③アイト
「じゃ、次はアイちゃんねー!」
トウヤが順番に話を振っていく。
「アイちゃん」……と、女の子みたいな呼び名が定着しつつある、隼アイト。
ペーガソスのメンバーのなかでは一番穏やかに見えるが、それは単に感情のメリハリが分かりづらくて、周囲にどこかボンヤリとした印象を与えているからだとも言える。
レイジの半ば強引で揺るがない思いから、アイドルになってしまったアイト。
目立つタイプでも、自ら望んで目立とうとするタイプでもない。
それでもレイジの隣にいると、アイトはなんだかんだで注目を集めてしまうのだ。例えるなら二人はまるで――
(「光」と「影」みたいな……?)
アイトは分かりやすく目立つわけではないけれど、秘めたる何かを感じさせる。だからこそ王子様的存在のレイジの隣にいると、余計にミステリアスな雰囲気が浮き彫りになるのかもしれない。
「――こんにちは。アイトです。よろしく……」
「…………」
「…………」
「……え? アイちゃんそれだけっ⁉︎」
「えっ⁉︎」
トウヤのツッコミに、本気で驚いた表情をするアイト。
次いで何か喋らなければ……と、動揺している姿はなんだか気の毒に思えてしまう。
(アイトは、口下手だもんなぁ〜)
もともと口数も少ない。
だからといって、それにかこつけて怠けている訳でもない。
汗びっしょりになりながらファンサービスを頑張る姿を見てしまったとき、どこかボンヤリして見えていたアイトが、本当はずっと一生懸命だったんじゃないかとミズキは思ってしまった。
さっきから「あの……えっと……」を繰り返すだけのアイトに、ミズキは助け舟を出すように質問を投げてみる。
「アイちゃん、曲作りどう? 順調?」
「え……ああ、うん。……そうだね……」
ほっと安堵したような表情で答えるアイト。
目線だけでミズキに「ありがとう」と伝えてくれる。
(いえいえ、どういたしまして――)
つぶさに観察していれば見えてくることは多い。
心の中で返事をしながら、ミズキは軽く説明を付け加えた。
「実は……アイちゃんは今、ペーガの新曲をつくってるんだよな!」
「うん。実は、そうなんです……」
「アイトの曲〜、オレ、すげえ楽しみぃ〜」
少し恥ずかしそうにしているアイトの横で、レイジがものすごく嬉しそうな笑顔を浮かべて言った。
レイジはとくに、昔バンド仲間だったアイトの曲を楽しみにしているのだろう。
「あ、はは……。曲つくること自体が、本当に久しぶりだから、少しプレッシャーもあるんだけど、でも……聴いた人が元気になれるような、曲にしたい……」
言葉は控えめだが、アイトの瞳は揺らぎがなかった。
真剣に作曲に取り組んでいることが窺えた。
(新しい曲、ひさびさだもんな)
ペーガソスは、活動を始めて1年目にデビューアルバムを出した。そこから学園祭や、ショッピングモールやレコードショップでミニライブをして宣伝活動をしてきた。
しかしそれ以降、新曲もなければアルバム制作もしていない。おかげで最近ライブもマンネリ化している。
マネージャーの賢太郎は「新曲は準備ができてないから……」と、どこか気まづそうに言い淀む。
一番はじめに我慢の限界をむかえたのはレイジだった。
『歌えねぇなら、辞める……!!』
それはあまりにも短絡的だとトウヤは窘めたが、レイジは本気だった。
レイジにとって「歌う」ということが、何よりも大事だったからだ。
不穏な空気がメンバーの間に漂うようになった。
そんな折――今まで仕事のことについては一つも発言したことのないアイトが口を開いた。
『みんなが嫌じゃなかったらなんだけど……俺にペーガの曲を作らせてくれないかな? 上手くはないし、CDにはならないだろうけど……』
『毎回ライブに来てくれてるファンの子達は、何か新しいものが聴きたいんじゃないかなって。あ……でも、本当に上手くはないからね――』
そう少し眉を下げながら、どこか遠慮がちに言ったアイトに、ミズキ達はまず目を丸くして驚いた。
いつも受け身なアイトが、グループのことや、ファンのことまでも良く見て考えてくれていたことが意外だった。
いつもファンサービスは苦手そうにしていた。
だからアイトは、本当はこの仕事を辞めたいんだろうって思っていたのに……。
『すげぇ! アイトの歌なら、どんなのでも上手く歌える気がする!』
誰よりもアイトをリスペクトしているレイジは、すぐに上機嫌になった。
それに誰も反対なんかしなかった――。
アイトの曲づくりは、ペーガソスに漂った不穏な空気を払拭し、未来へかすかな希望をもたらしたのだ。
「これからミニライブとかで、披露することもあると思うんだけど、気にいってくれたら嬉しいな。今日もよろしく――」
アイトが、今日一番の爽やかな笑顔で言った。
読んで頂き有難うございます!
短くてすみません…。
気長に頑張っていきますので、よろしくお願いします!