表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/52

第五部 1


 何だろう、何かおかしい。最近、私は、妙な『違和感』に気付きだした。何に違和感を感じているのか分からないけど、とにかく、何か不思議な、奇妙な感覚が、頭と体に宿り始めている。ここ、最近のことだ。

 昨日、私は、何ヶ月ぶりかに一人で宇治橋に散歩をしに行った。暖かくなった京都の昼間。ぼんやりと宇治橋を歩いた。

 JR宇治駅の方から、橋を渡り切って、そのまま、京阪宇治駅近くの、さわらびの道に進んだ。さわらびの道は、隠れた小道で、道の両脇に立つ、延々と続く木々には、新緑が見事に茂っている。映える碧だ。葉は光沢を持って、日の光を鮮やかに反射させている。生き生きと茂る、木々が創りだす木漏れ日に、私は魅せられて、しばらくそこに立ち止まって、ペットボトルのお茶を飲んだ。

 目をつぶって耳をすませば、近くの川の流れる音や、鳥のさえずりや、虫の羽音もきこえてくる。これだけ、五感がすっきりしているのは、どれだけぶりかなぁ、と思った。気持ちは、さらさらと、穏やかな感覚を持つ。久しぶりの感情だった。

 香に今度、報告しよう。そう思って、香を思ったとき、ひやりとまた、あの「違和感」が襲ってきた。何だ? 私は、とっさに目を開けて、胸をさすりながら、私自身に疑惑を持った。

 

 今日、お母さんに電話をかけた。色々、ばたばたしていて、お母さんとは、なかなか話す機会が持てなかったから。見多氏のことは、もう話題には出てこない。お母さんは、昔の話題を掘り返すことは、あまりしないから、ありがたい。大学の話や、お母さんの習い事の話や、お互いの近況報告を、笑いながら話した。お母さんは、終盤になると、いつも私の健康をきく。今日もやっぱり、きいてきた。

「体はどうなの? ちゃんとご飯食べなさいよ」

「大丈夫、ちゃんと食べてるよ」私は答えた。「ほんと、最近、食べる量も増えてきたみたい」前までは、食べてなくても、一応、「ちゃんと食べてるよ」と答えていたけど、今日の返事に、ごまかしはなかった。最近、やっとまともに、食事がとれるようになってきた。

「明日、久しぶりに、一緒にご飯食べない?」お母さんが言った。

「明日? ごめん。明日は新歓コンパに行かないといけなくなったから、駄目だわ」私は残念だけど、断った。

「シンカンコンパ?」

「ああ、新入生歓迎コンパ。飲み会よ」

「変な略語使うのねぇ。かっこ悪いわよ」お母さんが少し、呆れ声で言った。そうか? 言われて、そんな気もしてきた。

「とにかく、ごめんね。幹事になって、絶対出席なん、今回」

「そう、いいんじゃない」お母さんが嬉しそうな声で言った。

「そう、かな」私は、何となく、申し訳なく思った。

 じゃあまた、今度。と電話を切ろうとする前に、お母さんが、私を呼んだ。

「敬」

「何?」

「あんたは、お父さん似よ。優しいんだから」

「何?」いきなりで、よく分からない。

「元気でいいのよ。楽しくなって、いいのよ」お母さんが、優しく言う。

「うん……? まあコンパだし。場がしらけない程度には、もちろんするよ」

「ええ、じゃあまたね」お母さんは、電話を切った。少し、妙な余韻を残しながら、私は受話器を置いた。お母さんの言うことは、よく分からない。


 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ