入ると、たまたま日聖が休憩室で座っていた。
不意に彼女と目が合う。
俺が「久しぶり」と挨拶すると、彼女は笑って「ずっと会いたかったよ」と返してくれた。
俺たちは二人でホームに向かい、電車が来るのを待った。
「まだまだ、寒いね」
初めて見る高校のブレザーを身につけた日聖がそう言って、俺の手を握ってくる。
その手を俺は、そっと握り返す。
――ではみなさん、喜び過ぎず、悲しみ過ぎず、テンポ正しく、握手をしましょう。
そういえば薄幸の天才詩人は、愛する息子の夭折に際して、自殺を寿いだ後にそんなことを謳っていた。
彼の言葉は非の打ち所がなく、残酷なほどに賢い。
きっとそれこそが、全ての生き方に共通する模範的な態度なのだろう。
世界との仲直りを、俺はすでに果たした。
どんなに痛くても、苦しくても、俺が噛み締めているのは幸福の味だ。
それ以上でも、それ以下でもない。だから歯を食いしばって、この道を踏み出さないといけない。
駅舎の前に植えられた巨大なソメイヨシノの木が、強い風で煽られるのが屋根越しに見えた。
大量の花びらが、まるで白い雪のように辺りに舞い散った。
やってきた電車に乗り込む直前、一片の花びらがひらりと俺の頬を掠める。
廻る、廻る、廻り続ける季節の中。
君と生きた日々を、俺は一生涯において忘れない。
電車はゆっくりと走り出す。
君のいない、新しい季節が始まろうとしていた。