砂漠の大地で
前回:カエデが海に消えた
「っは!」
気がつくと砂の上に横たわっていた。空を覆うものは何もなくただ眩しい日差しが地面を容赦無く照りつける。遠く水平線まで続くこの砂の大地は、時折吹く風で生き物のように波打つ。不思議なことに、私の知っている世界ではないはずの風景にどこか懐かしさを感じる。
「あっ、石は…」
ふと思い出して自分の腹部を見る。そこには変化なく点滅を続ける奇妙な石が乗っかっていた。石をつかんでゆっくりと立ち上がり、あたりを再び見回す。周囲を囲う砂の海と空を埋め尽くす青い世界、先ほどまで自分が凍えそうになっていたのに、今では暑さが嫌になってしょうがない。間違いなく自分のいた所とは異なる場所だ。
「なんなんだ。地球の反対にでも来たのか?」
だがそれ以上この空間を考察する暇もなく、答えの正体は向こうからやってきた。
『…ッバババババ』
「?」
遠く水平線から陽炎によって揺らめく黒い機影がこちらに向かってくるのが見えた。遮るものが何もないこの空間では、かなり遠くの音や影でさえも瞬時に把握できた。ついに肉眼ではっきり捉えることができた時、機影の数は3機にまで増えていた。そのうち1機が大量の砂を巻き上げながら近くに着陸した。ハッチが開くと、全身を防護服で固めた数人が降りてくる。私の正面に立つと、一人が私に近づいて来た。その異様な光景に私は警戒心を持ったが、すぐにそれは安堵感へと変化した。
「お待たせ、カエデ。よく帰還した。」
それは紛れも無い、私を導いてくれた声だった。後ろにいる他の人たちからも歓声の声が上がる。
「えっ、え」
「なんだよ、久しぶりに会えたって言うのに。その反応、」
戸惑う私を尻目に防護服はさらに近づき、顔をよく眺めている。後ろの人たちも何やら機器を取り出すと私の体に向けて、ラインをなぞるように何かを調べている。
「汚染なし、コード認証有り、特定ない、問題なし、安全は確認された。コントロール、指示を。」
全員が私に向けていた機器をしまい込むと、いそいそと防護服を脱ぎ出した。
「了解。外します。」
『プシュゥゥ、』
空気が解放される音と共に、防護服の大きな頭部が外された。目に入ったのは、幼さの残る少年の顔だった。鼻を真っ赤に染め、目からは涙が溢れていた。
「カエデ、カエデ、本当に、」
私の両手を掴み大きく振ると、今度は抱きしめて来た。流石に恥ずかしいと抱きつく少年を引き離す。
「ご、ごめん。そうだ、そうだったよね」
少年は反省したように下を向いていたが、口元は優しく微笑んでいた。
「こちら“タチバナ”、カエデの救出を完了。これより本土に帰投します。」
少年はゆっくりと私の手を掴むと、そのままヘリに向かって歩き出した。
「帰るよ、カエデ。僕たちの家に」
私は、この“タチバナ”という少年とはどういった関係なのだろう、家族?親友?それとも恋人?そもそもここでの私の存在は一体なんなのだろうか。不思議なことばかりだったが、今はこの少年言う家に帰ることに身を委ねることにした。警戒心が強いのにそう思うのはやはり不思議な安堵感があるからだろうか、それとも少年の“タチバナ”の声が、私を助けた声に似ていたからだろうか。考えがまとまる気配はなかったがそんなことはどうでもよかった。乗り込んだヘリコプターの座席に深く座り込む、前に座った大柄の男性が私にブランケットを渡してくれた。ありがたく受け取り、体に掛ける。ヘリは甲高いエンジン音を立てゆっくりと浮上する。窓は巻き上げられた砂でなにも見えなくなっていて、気がつくと空に浮かんでいた。先ほどまで私を照らし続けていたあの日の光が今は少し感傷的に見える。大きくあくびを吐くとそのままゆっくりと眠りについてしまった。次に目が覚めたのはベットのそれも、別の乗り物の車内であった。
「気がついたかい?お眠りさん?」
目を開くと左側に“タチバナ”と言った幼い顔の少年が立っている。右側にある大きい窓からは、砂の大地が次々と流れていくのが見えた。時折下から聞こえる軽い金属音からもこれが列車であることの想像を容易にさせた。
「あいにくここには王子様がいなくてね。10時間近く寝てたよ。まったく」
呆れた表情で私の正面へと歩く “タチバナ”。すぐに話し下手だということがわかったが、本当に疲れ切っているのか、うまく反応することもできず、ただ目で彼を追うことしかできなかった。
「あ、あなたが、声なの?ずっと私のそばにいてくれたの?」
少年は私の前に立った。そして優しい笑みを浮かべる。
「君は本当にすべて失っているんだね」
「えと、失っているっていうのは?」
「そうだよね。僕だって同じ状況で同じ立場だったらと思うと、生きていけないもん」
少年は後ろを振り返ると部屋の中を歩きだした。
「じゃあ、自己紹介からだね。僕は“K in AS”、つまり「ジーニアスコード回収情報分析科」の“FPT”「変異点特定班」に所属している、タチバナ・マコトっていいます。よろしく。」
「ごめん、わかんない。その英語の部分とかまったく」
「英語…?ああ、“K in AS”とかのこと?へぇ、英語ってそれのことを言うのか」
なぜか少し感心した表情を向ける少年。
「そもそもの説明が必要なのか。そうだね、突然だけども、この世界は機能していない。機能していないというのはそのままの意味で、この星を含めたすべての生物はそのほとんどが死滅したんだ。ただ、その異変は突然じゃなく何百年もかけて発生し、今の現状にまで陥ったんだ。異変自体に気がついたのはここ数十年くらいなんだけどね」
「はっ?」
ちっとも理解できない説明であったが、そんな私を尻目に少年は話し続ける。
「異変に対し人類は“LF:NDHR”人類最終国家連國を設立した、唯一残っていたオアシスに。今僕たちが乗っているのはそのオアシスへと向かう機関車の中で、」
「ちょ、ちょっとまって、」
突然話を止められて驚いた表情をする少年。
「ごめん、これ以上意味のわからない話を聞いてもよくわかんないから。とりあえず、この世界の名前と“タチバナ”さん?の所属は理解できたよ、ありがとう」
「んっ、ああ、すまない、つい喋りすぎちゃう癖があるみたいで、」
少年はさっきまでの流暢なしゃべりから一転し、顔を赤く染めていた。
「…」
少年が俯く。そこで気がついたのが、黙り込んでしまうというのも気まずいということだった、私は少年に申し訳ないという思いになった。少年の話を聞く限りだと、この世界は私がいた世界よりも生きるのが必死だと言うことがわかる。窓に目を向ける、砂の大地の向こうに巨大な壁の列が見え始めていた。気まずい空気よりどうでもいいラジオを流すぐらいがちょうどいいと、少年に話題をふりかけてみた。
「あの奥の壁、あれなに?」
「えっ…、ああそうか、あれは僕たちの“家”、オアシス。さっき言ってた“LF:NDHR”が立て篭もっている生命体唯一の生存可能な区域さ」
「あの壁、大きいね」
「もちろん。ここを脅かそうとする異変から守るために、あの壁は高さ150メートル近くあるんだよ。まぁ、ゆくゆくわかるよ」
「敵がいるの?」
少年の顔色が変わった。少し黙ってから、ゆっくりと両手を顔の前で合わせ話始めた。
「驚かないでね、君は賢いから薄々気が付いていると思うけど。君は記憶を失っている。一からこの話を信じるのには無理があるかもしれない。でも大事なことだから、いつかは話さなければいけないが、今話すべきかどうか」
「えっと、とりあえずどんな話でも、私は信じるよ」
私の体が自然と起き上がった。ゆっくりと少年の手を握り目を見つめる。
「理解するのは大変だけどね…、」
少年の顔は一切変化することなく、ただじっと私の目を見つめ返した。口を開きかけた時だった。
「いや、君の任務はいま体を治すことだ。それからでも遅くない」
後ろから部屋に入って来た大柄の男性が、少年の肩に手を乗せた。
「そ、そうですね。“オクミヤ”将軍。そのようにいたします」
「こんにちは、“カエデ”くん。私は“K in AS”の将軍、まぁトップのことなんだが、わかるかい?」
優しくこちらに微笑む顔に若干嫌悪感を感じながら、ゆっくり会釈する。
「こ、こんにちは」
「はは、まぁ楽にしたまえ。間も無くオアシスに着くぞ」
そう言い残し、男は去って行った。
「ご、ごめん。言えない」
「あの人はやばそうだな。君も大変だな、いろいろ」
私は思わず苦笑いする。少年は寂しそうな顔をしていた。
「“オクミヤ”将軍のことかい?彼は“K in AS”の総元だよ、あの人が今仕切っている。実際、僕も彼は敵に回したくない同族の一人だね。“カエデ”も気をつけたほうがいい、あまり目立つ動きをするなよ」
「もう、無理だろそれは」
少年の顔に笑顔が戻る。
「そう言えば、さっきから“カエデ”って呼び続けてたけど、向こうではなんて呼ばれていたんだ?」
「同じ“カエデ”だよ。“斎藤カエデ”」
「 いい名前だよね」
「あんた、口説くの下手?」
その返答にまたしても少年の顔が赤くなる。
「っちっちがうよ!なっっっなに言ってんの!?」
「…その反応はないわ」
少年はその返答にご立腹なのか、そのまま部屋を出て行ってしまった。窓から外を再び眺める。先ほどはあんなに遠く見えた巨大な壁はいよいよ目の前に迫っていた。壁を抜けると、外の景色は砂の大地から一変、緑の草原で溢れる牧草地を駆け抜けていた。遠くに見えるこの街の中心部には巨大な3本の細い塔が建っていて、時折淀んだ空中にむかって、稲妻を光らせている。しかしその中心部に入ると人が住んでいるという気配は全くなく、ただただ廃墟化した高層ビル群が乱立し、半壊状態で崩れそうなビルも目立った。まさに廃墟街そのものだった。機関車はその街の中心を走り抜け、やがてブルーシートやベニヤの屋根が目立つスラム街のあたりで停車した。どうやら目的地についたらしい。
「おかえり!」
機関車から降りるといきなり大声をかけられた。声の方向を向くと“小さい少女”がこちらに手を振っている。手を振り返そうとした時、
「返してはダメよ」
突然、私の左腕を掴まれた。振り向くとこちらにも小さな少女がいた。私の手首を両手で抑え、こちらを睨む。
「えっと、どうして?」
問いかけると、その少女は答える。
「あれは、この世のものではないからよ」
「えっ…」
「みなさい」
そう言われて“小さい少女”へと目を向ける、そこにはすでに少女の姿がなかった。
「なるほど」
「いくら記憶を失っているとはいえ、少しは注意深くなりなさい。前のあんたが見たら絶叫もんよ」
「ありがとう」
「別に…」
少女はゆっくりと歩き出した。身の丈に合わない大きな白衣を着ている、その上に背負っているカバンには“K in AS/FP:EDg^”の文字、さらに上からは何やら束になった書類がはみ出ていた。
「君は私を知っているの?」
思わず呼び止めた。
「なんて言うか、そのわかんないからさ、いろいろ教えて欲しいなって」
「…あんまり知らない」
少女はため息をつきながら答える。
「そう言えば、“タチバナ”って知ってる?」
「知ってるよ、あの堅物メガネクソイキリ野郎でしょ」
「なにその肩書き」
「あんたは記憶を失っているから知らないと思うけど、ここじゃ有名だ。まぁ、あんたほどじゃないけどね」
タチバナが聞いたら、不本意に思うかもしれない彼の不名誉なイメージを知ったところでさらに話しを続けた。
「私、そんなに有名なの?」
すると少女は足を止めてこちらを再び睨みつけた。そして一言。
「昔のあんたもむかつくけど、今のあんたはもう比べ物にならないね」
そう吐き捨てる。
「待ってよ!そもそも記憶を失っているってどういう…」
だが、彼女は足早に去って行った。追いかけようか迷ったがすぐ後ろから“堅物メガネクソイキリ野郎”が追いかけて来た。
「おい、どこ行くんだよ、迷子になるぞ」
「ああ、ごめん、ごめん」
「ったく、ほらこっちだ」
“タチバナ”は少女の方向とは逆に向かって歩き始めた。
「どこいくの?」
「とりあえず、“K in AS”の本局へと向かって身体チェックだね。それから任務へと本格復帰する感じかな」
「休憩とかないの?」
「今まで休憩したじゃん。」
キョトンという顔でこちらを向く少年に若干引きながらも、後に続いて歩いた。少年の車に乗り込み、そのまま本局を目指し移動した。車内では特に何かを話すことなく、タチバナの選局で“世紀末半壊ラジオ”というナイスなネーミングのクソほどつまらないラジオを聞いていた。タチバナの残念な一面を知った。
「ついたぞ、“K in AS”本局もとい“K in AS”内地作戦総司令局だ」
それは、周囲を鉄条門で覆われ、巨大なコンテナ上の建物が目立つそんな感じだった。入り口の石板には“K in AS作戦司令本局”という施設名とともに、“この星の生あるものたちの勝利を信じ、その使命を全うした勇敢なる者たち、我らとその魂はここに眠る”という記載があった。
「これはすごいな、まるで社会主義だ」
「ああ、こうしちゃいられない。時間がないんだ。降りてくれ!」
「へぇ?」
施設についたかと思うと突然一人降ろされてしまった。
「悪いけど検査は自分で受けてくれ、じゃあまた!」
「ええっ、ええ!!?」
そう言って“タチバナ”は一人車で施設の奥へと消えて行った。タチバナの残念な一面をまた知った。
「な、まじかよ」
改めて施設内を見渡す。検査のためにこの施設に来たものの、全くどこへ向かって良いのかさっぱりだった。とりあえず誰かに聞こうものにも、この施設内からは人気が全く感じられない。目立つのはコンテナと丸いアンテナぐらいだろうか、完全な自動化された機械工場のような姿だった。しばらく施設を歩いていると一際大きいコンテナを見つけた。建物にあった非常口には“関係者以外立ち入り禁止”の文字。一切ためらうことなくその重厚な扉を開ける。
『プッシュゥゥーーー』
異様な空気音と共に分厚い扉を開くと、目についたのは大きなクレーンであった。クレーンは3本の太い足によって天井近くまで持ち上げれており、そこから長いケーブルが垂れている。さらに進むと3本の足が、中央に存在する巨大な竪穴の地下深くへと続いていた。しかも竪穴の底は全く見えない。施設内部には人気を全く感じられず、響くのはファンの音と私の足音ぐらいであった。
「やっほぉーー!!」
思わずやって見たが、反響して戻ってくることはなかった。この穴は相当に深いらしかった。かなり時間がかかったが、ようやく竪穴の入り口を半周したくらいで今度はまた新しい扉を見つけた。その扉を開くと今度は奥へと長く続く巨大な整備施設が見えた。さながら船のドックのようだった。底に方に目を向けると作業用の足場に囲われた白い構造物が見えた。見た目以上に深い施設の底へと降りると、先ほどの構造物がより鮮明に見えた。白く反射する楕円型の機体とその両脇から伸びる機体よりも長い翼、ただ人が乗り込めそうな箇所は見つけられなかった。さらにその脇にはドックの壁面を覆い尽くすほど巨大な、円柱型の構造物が足場によって支えられていた。よく見ると先の方だけ少し絞られている。以前自分がいた世界では絶対に見れないその圧巻の光景に気を取られていると、後ろから声をかけられた。
「…ここは、危ないから入っちゃダメだってぇ」
振り返るとコンテナの入り口らしきところに髭を生やした背丈が変わらないおじさんが立っていた。疑い深くこちらを伺う視線に私が返す。
「すみません。まだここのことよく知らなくて、」
全く反応せず、視線だけをこちらに向け続ける。
「ああ、えっと“身体検査”?を受けろと言われて…」
とりあえず、タチバナから言われた次の行き先を告げた。
「あんた、ちょっとまって」
「っはい」
突然話しはじめたので少し驚いたが、おじさんは自分デスクらしき所に行くとメガネをかけた。
「!!!」
『ドンッ!』
おじさんは私の顔を見ると慌てた様子で後ろの工具入れにぶつかった。衝撃で工具が床に散らばる。
「おま、おまえさん、生きてたのか!!」
「ええっと、その」
そう言うと今度は顔から喜びが溢れる満面の笑みでこちらに駆け寄り、抱きしめて来た。
「うおぉーー!!!よかった、よかっった!」
「私のことご存知なんですか?」
そう言うと腕を掴んでこちらの顔を見つめる。
「あたりまえや!“カエデ”―――!」
と今度は涙まで流し始めた。
「えっと、あなたの名前を聞いても?」
そう聞くと、こちらを残念そうに見つめてきた。
「そうか、やっぱり記憶までは戻らないか。自己紹介すると、私はね“オニズカ”と言うんだ。AKT(機体工作班)に所属し、あんたの潜るためのLAgs^の製作を行っている、ちょうど製作してるのは最新のG3if/ア型彩雲だよ、て言ってもおまえさんは覚えていないだろう」
そう言ってゆっくりと歩き出した背中に私は思わず問いかけた。
「記憶を失ったって言われるけど、私は一体誰なの?なんで記憶失ったの?」
オニズカの足が止まり、こちらを振り返る。
「やっぱり、教えて欲しい。ここに来てから不安になってきたんだ。記憶を失ったって言われても、私はさっぱりなんだ」
その言葉を聞いて少し俯くと、オニズカはため息を吐いた。
「…、検査しよう」
頑張ります。2回目。




